第1話 NL
文字数 709文字
大通りの裏道に、その喫茶店はある。
外観はいわゆる古民家を改装したレトロなものだ。
ガラス戸の真ん中に店名が書かれており、金文字が静かな通りを見つめている。
店に入ると温厚そうな店主が告げる。
背の低い椅子に腰かけてメニューを見つめるのは妙齢な女性である。
さらりと髪が頬にかかり、指輪を付けた左手がそれを耳にかける。
しばらくしてメニューが決まったのか、女性は注文をするために立ち上がった。
柱時計の心地よいリズムと、店内に流れるジャズの音色とが気持ちを緩ませる。
女性は読んでいた本からふいに顔を上げてガラス戸の向こうを見た。
店は道に平行に建っているため、向かいの道に立つ人がよく見える。
道に立つ人影が何台か車を見送り、渡っている。
おもむろにガラス戸が開いた。
入口いっぱいに、男が立っている。
やや頭をかがめて、男が店に入る。
狼を思わせる相貌の男は低い声で、店主に言った。
男はそのまま女性客のほうに歩みよると隣に腰かけた。
まるでそうすることが世界の秩序ででもあるかのように。
女性が男に尋ねる。
男はどことなく面倒くさそうに女性を見、その先のテーブルに置いてある飲み物を一瞥した後でそう言った。
テーブルの上にコーヒーカップが二つ。
女性は相変わらず本に目を落としたまま、柱時計とジャズの音だけが世界をつくっている。
やがて女性は満足したのか本を閉じ、飲みかけのカップをあおった。
ちらりと男をみやると、男は何も言わずにコーヒーを飲み干す。
二人は店を後にした。
この二人がどこからきてどこへ行くのか、誰も知らない。