第3話 2

文字数 2,761文字


"華丸 良一
話がある。今日仕事終わりに会える?"


適当な理由をつけて長谷見との話を切り上げた俺は、オフィスに戻りながら改めてメッセージを確認した。

あまりに性急な展開に心が追いつかず、一度目を通したくらいではその内容が頭で処理しきれなかったのである。

当然ながら、何度確認しようと華丸からのメッセージは変わらない。そして、その内容や状況から察するに、"あの夜"の出来事について何かしらの話し合いを持ち掛けていることは明らかだ。


落ちるように自席に座り、髪を搔き上げそのまま頭を抱える。


華丸が実はゲイなのかもしれないということ。

自分はゲイでもないのに男を抱いてしまったこと。

そしてその相手が、華丸であること。


未だにどれ一つとして自分の中でうまく飲み込めていない状況で、俺以外唯一の当事者との直接対面はハードルが高い。

加えて、あの日以来何度もその光景を思い返してしまっている現状が罪悪感にも似た感情まで上乗せしてくるので、さらに気が重かった。


スマホの画面を一旦伏せて、壁に吊るされた時計を見る。

華丸の就業時間はウチとそれほど変わらないはずだ。アイツは時間内で仕事をきっちりと終わらせるタイプなので、そろそろ退勤準備をしている頃合いかもしれない。


(このまま既読つけないでいれば、諦めて帰るか…?)


そんな考えが頭を過り、俺はゆっくりとスマホから手を放してペンを持ち、書きかけの業務日誌に向かった。

向き合いたくない現実があるお陰か、日誌は先程の体たらくが嘘のようにスラスラと進む。

しかし、書き始めて5分も経たないうちにベルを模した甲高い電子音に手を止められる。メッセージの着信音だ。

恐らく、送り主は十中八九華丸だ。メッセージに既読がついていないことを確認して、もう一度連絡を寄越してきたのだろう。

そう予測した俺は、あえてそれを無視して日誌にかじりついた。

二回目の呼び掛けに答えなければ、大体の人間は一旦身を引く。ここでやり過ごしてしまえば、今日のところは一先ず華丸との対面を回避できるはずだ。

そんな計算をしながら、俺はひたすらペンを走らせ時間が過ぎるのを待った。

すると、それ程時間を置かずに再びスマホが鳴る。俺はまた、それを無視した。

しかし、その後またすぐにスマホが鳴る。
俺は無視を続ける。

鳴る。無視。
鳴る。無視。

鳴る、鳴る、鳴る、鳴る……

最終的に、着信音が数秒ごとの一定間隔で鳴り続ける状態になって、ついに俺の忍耐力が限界を迎えた。

乱暴にスマホを手に取り、騒音の中根性で書き終えた日誌を置き去りにして俺はオフィスを出た。

再び休憩スペースのソファに座り華丸のトーク画面を見ると、「おい」とか「無視か」とか2~3文字が入力された大量の吹き出しがズラリと縦に並んでいた。途中から打ち込むのも面倒になったのか、柄にもなく怒った顔のキャラスタンプまで使いだしている。


「何なんだよ、一体……。」


苛立ちの籠った独り言が溢れた。

それとほぼ同時に、スマホが手の中で震えメロディー音を奏で出す。今度は電話だ。

画面には当然、「華丸良一」の文字が表示される。

俺は少しの間それを睨み付けてから、半ば自棄糞で通話ボタンをフリックした。


「はいはい、もしもーしっ。」

『何怒ってんの、お前。』


開口一番、俺の不機嫌を悟った華丸が訝しげに問うた。

内心緊張していた俺だったが、華丸が案外いつも通りの調子で話すのでやや肩透かしを食らった気分になる。



「そりゃ怒りもするだろ。立て続けにピンコンピンコン鳴らしやがって…こっちはまだ仕事中なんだよ!」


顔も見えない華丸の一挙手一投足に振り回されてしまうのが面白くない俺は、大して怒ってもいないのにわざと尤もらしいことを言って語気を強めた。


『そう。僕はてっきり既読無視されてるんだと思ったんだけど。それなら悪かったよ。』


華丸は悪びれもなく棒読みで謝る。

しかも、しれっとこちらの行動を読み当ててきたので、俺は思わず喉の奥で短く唸ってしまった。

それを苦し紛れの咳払いで誤魔化し、俺は素知らぬふりで、それで?と話を強引に切り替えた。


「何の用だよ。」

『メッセージちゃんと見ろよ。これから会えないかって。話がしたい。』

「…話って何。電話じゃダメかよ?」

『会った方が手っ取早いし、お互いに良いだろ。』


往生際の悪い俺の申し出に、華丸は小さく溜め息をついた。


華丸の考えは正しい。

電話で話すだけだと事実は伝わるが、そこに載っている相手の心情までは測りきれない。

俺たちがこれまで通り友達を続けるには、今回の事件は水に流して互いに忘れようという心づもりを目で確認し合い、わだかまりをさっぱり失くすことが不可欠だ。

俺だってそのくらい、頭では分かっている。だが、如何せん気持ちが追い付かない。

今だって、華丸の声が耳元で響くだけで簡単にあの夜を思い出せる。

そんな状態で、平然と目を合わせながら「無かったことにしよう。」なんて言える自信がまるでなかった。

一方で華丸は、冷静に状況判断をして自分からこうして俺に話し合いを持ちかけ、電話で話している限りでも取り乱しているような様子は微塵も感じ取れない。

男としての度量の違いをハッキリと見せつけられた俺は、悔しいやら情けないやらでますます会いたくない気持ちが増していた。


『大和、聞いてんの?』

「…おー。」

『おー、じゃなくて。どうなんだよ。会えんの?会えないの?』

「あー…うん…」


俺がいじけて気の無い返事を繰り返すと、スピーカーから大きく舌打ちの音が聞こえた。


『じゃあ、◯◯駅前の店で待ってるから。』

「は?おい、」

『来たくないなら勝手にしろ。腰抜けが。』


痛烈な罵倒を吐き捨て、華丸はブツリと電話を切った。

その後すぐに店の情報が添付されたメッセージが届く。続けて、キャラスタンプが一つ送られてきた。

「腰抜け(笑)」と書かれ、間抜けたキャラクターがこちらを指差し嘲笑っているイラストだ。

どこで見つけて来たのか知らないが、俺をコケにする為だけにダウンロードしたような気がしてならないそのスタンプに、沸々と怒りが沸いてくる。


あの夜起こったことは、俺と華丸の"共犯"のはずだ。

確かに俺には酒の勢いで友達である華丸を抱いてしまったという負い目はあるが、アイツだって抱かれた側という以外はほとんど立場は変わらない。相応の罪の意識を感じて然るべきだ。

それなのに、何故俺ばかりがこんなにもビクビクしていなきゃならないのか。

そして、何故秘密を暴かれた側のアイツが、あんなに堂々と振る舞っていられるのか。


(納得いかねえ!!)


俺はオフィスに戻って荷物を雑にまとめ、挨拶もそこそこに会社を飛び出して走行中のタクシーを止めた。


「◯◯駅前のこの店まで!」


勢い良く車に乗り込みスマホの画面を見せると、運転手は少し驚いた顔をしてから呑気な返事をし車を走らせた。




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