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文字数 2,924文字
事件発生1時間前――現地時間p.m. 12:16 アウチェスター公国 市街地 オーガニックレストラン
穏やかな昼下がり。休日ならば観光客が行き交う大通りも平日の昼間ともなれば閑散としている。
観光客向けの小洒落 たレストランの一角。どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくるテラス席で、褐色の肌に銀髪がよく映える男性が新聞を読んでいる。時折思い出したように紅茶をすするその表情からは有閑 ゆえの退屈さが容易に読み取れた。
そんな中、不意にレストランのドアチャイムが音を立て、怠惰な空気に揺らぎが生じる。男性が反射的にその音の方へ目を向けると、不意に自身と同じ赤い瞳と目が合う。
店から出てきたばかりのその男性と何の気なしに視線を交わしたままでいると、彼はやがて何かに気づいたように愕然 とした表情を浮かべ、テイクアウトしたであろう料理を抱え直すと癖のある青い髪を揺らしながらツカツカと歩み寄ってきた。
「……Oh my gosh、僕としたことがまだ今日の新聞を読んでいなかったよ。君のそれThe Wizardry Times だよね?これを読んでるってことは君も魔術師?あ!右手のそれはもしかしなくても黒印かい!?」
何かのスイッチが入ったかのように突如として鼻息も荒く詰め寄る男性に、褐色の男性は思わずのけぞるが、シンプルな装飾の背もたれがその背中を受け止めてくれたおかげで転倒は免 れた。
「あ、あぁ、俺はもう読み終わったし、よかったらやるよ」
「Really?いや~助かるよ!研究者として常に魔術に関する最新の情報を得るのは当然の務めだからね!あ、僕はJ、アルファベット1文字のJ。尊敬してる魔術師の名前にあやかったんだけど、シンプルで自分でも気に入ってるんだ」
Jの両手をふさいでいた紙袋は当たり前のように男性のテーブルに置かれ、彼はあたかも久しぶりに再会した友人の如 く向かい側の席に座ると(無論、男性の許可は得ていない)、上機嫌な様子で新聞を受け取った。
Jのあまりの図々 しさにあっけにとられていた男性は、遅ればせながら彼の発した研究者という言葉に気づき、その眉を上げる。
「研究者……ってことはあんた、アトウッド国立研究所の人間か?」
「………………」
新聞に目を落とすJは、さっきまでの煩 さが嘘のように鳴りを潜め、真剣な表情になっている。
不審に思った男性がその顔を覗 き込むと、野暮ったい黒縁眼鏡に邪魔されているもののJはよく見れば整った顔立ちをしていることに気がつく。
「?……おい」
「……ん?Sorry、全然聞いてなかったよ。もう一度言ってもらえる?そんなことより、君はこの記事を読んだかい?以前から問題になっていたイタリアの連続強盗事件の主犯格グループがついに捕まったみたいじゃないか~~!Great!!それにしても魔術を犯罪に利用する魔術師がいるだなんて僕は悲しいよ。一部の人たちがこういう犯罪に走るせいで、いつまでたってもメイガスに対する偏見が無くならないんじゃないかな~~?」
だがそう思ったのもつかの間で、一拍遅れて反応したJはまたしても立て板に水のような勢いで自身の見解をつらつらと述べる。
とりあえずこの短時間接しただけでも、彼がとんでもなくマイペースな男だということは理解した。
「……あんたはアトウッド研究所の職員かって聞いたんだ」
「Yes!本来なら僕も今頃は第2研究所、あ、あの離島にあるほうの研究所ね!そこで同僚と一緒にちょっとした魔術の応用実験をしているはずだったんだけど、僕がじゃんけんに負けたばっかりにランチの買い出しを押しつけられちゃってね。ほら、魔術を扱うからには心身ともに健康でなければ魔術に失礼でしょ?だから、みんなにも体にいい物を食べてもらいたくて、ちょっと遠いけど僕がいつも利用しているオーガニックレストランまで買い出しにきたのさ!」
「そうか、いや、うん、そいつはごくろーさん」
なぜこの男はいちいち情報量が多いのだろうか。そのくせ実験内容などの肝心な部分はしっかりぼかしているので、彼なりに配慮して話しているのかもしれない。その調子で他人との距離感についても配慮できるようになってもらいたい。
(俺としても無駄に社内機密を握らされても迷惑だから、その方がありがたいが)
Jはどうせこちらの言うことを碌 に聞いていなさそうなので、男性の返答も自然とおざなりなものになる。
「それで、さっきからずっと気になってたんだけど君はいったいどんな魔術を使うんだい!?ぜひ僕秘蔵の魔術師ファイルの1ページに君のことを加えさせておくれよ!」
「急に来たな。……それってさぁ、氏名不詳でもいいわけ?」
「!……What's your name!?」
散々会話(ほぼJが喋 っていたが)をした挙げ句、ようやく相手の名前すら知らないことに思い至ったJの様子に、男性は笑いを堪えるように口元を抑え横を向く。
「っはは……ナタラージャだ」
「OK!Mr.Nataraja!エキゾチックな名前だね~~!」
思い出したようにJがふと時計を見ると、あれから小1時間が経過しており、ランチタイムはとっくに終わっているような時間だった。
「Geez!みんなのランチのことをすっかり忘れてたよ!でも君と話すチャンスは今しかなかったし、その魔術に対する見解はとても興味深く有意義なものだったから、この時間は必要な犠牲だったんだよ……きっとみんなも分かってくれるよね!」
「おう、理解を得られるといいな」
「君とはもっと話したかったんだけどね。お腹 を空かせたままのみんなに魔術の実験を行わせるわけにはいかないよ!Goodbey.Mr.Nataraja!また会う機会があったらじっくり話を聞かせてね~~!!」
Jは一気に捲 し立てると挨拶 もそこそこに勢いよく席を立つ。そしてすっかり冷え切った料理を抱えると嵐のように去っていった。
そんなJを見送ったナタラージャは、再び平穏を取り戻したテラス席で思い出したかのようにすっかり冷え切った紅茶をすする。
しばらくすると脅威が去ったことを察した小鳥たちが戻って来たのか再びさえずりが聞こえ始めた。
(なんか……凄 いやつだったな、色んな意味で。でもまぁ概 ね楽しかったし、あいつとはまた会ってみてもいいかもな)
ナタラージャはしばらく先ほどの余韻に浸っていたが、自分にも時間が迫っていることに気がつき、ちょうど店外に出てきた店員に声をかける。
そして長時間世話になったせいか愛着がわき始めた椅子から立ち上がると大きく伸びをした。
「さてと。時間も潰 せたことだし、俺もそろそろ行きますかね」
伝票が挟まれた黒いホルダーを持って店員が戻ってくると、ナタラージャはそこに紙幣を挟みながら店員と軽く談笑する。
「美味 かったよ、ごっそーさん。……あ、俺この後、旧貴族街に行きたいんだけどさぁ、……そうそう、観光。……ん、あっちの道ね、ありがと。釣りはいらねぇから」
ナタラージャは店を後にすると店員に教わったとおりの道へと足を向ける。
そして昼下がりの暖かな日射しに煌 めく髪をなびかせながら、ゆったりとした足取りで目的の場所へと向かうのだった。
穏やかな昼下がり。休日ならば観光客が行き交う大通りも平日の昼間ともなれば閑散としている。
観光客向けの
そんな中、不意にレストランのドアチャイムが音を立て、怠惰な空気に揺らぎが生じる。男性が反射的にその音の方へ目を向けると、不意に自身と同じ赤い瞳と目が合う。
店から出てきたばかりのその男性と何の気なしに視線を交わしたままでいると、彼はやがて何かに気づいたように
「……Oh my gosh、僕としたことがまだ今日の新聞を読んでいなかったよ。君のそれ
何かのスイッチが入ったかのように突如として鼻息も荒く詰め寄る男性に、褐色の男性は思わずのけぞるが、シンプルな装飾の背もたれがその背中を受け止めてくれたおかげで転倒は
「あ、あぁ、俺はもう読み終わったし、よかったらやるよ」
「Really?いや~助かるよ!研究者として常に魔術に関する最新の情報を得るのは当然の務めだからね!あ、僕はJ、アルファベット1文字のJ。尊敬してる魔術師の名前にあやかったんだけど、シンプルで自分でも気に入ってるんだ」
Jの両手をふさいでいた紙袋は当たり前のように男性のテーブルに置かれ、彼はあたかも久しぶりに再会した友人の
Jのあまりの
「研究者……ってことはあんた、アトウッド国立研究所の人間か?」
「………………」
新聞に目を落とすJは、さっきまでの
不審に思った男性がその顔を
「?……おい」
「……ん?Sorry、全然聞いてなかったよ。もう一度言ってもらえる?そんなことより、君はこの記事を読んだかい?以前から問題になっていたイタリアの連続強盗事件の主犯格グループがついに捕まったみたいじゃないか~~!Great!!それにしても魔術を犯罪に利用する魔術師がいるだなんて僕は悲しいよ。一部の人たちがこういう犯罪に走るせいで、いつまでたってもメイガスに対する偏見が無くならないんじゃないかな~~?」
だがそう思ったのもつかの間で、一拍遅れて反応したJはまたしても立て板に水のような勢いで自身の見解をつらつらと述べる。
とりあえずこの短時間接しただけでも、彼がとんでもなくマイペースな男だということは理解した。
「……あんたはアトウッド研究所の職員かって聞いたんだ」
「Yes!本来なら僕も今頃は第2研究所、あ、あの離島にあるほうの研究所ね!そこで同僚と一緒にちょっとした魔術の応用実験をしているはずだったんだけど、僕がじゃんけんに負けたばっかりにランチの買い出しを押しつけられちゃってね。ほら、魔術を扱うからには心身ともに健康でなければ魔術に失礼でしょ?だから、みんなにも体にいい物を食べてもらいたくて、ちょっと遠いけど僕がいつも利用しているオーガニックレストランまで買い出しにきたのさ!」
「そうか、いや、うん、そいつはごくろーさん」
なぜこの男はいちいち情報量が多いのだろうか。そのくせ実験内容などの肝心な部分はしっかりぼかしているので、彼なりに配慮して話しているのかもしれない。その調子で他人との距離感についても配慮できるようになってもらいたい。
(俺としても無駄に社内機密を握らされても迷惑だから、その方がありがたいが)
Jはどうせこちらの言うことを
「それで、さっきからずっと気になってたんだけど君はいったいどんな魔術を使うんだい!?ぜひ僕秘蔵の魔術師ファイルの1ページに君のことを加えさせておくれよ!」
「急に来たな。……それってさぁ、氏名不詳でもいいわけ?」
「!……What's your name!?」
散々会話(ほぼJが
「っはは……ナタラージャだ」
「OK!Mr.Nataraja!エキゾチックな名前だね~~!」
思い出したようにJがふと時計を見ると、あれから小1時間が経過しており、ランチタイムはとっくに終わっているような時間だった。
「Geez!みんなのランチのことをすっかり忘れてたよ!でも君と話すチャンスは今しかなかったし、その魔術に対する見解はとても興味深く有意義なものだったから、この時間は必要な犠牲だったんだよ……きっとみんなも分かってくれるよね!」
「おう、理解を得られるといいな」
「君とはもっと話したかったんだけどね。お
Jは一気に
そんなJを見送ったナタラージャは、再び平穏を取り戻したテラス席で思い出したかのようにすっかり冷え切った紅茶をすする。
しばらくすると脅威が去ったことを察した小鳥たちが戻って来たのか再びさえずりが聞こえ始めた。
(なんか……
ナタラージャはしばらく先ほどの余韻に浸っていたが、自分にも時間が迫っていることに気がつき、ちょうど店外に出てきた店員に声をかける。
そして長時間世話になったせいか愛着がわき始めた椅子から立ち上がると大きく伸びをした。
「さてと。時間も
伝票が挟まれた黒いホルダーを持って店員が戻ってくると、ナタラージャはそこに紙幣を挟みながら店員と軽く談笑する。
「
ナタラージャは店を後にすると店員に教わったとおりの道へと足を向ける。
そして昼下がりの暖かな日射しに
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