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文字数 4,539文字

 迫る青い光に気がついた時にはもう遅く、重々しい衝撃とともに右肩を激しい痛みが襲う。
 体が浮いたと思った次の瞬間には硬い床へと(たた)きつけられ、長い青緑色の髪が床に広がった。
「っ!」
 肺から空気が押し出され軽く息を詰まらせたが、かつて負った大怪我に比べればどうということはない。
 レインメーカーは磨き上げられた大理石の床に映り込む自身の赤い瞳と見つめ合いながら、どうしてこうなったのかを頭の中で冷静に分析する。
 (隔壁の破壊に思ったより魔力を持っていかれたのが不味かったな……)
 空気中のマナを利用したとはいえ、体内のオドもある程度持っていかれた感覚がある。
 とはいえ、テロリストとは接近戦に持ち込み魔力を極力使わないように立ち回れば多少のオド不足は問題ないと思っていたのだが、研究所内で待ち構えていたのは生身のテロリストではなく鋼鉄製の警備用ゴーレムだった。
 彼らは魔力の伝導率を高めるため、レインメーカーの持つ魔力供給型武器や義肢の素材である黒金と非常に近い配合の合金で作られている。
 義肢を用いた物理攻撃でもダメージは与えられるだろうが、お互いに摩耗し破損するのは時間の問題だ。
 それに加え、こちらは警備用ゴーレムとは違い、替えが効かない特注品の義肢だ。
 結果、魔術を用いた戦闘を余儀なくされ、不本意な消耗戦へと持ち込まれる。
 じりじりと追い詰められる中、何の前触れもなく訪れた()(くら)み――魔力枯渇の初期症状だ。
 揺れる視界に気を取られ、隙が生まれる。
 さらにタイミングの悪いことに、眼帯をしている右目側からの攻撃。
 ――かくして俺は、魔力枯渇による立ち眩みを起こしたところに死角からの強烈な一撃を食らって吹っ飛ばされた、という訳だ。

 ひんやりとした大理石の床で頭を冷やしながら分析を終えたレインメーカーは、多少の名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと身を起こす。
 すると、周囲で繰り広げられる激しい戦闘による喧噪(けんそう)の中、こちらに近づいてくる声があることに気がついた。
「いたっやめて下さい……っ」
 間近に迫る声の方へと目を向けると、1人の青年が警備用ゴーレムに体当たりされる形でレインメーカーの目の前に躍り出る。
 ()()うの(てい)といった様子の青年が顔を上げると、その淡いバラ色の髪が揺れた。
「ふう、酷い目に遭いました。ご無事ですか?レインメーカー様」
「……っはは、まさか偽善者の神父様が来て下さるとはね。ハレルヤ」
「……これは酷い。私がすぐに治療いたしますので、そのまま楽な姿勢でいてください」
 レインメーカーの負傷を目にしたロゼは、怪我人を安心させるための笑みを浮かべ彼の傍へとしゃがみ込むと、患部を確認するため上着に手をかけた。
「失礼します」
 レインコートと上着をめくり、右肩を露出させると血に()れた真新しい傷が現れる。
 見るからに痛々しい傷だが、ロゼは顔色一つ変えることなく触診を続ける。
「……骨に異常はないようですね。傷が深いので少し時間はかかりますが、これなら治癒魔術でも治せるでしょう」
 ロゼは患部に左手を(かざ)し、魔力を送り込みながら植物が再生する様子を強くイメージする。
 すると彼の手のひらが木漏れ日のような柔らかな光を放ち始め、それは植物のツルの如くレインメーカーの傷口を覆っていく。
 温かな光に包まれた傷口が徐々に再生を始める。その神秘的な光景にどこか冷めた視線を注いでいたレインメーカーはうすら笑いを浮かべて口を開く。
「さすが、敬虔(けいけん)な信徒の治癒魔術は治りが早い。まさに奇跡だな」
「もったいないお言葉です」
「なぁ、君たちはこの魔術を奇跡と(うそぶ)いて、一体どれだけの信者から献金を巻き上げてきたんだ?」
 酷く楽しそうな声音でレインメーカーが問いかけるが、ロゼはその中性的な顔立ちに笑みを貼りつけたまま静かに答える。
「……(うそぶ)くとは人聞きの悪い」
「だってそうだろ?有史以来、君たち聖職者は無知な信者たちをずっと(だま)してきたんだ。奇跡も、霊験も、蓋を開けてみれば全部魔術を使ったでっち上げだったんだからな」
 60余年前、メイガスの急増に各国政府の対応が遅々として進まない中、不安に(さいな)まれる人々が(すが)りついたのは信仰だった。
 そして神仏を頼った彼らの判断はある意味正しいと言えた。
「皮肉なもんだよな。聖職者が迷える子羊たちに救いの手を差し伸べたことによって、自分たちの開祖は神を(かた)ったペテン師だってことを世に知らしめちまったんだから」
 当時、人々を救うためとはいえ門外不出である神秘の技法を開示することに、各宗教団体はもちろん難色を示した。
 しかし、そんな上層部の心無い対応を憂いた一部の関係者が、独断で魔力の制御方法を人々に伝授し始めたことにより、今まで奇跡や霊験とされていた事象の実態が白日の下に(さら)されることとなった。
 図らずとも真実を知ることとなった人々の反応は三者三様だったが、その権威が失われることを覚悟の上で人々の救済を優先した行いを称賛し感謝する者が多い一方で、神の存在を疑わざる終えない真実に不信感を(いだ)く者も少なくなかった。
 あれから長い年月が経ったが、現在ではなにがしかの宗教に属していたとしても神の存在を心から信じている者は殆どおらず、無宗教を選択する人が後を絶たないというのがこの世界の実状だ。
 レインメーカーの教会を非難するかのような口説(くぜつ)殊更(ことさら)気にした風もなく、ロゼは粛々と治療を続ける。
「……我々の行いは結果として多くの無辜(むこ)の民を救う事に繋がったのですから、その心根にあるものが偽善か善意かなど些末(さまつ)な問題かと存じます」
詭弁(きべん)だな。君たち聖職者からしたら、自分たちが創り出した神という偶像に縋りつく人々はさぞ滑稽に見えただろうよw」
「天にまします我らの父は、この瞳に映すことさえ(はばか)られる尊い御方。故に見えなくともそれは当然のことなれど、神の存在を否定する論拠とはならないでしょう」
「ははっ悪魔の証明ならぬ神の証明ってか?さすがは説教を垂れることを生業(なりわい)とする神父様だ。口八丁でいらっしゃる」
 傷の痛みをものともせずに減らず口を叩くレインメーカーを(あわ)れむように、ロゼは愁いを帯びた表情を浮かべる。
「貴方は神の御威光も届かぬ曇天の元を歩まれておいでなのですね……。あぁ我らの父よ、神を信じない罪を犯した彼を赦し、どうかその身に慈雨を降らせ賜え……」
 ロゼはこれ見よがしに胸の前で十字を切り、神に祈りを(ささ)げる。
 その慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度にレインメーカーは腹が立つどころか逆に笑いが込み上げてきた。
 それと同時に、仰々しく両手を組んでいるロゼを目の当たりにしたことにより、治療が終わっていることにも気がつく。
 彼の傷はいつの間にか塞がり、患部を覆っていた治癒魔術の光も消え失せていた。
「これで完治したと思いますが、ゆっくり立ってみて下さい」
 立ち上がったレインメーカーは軽く肩を回してみるが、痛みや違和感は感じない。
 非の打ちどころのない治癒魔術に、彼は面白くなさそうな顔をして身なりを整えながらロゼに問いかける。
「それで、いくら欲しい?」
「お代は結構ですよ」
 レインメーカーはにこやかに報酬を断るロゼを(あざけ)るように鼻で笑う。
「っはwこの偽善者が」
「……私がここへ来たのはフローレンス様が貴方の窮地を知らせてくれたからですし、治療に専念できたのはミィシェーレ様が周囲の敵を私たちに近づけないよう尽力して下さったおかげです。ですので私だけ報酬を頂く訳には参りません」
 ロゼがにこやかな表情を崩さずにこれまでの経緯を述べると、レインメーカーはおもむろに傍らの傘へと手を伸ばす。
 魔力供給型武器を手にした彼の周囲には、雨粒のように小さな水の塊が無数に生まれ空中を漂う。
「まったく、これだから聖職者ってやつは。こんな不信心な俺にまで、ありがたくも恩着せがましい説教を垂れて下さる」
「左様でございますか」
 ロゼの感情の(こも)らない台詞(せりふ)が引き金となったかのように、その顔の横を水の銃弾が通過する。
 魔術によって撃ち出された銃弾は、彼の後方に迫っていた警備用ゴーレムたちの急所を狙いすましたように撃ち抜き、いともたやすくその動きを停止させる。
 (……大体3割程度まで回復したか。この短時間じゃオドの自然回復はそこまで望めないし、義肢から取り込んだマナを変換してもここらが限界だな。
 ま、無駄弾撃たなきゃ戦えるだろ。……それに、このぐらいハンデがあったほうが刺激的で楽しめそうだ)
 今後予想される厳しい戦いに思いを馳せ、笑みを浮かべたレインメーカーは早くもロゼに別れを告げる。
「これでさっきの治療費は相殺ってことでいいだろ。俺はもう行くから後はどうぞご自由に」
「左様でございますか。私はどうも争いごとは不慣れで……少し疲れてしまいましたので、ここでもう(しばら)く休んでいきます。どうか神のご加護があらんことを」
「はいはいアーメンアーメン」
 上辺だけの祈りを捧げるロゼにレインメーカーは鼻白んだ様子で、おざなりな祈りの言葉を返すと足早にその場を立ち去った。

 未だに激しい戦闘が続いている地点へと向かう途中で、先ほど倒した警備用ゴーレムがふと目に入る。
 それを観察できたのは近づいてからすれ違うまでの僅かな時間だったが、その液晶パネルには自身が作り出した水の銃弾による弾痕が黒々とした穴を開けている。
 そして彼の左目はそれ以外に、もう1つ気になる点を見つけていた。
 機能を停止した警備用ゴーレムには鋭利な刃物による深い傷跡があり、その隙間からツル状の植物が這い出している。ボディを伝い腕を伸ばしたツルはタイヤ部分に幾重にも絡みつき、その機動力を奪っていた。
 ガラクタと化すゴーレムとすれ違った後、その個体が始めにロゼを襲っていたものと同一であることに気がついたレインメーカーは口元を(ゆが)めて(わら)う。
 (……ははは!これで争いごとは不慣れとかwあの神父、とんだ食わせものだなwww)
 だが、人とゴーレムとが交戦する中に飛び込んだ今、あの偽善者のことを考えている余裕はない。
 こちらを狙う敵に意識を向けている最中(さなか)、こちらの状況などお構いなしに通信が入る。
 『こちら作戦本部のフォーブス。現在C(チャーリー)小隊が中央監視室を目指して移動中。こちらも他の部隊と同様にテロリスト及び人質の姿は確認できていない。
 今のところ敵の数は少なく小競り合い程度で済んでいるが、中央監視室前では大規模な衝突が予想される。有事の際は救援に向かえるよう他の部隊も態勢を整えておくように』
 レインメーカーは作戦本部からの通信に耳を傾けながら、無数の水の弾丸を周囲に浮かべる。
 (C小隊……あー、確かジュリアが一緒に行動してるんだったか。まぁ、あいつならお得意のサーカス芸でなんとかするんじゃないか?うん、たぶん)
 レインメーカーは自分の中で一応友人枠にカテゴライズしている彼女のことを少しだけ考えたが、あまり関心を持てない。
 (救援要請に応じると追加報酬が出るとかなら話は別なんだがなー)
 金の匂いを感じない話に興味を失ったレインメーカーは、早々にジュリアのことを頭の片隅へと追いやる。
 そして、目前に迫った警備用ゴーレムの急所を正確に撃ち抜くのだった。
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