第1話 後宮の月
文字数 686文字
高祖
漢の天下はあの満月のように今や最盛期を迎えようとしている。
延年の眼下を揺蕩う
李家も今、栄華を極めている。かつての草原での暮らしを遥か遠くに追いやって。
延年は眼下の街並みを超えてさらにその先の山の向こうにある北東に思いを馳せていた。延年の一族が貧しく暮らしていた北国、
かつて唾棄していた懐かしい川や草原の風を思い、翻って自らが身にまとう綺羅びやかな衣とかつてより丸みを帯びた体を見下ろす。
俺は俺の願いを叶えるために、この二度と外に出ることの叶わぬ後宮に自らの身を置いた。妹は帝の夫人となり子をなした。弟は将軍となった。手の内には金銀の財宝が手に溢れている。どこで湧いたかわからぬ縁戚が延年との面談を求めて訪れるようにもなった。
けれどもかつて草原で見たこの満月と今見上げる満月は同じもののようだ。いろいろなものを犠牲にして、俺は呪いを打ち破り、異なる世界に来れたのだろうか。ふと、そう思って守らねばならぬものを手指に数えた。