第2話

文字数 5,023文字

 六角氏と手切れになった一か月後の五月二十六日、喜右衛門は赤尾美作守とともに二千の兵を率いて南下し、愛知郡にある肥田城が見える丘まで来ていた。この城は土豪の高野瀬氏が治めていたが、今や六角氏に攻められて落城は時間の問題だった。肥田城は土塁に囲まれ、そこは川から引き込まれた水に満ちている。世にも珍しい『水攻め』を受けているのであり、救援に来た喜右衛門たちもなす術がなかった。
 反逆を志すと、喜右衛門たちは同じように六角氏に反発を持つ土豪らに声をかけ、味方に引き込んだ。いち早く従ったのは肥田城で、六角承禎はこの報に激怒して大軍を差し向けた。
 肥田城は愛知川と宇曽川の中間にあり、六角氏の兵は城を囲むと堤を築いて二つの川の水を引き入れた。城は一階部分が水に浸かり、城兵たちは足元の汚泥を蹴りながら生活を強いられ、睡眠すらおぼつかない。汚れた水は飲料として使うことはできず、水がなければ米を炊くこともできない。刀も槍も錆び、弓に弦を張ることもできなかった。
 これをどうする、と赤尾美作守が喜右衛門を振り返る。記録では堤の幅はおよそ十三間(約5.4メートル)、長さは五十八町(約6.3キロ)に及ぶ。だが周囲を検分して回るともともと二つの河川の堤防を切り崩して作られたものであり、これでは六角も危ない、と喜右衛門は頷いた。
「大雨が降れば愛知川と宇曽川が氾濫します。そうなれば、逆に水に呑まれるのは六角の方でしょう」
 喜右衛門は言い切った。折からの曇天から大雨が予測されたが、果たして二日後の夜半、しのつくような雨が降り始め、二つの河川は氾濫した。堤防が決壊して六角氏の兵は水に溺れ、野田城は救われた。包囲されてから十日目のことであり、落城は免れたとはいえ遅着した遠藤たちに、高野瀬氏たちは恨みがましい目を向けてきた。
 救援を求められてすぐに出陣していれば城は囲まれることはなかった。浅井家もまだ戦いの準備はできておらず、初陣を経験していない新九郎を出すのにはまだ時期尚早、という声もあった。援兵の大将となった赤尾美作守は帰路、城が落ちずに助かったと首を振った。
「肥田城が落ちていればやはり浅井は頼りなし、六角に服すべしと土豪たちの意気も挫けていたことだろう」
 それは喜右衛門も感じていた。五十半ばの赤尾は喜右衛門に娘を嫁がせており、舅としても指導をしてくれる。実直そうな細い面貌をしており、白いものが混じったひげをしごくと、六角は逃げて行ったがと口火を切る。
「来年あたりまた大きな戦となろう。兵を無尽に得られるからな」
 戦乱が続く京から、食い詰め者が食事を求めて兵となる。雑兵であっても兵は兵だ。そのことを思い返して喜右衛門が唇を噛んでいると、若殿は初陣に耐えられるかな、と尋ねてくる。
「怯懦ではなくなったが、そればかりでは」
「初陣は誰しも怯えるものですよ。さっそうとやれる方が珍しい」
「そうだったな。儂も人のことは言えなかった」
 小さく鼻を鳴らすと、赤尾美作守はやはり敵は強大、と首を振る。
「肥田城の者は敵はおよそ一万の兵が鋤を持って堤を築いていた、と言っていた。それだけのものも用意できる財力もある、ということよ。我らがしていることは、子猿が巨象を倒そうとしているのと同じかもしれん」
「分かっております」
「弱小の我らが勝つには敵の喉笛に食らいつく覚悟がいる。若殿にそれを持たせられるか」
 見つめられ、一瞬喜右衛門はだじろいだが、守ってやれ、と美作守は告げた。
「若殿はお前がいるから逃げ出さずにいるのだ。頼んだぞ」
 新九郎に一番信頼されているのは自分だ、という自覚はあった。それだけに揶揄する人もおり、責務を果たすよう促す人もいる。頷く喜右衛門に、美作守は呟いた。
「若殿に指針を示せるような人がいればよいのだが。この人のようになりたい、と思えるような」
 理想的な君主を過去の例から拾うことは難しい。だが翌年の六月、近江に一つの知らせがもたらされた。過日の五月十九日、尾張の織田信長が桶狭間において海道一の弓取りと呼ばれた駿河の太守、今川義元を討ち取ったのである。
 二万五千ほどの大軍を率いた義元を、信長はわずか二千の軍で奇襲を行い首級を挙げた。この話に激しく感銘を受けた新九郎は、我もかくありたいと興奮し、奇襲とはどれだけ使えるものかと兵書を調べているので喜右衛門は叱りつけた。
「奇襲とは敵の隙をつくこと。一度も戦場に出たことのない若殿にできることではありません」
 しかし六角を相手では、と新九郎は食い下がった。
「彼我の兵力は火を見るより明らか、と誰しも言う。まずはどうするべきか」
「精鋭を作りましょう」
 信長も馬廻りを強化したからこそ勝てたのです、と喜右衛門は力説する。
 浅井家直属の部隊から体格のよい者を選んで騎馬武者とし、速く駈けること、槍を的確に振れるように鍛えた。新九郎もその中に加わって汗を流したが、部隊の名前を決めたい、と喜右衛門に訴えた。
「『聞間敷組(きくまいぐみ)』とする」
「きくまいぐみ、と」
「おお、みな僻事か悪口しか言わん。人の話など聞くまい、というのが我が心よ」
 嬉しそうに新九郎は破顔する。憧憬の人ができたのが嬉しいのか、少年期の信長がどうしていたか知りたがり、粗野な恰好をして歩き回り、不良少年と徒党を組んで暴れ、『尾張のうつけ』と異名を取ったと聞いて儂にはとても真似できぬ、と首を振る。
「好き勝手をする度胸があったからこそ、大軍にも立ち向かえたのであろう。儂は引っ込み思案で、何もできなかった」
「しかし、同じことをしてもらっても困ります」
 今さら新九郎が不良ぶったところで気が触れたかと周囲から心配されるだけだ。無邪気に笑う新九郎を見ながら、喜右衛門は敵の六角承禎について思いを馳せた。
 出家したとはいえ、当年三十八歳にしかならない。血筋を重んじ選民意識まであるが、それでも実力のある戦国大名だ。
 だが、驕慢なところに隙があり、そこが勝機につながると喜右衛門は考えていた。大将が不遜であれば兵にも驕りが生じ、そうした場合、一瞬でも敗色が濃くなれば全軍が瓦解する。驚嘆させることができればその時点で勝ちを拾える、と決戦の時のことを考えていると、我らは勝てるだろうか、と新九郎が問いかけてきた。勝てます、と喜右衛門は頷いた。
「ただし、六角の重臣たちの方が手ごわいでしょう。六角氏が強大なのは、彼らの功績でありましょう」
「当主よりも配下の方が強いのか」
「強くとも、互いに信じられなければ意味をなしません」
 そう答えると、喜右衛門は決戦の時は、と新九郎に策を授けていた。

 八月になると、六角勢に再び包囲されたと肥田城から使いが来た。敵勢二万五千という数字に重臣たちは色を失ったが、敵は烏合の衆、と新九郎は声を張り上げる。
「雑兵ばらを先頭に立てて六角承禎は高みの見物を決め込むであろう。鍛えに鍛えた我らに勝てるものか。みな、臆することなく我に従え」
 若い君主の呼びかけに、全員が奮い立った。豪勇を謳われる百々内蔵助を先鋒、猛将の呼び声が高い磯野丹波守が中軍を率い、新九郎が後軍を詰める。だが兵数は五千を数えるに過ぎず、敵は五倍、と誰しも口を結んだ。
 出陣を前に、赤尾美作守は総数を一万一千と公表した。兵数の差が大きければ兵が怯え、逃げ出しかねない。大将が気迫を示さなければ全軍が委縮する。だが、仏頂面のまま騎乗する新九郎を見て、足軽たちは話をしなくなった。
 宇曽川を越えて肥田城の南に布陣すると、六角氏の軍はすでに到着していた。先方は重臣の蒲生賢秀で、喜右衛門は鬼門とばかりに唇を噛んだ。六角氏の家臣の中でも良心的と見られる人で、戦いも手堅く隙を与えない。それでもうまく渡り切ってみせると、拳を握った。
 早朝、戦いは始まった。鏑矢が放たれ、双方から矢の応酬があり、百々内蔵助が戦いを始めた。二刻ばかり、内蔵助は前線を支えたが、やがて疲労が濃くなってきた。賢秀は雑兵を小出しにして内蔵助の軍に出血を強いた。そこに敵の第二陣が突撃を敢行し、先鋒が一気に押されるのを、喜右衛門は認めた。
 母衣をつけて騎乗し、駆けつけると内蔵助は生きていた。四十半ばほどの壮年の武将で、兜を失いざんばら髪を乱している。額から流れる血を晒で巻いていたが、喜右衛門を見て首を振った。支えきれなくなっているのを承知の上で、喜右衛門は「今少し立ち戻り候へ」と戦線への復帰を促した。
「ここを崩しては敵の思うつぼ。しばらくなりとも、食い止められるようお願いします」
「それは儂に死ね、ということだな」
「それがしもともに死にます」
「そっちの方が困るな」
 内蔵助は苦笑してみせた。
「お前が討死したら、若殿が挫けて逃げ出しかねん。伝えてくれるか、子息のことを頼みます、と」
「内蔵助殿」
「しからば」
 内蔵助は再び馬上の人となると、槍を片手に突撃を始めた。喜右衛門の目の前で敵兵の波濤につかまり、姿が見えなくなる。首を取られる姿を見るに忍びず、本陣に戻るなり「百々内蔵助殿、討死」の報を伝えた。
 全員が総立ちとなった。中軍の磯野丹波守が突破されれば全軍が崩壊する。喜右衛門は声を励ました。
「この上は我ら二つに分かれ、美作守殿が丹波守殿の後詰をいたし、若殿におかれましては馬廻りとともに敵の本陣へ攻めかかるべし」
「若殿を苦境に落とすつもりか」
 同僚の浅井玄蕃がいきり立った。浅井家庶流の人で、喜右衛門とともに守役として新九郎についている。骨太の人で、やがて一軍を率いる武将になると見込まれていたが、喜右衛門以上に新九郎の身を案じる癖があった。
 喜右衛門は新九郎と顔を見合わせる。二人とも肥田城の周辺を幾度も検分して回り、六角氏が本陣を敷くとすればここ、以前水攻めに作られた堤の残骸が目隠しの役を果たし、人目に触れずに進めることを確認していた。
 だが、それにはあと一押しで勝てる、と六角氏の目をあざむく必要があった。新九郎は行こう、と胸を反らした。
「ここで退けば自らの惰弱さを認めるもの。我らの力を思い知らせてくれよう」
 馬引け、と新九郎は命じる。騎乗した時、君臣ともに一体となった感があり、赤尾たちも内蔵助の死を無駄にはすまい、と拳を握った。
「我ら、しばし食い止めいたす。喜右衛門、若殿のことを頼むぞ」
 出陣する赤尾たちを見送ると、総数二百ほどの親衛隊、「聞間敷組」が新九郎の近くに集まった。ここで勝たねば我らは滅ぶのみ、と喜右衛門は語調柔らかく全員を諭した。固唾をのんで動こうとしない彼らに、ともに走ろう、と新九郎が呼びかける。
「敵は驕っている。今こそ、浅井弱兵の誹りを払いのけてくれよう」
 先頭には喜右衛門が立った。迂回路を取って堤の残骸の脇を行く。抜けたそこは敵の第二陣の脇であり、側面から騎馬隊が突き進んでいく。突如現れた浅井の軍に敵は浮足立ち、さえぎる者もないまま、六角氏の本陣の前に出た。
 高見の見物を決め込んでいたのだろう、本陣には緩んだ空気があった。決死の勢いの喜右衛門たちに強硬に陥り、お館様を守れと叫びつつ前にでる武者たちに槍を振った。
 本陣の幔幕を倒し、火をかけると黒い煙が天に昇った。喜右衛門たちは暴れまわり、やがて法衣を纏った六角承禎らしき人物が騎馬武者たちに守られて南へ行くのを見た。
 討ち取れ、と多くの者は叫び後を追ったが、喜右衛門は浅井家の「三つ盛亀甲」の旗を掲げさせた。本陣が襲われ敗走したと知った六角の兵たちは恐慌状態となり、南をさして逃げていく。
 勝ったという自覚がせりあがると、喜右衛門は新九郎の姿を探した。幾度か敵と打ち合い、返り血を浴びているのを見るとよくやった、と褒めてやりたくなった。新九郎は興奮を禁じえず、勝鬨を上げるぞと喜右衛門に笑った。
「承禎を討ち取ることはできなかったが、我らの勝ちぞ」
「見事な勝利でした、殿」
「おお。これもそなたが儂を導いてくれたからだ。礼を言うぞ、喜右衛門」
 微笑すると、新九郎がえいえい、と腕を振り上げた。応、と聞間敷組の面々が応じると、肚の底から笑いがこみ上げてきた。
 敗兵を見送ると、生き残った浅井家の兵たちが集まってきた。全員、新九郎に向かって跪拝し、若殿こそ我らが主君と赤尾美作守が称えている。以後、久政は隠居となり、新九郎が浅井家の当主となる。誰しもそれを望むのだ、と喜右衛門は胸の熱さを止められずにいた。
 
 
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