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文字数 3,977文字

 事件発生から9日後――現地時間a.m. 10:11 アウチェスター公国 アトウッド第2研究所 研究棟

 研究棟内で最も広い第1会議室では人質救出作戦に参加するIWPOの特殊部隊員、アトウッド国立研究所の職員そしてフォーブスが招集した世界各国の魔術師たちが集められ、事件収束に向けた合同作戦会議が行われていた。
 各組織ごとに席次が決められているのだが、上層部同士の折り合いが悪いためか特にIWPOとアトウッド国立研究所の間には、どことなくよそよそしい空気が流れている。
 会議室の正面には代表者であるフォーブスを中心として、この作戦に携わる各責任者が並んでおり、そのうちの1人――シェンが会議の進行を務めていた。
「テロ組織によるアトウッド第2研究所実験棟立てこもり事件が発生してから現時点で9日が経過した。現場確保完了時よりIWPOの交渉人(ネゴシエイター)が交渉を持ちかけているが依然として反応がなく、これ以上事件が長期化すると人質が殺傷される危険性が極めて高いと判断し、実力行使に踏み切ることとなった。
 作戦遂行にあたって、アトウッド国立研究所所長であるウィリアム・フォーブス氏には司令官として作戦本部から指示を出してもらう。私、IWPOの(シェン)子濤(ズータオ)は指揮官として現場で直接指揮を執る。
 ではこれより作戦内容についての説明を始める。まず、会議資料の1ページ目……」
 シェンの言葉を合図にしたかのように部屋の照明が絞られ、プロジェクターによって正面のスクリーンに会議資料が映し出されると、皆がそちらへ注意を向ける……。

 薄暗い会議室の中、招集された魔術師たちに用意されたスペースの一番後ろの席では、まるで漫画の世界から出てきたような場違いとも言える2人が大人しく会議に参加している。
 1人は桃色の髪にロリータ服がよく似合う女性――リディは、真剣に作戦内容を聞きながら会議資料を確認している。
 もう1人はメイド服を身に(まと)っているが、よく見ると少年のようだ。彼はその頭についた特徴的な猫耳をあちこちに向けながら興味津々といった様子で会議室内を見回している。
「レオ……物珍しいのは分かるけどよ、もうちょっと落ち着いてくれないか?」
「え?オレちゃんとジュリアに言われたとおり静かにしてるぞ?」
「いや、言いつけどおり黙って会議に参加できてるのは偉いんだけどよ。その、さっきから尻尾が……」
 レオと呼ばれた少年がハッとしたように自身の背後に目をやると、彼のスカートから伸びた長い尻尾がその感情を表すかのように左右に揺れている。その動きに合わせて尻尾の鈴がチリチリと軽やかな音を立てていた。
「あ!わ、悪い……」
 それと同時に周囲からちらちらと向けられる視線にも気づいたレオは、自身の尻尾を慌てて抑え込むと面目なさそうに縮こまった。頭の上で伏せられた猫耳が彼の感情を如実に伝えてくる。
「そんなに落ち込むなって。みんな会議に集中してるから、ほとんどの奴は気づいてないさ」(姉さんに一番後ろの席を手配してもらって正解だったな……)
 リディはしょぼくれた様子のレオを励ますと、彼の従姉であり、リディにとっては姉弟子でもあるジュリアの機転に心の中で感謝する。

 初めてアウチェスター公国の地に降り立ったレオを出迎えたのは、(あき)れ半分諦め半分といった様子のジュリアだった。久しぶりの再会を無邪気に喜ぶレオに対して、彼女は複雑そうな表情を浮かべていたが、やがて腹をくくった様子でレオに真剣な眼差しを向けるとこれは遊びではないということ、本当に危ない時は自分の命を守る行動を最優先にすることを強く言い聞かせると彼のことを温かく迎え入れた。
 レオは急な飛び入り参加ではあったが、ジュリアがフォーブスへとすでに話を通しておいたようで、彼はあっけないほど簡単に作戦への参加を許された。
 本来ならばレオの保護者であるジュリアが一緒にいてやるべきなのだが、研究員としての仕事もある彼女が常に彼の傍にいるのは難しい。そこで今作戦に参加することになった妹弟子のリディに、レオのお目付け役を頼むことにしたのだ。彼女にならばレオもよく懐いているし、姉弟子として彼のことをしっかり監督してくれるだろう……ジュリアにとってはこれ以上ない人選であった。

 レオは同じ(てつ)は踏まないと言わんばかりに自身の尻尾を握りしめると、ぴんと立った猫耳を前方に向け、真剣な表情で会議の進行を見守っている。
 だが、レオが決意したのも束の間、今度は彼の傍で別のものが声を上げた。
「みゅ」
「ん?どうしたミミュー?」
 声の出どころはレオの左隣に置かれたリュックの中、彼の使い魔のミミューだ。
 ミミューは主人の問いかけに答えることなく後ろを向いており、不審に思ったレオがミミューの視線の先を辿(たど)ると、そこにはレオたちの陰に隠れるようにして1人の男性が屈んでいた。
「あ、やべ」
「みゅ?」
「だ、誰だお前!?」
「レオ、声が大きいって……」
 やにわに騒がしくなったところをリディに小声で制され、レオは慌てて声を抑える。彼は恐る恐る周囲を伺ったが、会議に集中している人々を見て安心したように詰めていた息を吐き出した。
 いったん会議から目を背けたリディは落ち着いた様子で不審人物を観察すると、やがて静かに口を開く。
「……お前、見たところIWPO職員のようだが、こんなところで何をこそこそ隠れてるんだ?」
「お、ご明察。や~可愛い女の子たちがいるな~って思って近づいたんすけど、さすがフォーブスさんが選りすぐった魔術師。若いのに感心感心」
「旅暮らしが長いと度胸と観察眼が自然と磨かれるんでな」
「どうだ!リディは凄いだろう!」
 彼らは周囲の邪魔にならないよう小声でやり取りを続け、その間に男性は改めて居住まいを正すと2人に向かって気さくな笑みを浮かべる。
「僕はIWPO所属のコナーっす。第一印象はあれかもしんないけど、お嬢さん方とぜひ仲良くさせてもらえたらな~と思って」
「え、いいのか?……その、私たちの雇い主とお前の上司は仲がいいとは言えないだろ?私たちと交流を持つとあんまり良い顔をされないんじゃないか?」
「いいんすよ!どーせ現場で働くのは僕たちなんすから、仲良くしとかないといざという時困るのはお互い様でしょ~が!そんなことまで、いちいち上司の顔色伺ってたら命がいくつあっても足りないっすよ!」
 そう言うと彼は大体シェンさんは意地を張りすぎだだの、頑固で困るだのとやれやれといったジェスチャーを交えながら上司の愚痴を吐き始めた。なんともあけすけな男である。
 だが、性根が真っすぐで良くも悪くも疑うことを知らないレオは、飾らない彼の言葉に感銘を受けようでコナーに向かって勢いよく手を突き出した。
「っ確かに!オレたち同じ作戦に参加する仲間だもんな!オレの名前はレオ!んでこっちは使い魔のミミュー!コナー、よろしくな!」
「この子動くぬいぐるみかと思ったら使い魔だったんすか!?可愛い見た目のわりに男の子みたいな名前っすね~。こちらこそよろしくっす!」
 どうやら薄暗い室内では至近距離であってもレオの性別までは判断できなかったようで、コナーは若干疑問に思いながらもレオと固い握手を交わす。
「まぁ、確かに上司に付き合って私たちまで仲違(なかたが)いする必要はないよな。私はリディって言うんだ。よろしくな」
「そうそう、無駄にいがみ合っても良いことないっすからね。よろしくね~、リディちゃん」
 そもそも人助けのためにこの依頼を受けたリディは、コナーと良好な関係を築きIWPOと連携して作戦に当たったほうがより多くの研究員を救出できるという結論に行きついたようで、レオに続き彼女もコナーと握手を交わした。
「……それにしても私たちが招集されてから作戦会議が始まるまでに随分と時間がかかったな」
「あぁ、それは招集に応じた魔術師たちが集まるのを待ってたってのが理由らしいっすよ、まだ到着してない魔術師も何人かいるみたいっすけど。……でもそれは表向きの理由で、実際は今の今まで作戦に参加する組織のどっちが主導権を握るかで上層部が()めてたらしいっすよ。何度か話し合いはしてたらしいんすけど、つい先日ようやく両組織の間で折り合いがついたみたいっすね。
 あのプライドの高いシェンさんがフォーブスさんの(もと)についたのは意外っすけど。……まぁ、実際のところ現場に出ちまえばやりたい放題やれるし、こっちのほうが理があると考えたのかもしれないっすね」
「……私が言うのもなんだけどよ、上層部の内情とかそんなに話しちまって大丈夫なのか?」
 知られても問題ない範囲内の話なのだろうが、世間話のようなノリでそんな国家間の裏事情を話されると、知ったらまずい話なんじゃないかとリディもつい不安になる。
「ま、これも仲良くなった(よし)みってことで。どうっすか?僕は役に立つ男っすよ~」
「おぉ!コナーは物知りなんだな!凄いぞ!」
「みゅ!」
 そんな不安な思いを抱くリディをよそに、コナーは得意げな笑みを浮かべている。そんな彼をレオは尊敬のまなざしで見つめ、それに同調するようにミミューが鳴く。早くも懐柔されたような気がしなくもないが、確かに彼の話は有用だ。
 (何というか多少強引な感じもするが悪い奴じゃなさそうだ。……作戦に参加する人たちが一丸となるためには、こういう奴も必要なのかもな)
「……とりあえず、お前らもう少し声を落としてくれ」
 リディは早くも親交を深めつつある彼らを軽く(たしな)めると会議へと向き直る。
 会議内容は途中いくつか聞き逃していたものの、後で手元の資料を読み込めば問題ないだろう。
 その後の会議では難しい部分をコナーが補足してくれたり、関連する裏情報を教えてくれたりしたお陰で、リディとレオにとっては思いの(ほか)充実した時間となったのだった。
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