第5話 BL
文字数 948文字
制服男はコーヒーカップの中で揺れる光をみながら自問した。
それはおおよそ8時間前のことだったというのに、一週間も、いや、一か月も前の出来事だったかのような気がしてくる。
2年半を費やした。あの男を捉えるために。手錠でつながれた姿を、幾度となく夢想し、己を鼓舞し続けた。男に手錠をかけた時の感情は、
今でもうまく言葉にできない。
達成感はなかったように思う。かといって、感極まったり、喜びに打ち震えたりもしなかった。ただ淡々と、すべては進んでいった。ずっと、脳がしびれているかのようだった。鼓膜に心臓の音が直接響いて聞こえた。
取調室の椅子に座る男の供述は、教会のミサのような錯覚を覚え、なにが正義なのか、制服男にはわからなくなっていった。どこに立ち、なにを見るか。すべてが曖昧なもののような気がしていく。
制服男は思った。
世界の中心など、ないのだ。どこにもなく、そしてどこにでもあるのだろうと。
その時、町の中心にある時計塔の鐘が鳴り響いた。
ゴーン、、、ゴーン、、
ドシュッ、、、バタン。
静まり返った部屋に、沈黙と血だまりが広がる。
たった一回の瞬きで、世界は変わってしまった。
慌てる書記官の声が茫漠としていく。
鉄格子のついた窓には穴が開き、その穴から教会が見えた。
その後の調査で時計塔の鐘がある場所から、空薬莢がみつかった。ここから町の中心にある時計塔まではおよそ500メートル。狙撃に詳しい捜査官が言うにはかなりの腕前の持ち主、とのことだった。
口封じのため、というには今回の狙撃は不可解であった。打たれた被疑者はあくまで単独犯であり、組織ぐるみの犯罪者ではない。
なぜ、ということしかできない。
しかし、ここにもまた、みえるようでみえないものが存在しているのだろう。
空腹も忘れて闇が世界を覆いつくしたころ、制服男は喫茶店に足が向いた。なんでもいい、ひと息つきたい。
コーヒーを受け取って席につく。
コーヒーの表面には、店の灯りが映り込んでいる。
ふいに思った。
『審判、なのだろうか』
店の戸が開いて男がひとり、入ってきた。
男と目があった。
制服男は思った。
トンビのような瞳だと。
二人のその後は、誰も知らない。