第9話 愛のあかし
文字数 1,865文字
孝弘は、俺をお膳にしている台の脇に座らせた。
俺は正座も出来なくて、足を投げ出してさする。
二度目に入った孝弘のアパートは、思ったよりもすっきりと片付いている。
洗濯物とかも部屋に乱雑に出ている様子はなかった。
適度に掃除をしているのだろう、床に敷かれたふわふわの絨毯にもごみは落ちていない。
台所には油や調味料のたぐいが並んでいる。食べかけのパンが出ていたりして、孝弘の部屋は暖かい生活感にあふれていた。
部屋に入るなり、暖房をつけて孝弘は台所に入る。
俺は目でヤツを追いかけて、どう切り出そうか迷っていた。
暫くして出てきたヤツの手には、マグカップに入ったコーヒーが二杯にぎられていた。
「コーヒー。インスタントだけど飲めよ。あったまるから」
「ああ、ありがとう」
渡されたカップを片手で持ち、一口飲んだ。
暖かい液体が、喉を滑り落ちる。
胃の腑が暖かくなるのが分かった。
孝弘は台所で立ったままコーヒーを口に含んでいる。
まるで俺の隣には座りたくないというように。
「で、何? 俺になにか用?」
わざと冷たくした声音で、俺を突き放すように話す。
俺は、どうしていいのか分からなくて、とっさに土下座した。
「孝弘、俺、お前が好きになってた。この前は悪かった。ごめん。俺、お前を散々ふりまわした。それでこんなことを言うのは調子がいいって分かっているけど……俺はお前が好きなんだ。好きになってた……!」
「……それがどういうことがお前、分かってんのか? これからの生活、苦しくなるぞ」
静かに聞く孝弘が俺を見下ろしているのが肌で感じられる。
「なんとなくだけど、分かる。理解してくれる人ばかりじゃないって。でも俺、孝弘とならその苦労も一緒にしてもいいくらい、お前が好きになってた」
「……はっ。相変らず直球なんだな」
「……今までのこと許してくれないか? それとも、もう俺の顔をみるのも嫌なほど、俺が嫌いになったか?」
土下座した状態で顔を上げると、すぐ目の前に孝弘の顔があった。
でも厳しい顔つきだ。
「まだ、許さない。だって、お前、俺がどうお前を好きなのか、分かってないかもしれないから」
「……どう好きって?」
「キスしたり、抱きしめたりしたい。俺はそういう意味で好きなんだ」
どきん、と胸が鼓動を打った。
ヤツは俺の瞳を凝視する。自分のこころを伝える為に、俺は言葉をつづけた。
「いいよ。全部孝弘にやる。それが俺のこころだから」
「はっ。それこそ信じられないな。お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
嘲笑されて、鼻で笑われる。
わざと無理強いをして、俺を帰そうとしているように見えた。
目の前にいるのに、こころは全然通じてない。
それが悲しかった。だから、孝弘の手をとってヤツの目を見ながら中指の腹にくちづけを落とした。
「……ッ」
ヤツは動揺して言葉を詰まらせている。
俺はつづけて、五本の指の腹一本ずつに丁寧にキスをしていった。
親指に、人差し指に、中指に、ちゅっと音を立ててキスをする。
のこる二本の指にも、触れるだけのキスを。
そして手の平にも。
自分からキスをしたのは初めてだから、少し緊張した。
硬くて大きな手は、俺のキスを受け止めてくれていた。
「信じてくれたか?」
「和沙…お前……」
孝弘がそんな俺に驚いて、目を見開いていた。
キスをされた自分の手と、俺の目を交互にみている。
そして、俺は最後に孝弘の唇へ、そっと自分の唇を押し付けた。
人を好きになるって不思議だ。
最初はあんなに嫌だと思ったのに。
俺は初め、孝弘の表面だけしかみていなかったのだろう。
今はヤツを知れば知るほど、好きになって行く。
己の中の常識が覆されて、残ったのはだた恋しい気持ちだけ。
本当に、ふしぎだ。
結局、その日は孝弘のアパートでシャワーを使わせてもらって、泊まった。
朝になって、窓の外を見ると白い梅が一輪だけ咲いているのが見えた。
「孝弘、梅が咲いてる」
「ああ、もう春が近いから」
いまは三月の初め。
初春の梅が、一輪さいていた。
「春か。俺にも春がきたのかな」
色々悩んだけど。孝弘と付き合うことを決めて、何か幸せってこういう事なのかなって思った。
これからの生活に、ある程度の覚悟をもって付き合うということ。
それは、この先のお互いの人生を気遣いあう付き合いで。
「ふ。乙女みたいなこと言ってんなよ」
「それもそうだな」
孝弘に茶化されて、俺も苦笑した。
俺たちが恋人ごっこを初めてから、三か月目の朝。
俺たちは『親友』から『恋人』になった。
俺は正座も出来なくて、足を投げ出してさする。
二度目に入った孝弘のアパートは、思ったよりもすっきりと片付いている。
洗濯物とかも部屋に乱雑に出ている様子はなかった。
適度に掃除をしているのだろう、床に敷かれたふわふわの絨毯にもごみは落ちていない。
台所には油や調味料のたぐいが並んでいる。食べかけのパンが出ていたりして、孝弘の部屋は暖かい生活感にあふれていた。
部屋に入るなり、暖房をつけて孝弘は台所に入る。
俺は目でヤツを追いかけて、どう切り出そうか迷っていた。
暫くして出てきたヤツの手には、マグカップに入ったコーヒーが二杯にぎられていた。
「コーヒー。インスタントだけど飲めよ。あったまるから」
「ああ、ありがとう」
渡されたカップを片手で持ち、一口飲んだ。
暖かい液体が、喉を滑り落ちる。
胃の腑が暖かくなるのが分かった。
孝弘は台所で立ったままコーヒーを口に含んでいる。
まるで俺の隣には座りたくないというように。
「で、何? 俺になにか用?」
わざと冷たくした声音で、俺を突き放すように話す。
俺は、どうしていいのか分からなくて、とっさに土下座した。
「孝弘、俺、お前が好きになってた。この前は悪かった。ごめん。俺、お前を散々ふりまわした。それでこんなことを言うのは調子がいいって分かっているけど……俺はお前が好きなんだ。好きになってた……!」
「……それがどういうことがお前、分かってんのか? これからの生活、苦しくなるぞ」
静かに聞く孝弘が俺を見下ろしているのが肌で感じられる。
「なんとなくだけど、分かる。理解してくれる人ばかりじゃないって。でも俺、孝弘とならその苦労も一緒にしてもいいくらい、お前が好きになってた」
「……はっ。相変らず直球なんだな」
「……今までのこと許してくれないか? それとも、もう俺の顔をみるのも嫌なほど、俺が嫌いになったか?」
土下座した状態で顔を上げると、すぐ目の前に孝弘の顔があった。
でも厳しい顔つきだ。
「まだ、許さない。だって、お前、俺がどうお前を好きなのか、分かってないかもしれないから」
「……どう好きって?」
「キスしたり、抱きしめたりしたい。俺はそういう意味で好きなんだ」
どきん、と胸が鼓動を打った。
ヤツは俺の瞳を凝視する。自分のこころを伝える為に、俺は言葉をつづけた。
「いいよ。全部孝弘にやる。それが俺のこころだから」
「はっ。それこそ信じられないな。お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?」
嘲笑されて、鼻で笑われる。
わざと無理強いをして、俺を帰そうとしているように見えた。
目の前にいるのに、こころは全然通じてない。
それが悲しかった。だから、孝弘の手をとってヤツの目を見ながら中指の腹にくちづけを落とした。
「……ッ」
ヤツは動揺して言葉を詰まらせている。
俺はつづけて、五本の指の腹一本ずつに丁寧にキスをしていった。
親指に、人差し指に、中指に、ちゅっと音を立ててキスをする。
のこる二本の指にも、触れるだけのキスを。
そして手の平にも。
自分からキスをしたのは初めてだから、少し緊張した。
硬くて大きな手は、俺のキスを受け止めてくれていた。
「信じてくれたか?」
「和沙…お前……」
孝弘がそんな俺に驚いて、目を見開いていた。
キスをされた自分の手と、俺の目を交互にみている。
そして、俺は最後に孝弘の唇へ、そっと自分の唇を押し付けた。
人を好きになるって不思議だ。
最初はあんなに嫌だと思ったのに。
俺は初め、孝弘の表面だけしかみていなかったのだろう。
今はヤツを知れば知るほど、好きになって行く。
己の中の常識が覆されて、残ったのはだた恋しい気持ちだけ。
本当に、ふしぎだ。
結局、その日は孝弘のアパートでシャワーを使わせてもらって、泊まった。
朝になって、窓の外を見ると白い梅が一輪だけ咲いているのが見えた。
「孝弘、梅が咲いてる」
「ああ、もう春が近いから」
いまは三月の初め。
初春の梅が、一輪さいていた。
「春か。俺にも春がきたのかな」
色々悩んだけど。孝弘と付き合うことを決めて、何か幸せってこういう事なのかなって思った。
これからの生活に、ある程度の覚悟をもって付き合うということ。
それは、この先のお互いの人生を気遣いあう付き合いで。
「ふ。乙女みたいなこと言ってんなよ」
「それもそうだな」
孝弘に茶化されて、俺も苦笑した。
俺たちが恋人ごっこを初めてから、三か月目の朝。
俺たちは『親友』から『恋人』になった。