第6話 迷いますがNLだと思いますたぶん

文字数 1,371文字

飴を伸ばしているようにだらりと感じられる昼下がりだった。
低く垂れこめた曇天から雪が容赦なく降り続いている。道、建物の屋根、どれもが白く、どこが道の端かわからなくなっていた。電線に積もった雪がどさりと道に落ちる。水気を含んだ雪は重く、葉の落ちた枝や家々の庭の木々にこんもりと綿雲のように雪がのっている。世界は静けさに満ちている。
カタカタと喫茶店の窓枠が音を立てはじめた。この木製の窓枠は、店の前をダンプカーが通りかかる時にも同じような音を立てるが、今のところ窓の外には車どころか人っ子一人見当たらない。

カタカタカタカタカタ

カタカタカタカタカタ…………カタ。

ぴたりと窓枠の音が止んだと思う間もなく、今度は店の床が黄色く光り始める。それは次第に形を変え、円形の魔法陣となった。店は再び振動し、だんだんと大きくなっていく。窓枠だけでなく、壁や天井もガタガタと鳴りだした。


ガタガタガタガタガタ

ガタガタガタガタガタッ!!!


窓も戸も閉ざされた店の中はしかし、台風に見舞われたかのようにごうごうと激しく風が吹き、紙ナプキンや砂糖壺、メニューが空を舞った。強風の中、光る魔法陣から『何か』が出てきた。
人のような姿をしているが、ただの人が床の魔法陣から出てくるはずもない。大小二つの人影が、床からキノコのようににょっきりと現れると魔法陣はろうそくの火を吹いたようにかき消えた。店の中を吹き荒れていたあの台風のような風はやみ、空を舞っていたメニューや砂糖壺なども元の位置にもどっている。雪景色をみせていた窓や戸にはなぜか黒い布が張られていた。
外では雪が素知らぬ顔で降り続いている。何も起きていないかのように。
いらっしゃいませ

店主は突然床から現れた客に言った。

ほかに客はいない。

現れたのは男性と男の子だった。


男性の方はスリーピーススーツ姿で二十五歳くらい、男の子はワイシャツに半ズボンをはき、サスペンダーをつけている。十歳くらいにみえる。子供は栗色の髪をしており、男性は青みがかった髪色をしているが、店主をみる瞳の色は、どちらも深い紅色をしている。
やあ、マスター。毎度すまないね、こんな来店の仕方で
人当たりのよい笑みを浮かべる男性の声が、低くやわらかく響く。
お好きなお席へどうぞ
いつものふたつ!
栗毛の男の子が指を二本立てながら、にっこりと笑って言った。
はい、かしこまりました
男の子が男性の方を振り向くと、そこに男性の姿はなく、代わりにワンピース姿の女性が席についていた。髪は長く、ゆるく巻かれている。艶めく唇には長いまつげから覗く瞳と同じ、深紅の紅が青白い肌によく映えている。女性は真鍮製の懐中時計をみていた。
男の子は驚くふうでもなく、女性の隣に座る。
ねぇ
女の子の声が店内に響いた。
なんだい?
今度は大人の男性の声がする。
ふふふ
ははは
楽しそうな男女の笑い声が店内をいきかう。
お客様、お待たせいたしました
はい。もってきてくれる?
女性が、隣にいる女の子にいった。
はあい
フリルのついたブラウスにスカート姿の女の子はぴょんと跳ねるとカウンターへと向かう。カールした栗色の髪が肩の上でふわふわと揺れた。お盆の上のグラスは、深い赤色の液体で満たされている。
おいしいね
うん
男性と男の子の姿になった吸血鬼たちは、にこにこと微笑みながらグラスを空にした。
ふたりの行く先は、誰も知らない。
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喫茶店店主

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