第2話 兄と妹
文字数 3,785文字
打ち合う竹刀の音に交じって、体育館に大きな歓声が響く。
土曜の午後の練習試合とはいえ応援の人数は多い。とりわけ観客の男子率が高いのは、剣道部の大将が他校でも有名な美少女ゆえだろう。
団体戦は、大将・高神 真奈 が見事な一本を決め、彼女の高校の勝利に終わった。
試合終了とともにぞろぞろと体育館から出て来る制服の高校生たちを、視矢は出入り口の外側で扉に寄り掛かり眺めた。
大学生の兄は、大事な妹の試合を体育館の外から見守っていた。応援せずとも、真奈が勝つのは分かりきっている。
すれ違う教職員はラフな私服の彼にちらと目を向けるだけで、特に何も言わない。他所の生徒については生活指導の対象外だ。
やがて人がいなくなり、体育館の後片付けを始めた女子部員たちに、学生服を着た男子が六人近寄って行った。
手伝いを装い、これから皆で遊びに行かないかと取り囲むようにして話し掛ける。下心丸出しのナンパに、視矢は顔をしかめた。
(ませガキどもが)
心の中で毒づくと、わざとらしく咳払いして高校生の集団に割り込んだ。
「どーも。真奈の身内だけど。手伝いは俺がするから、帰ってくれていいよ。ありがとな」
謝辞を述べる体裁で暗に「帰れ」と追い払う。強引な誘いに辟易していた女子部員たちは、救いの手にほっと胸を撫で下ろした。視矢のことは剣道部の誰もがよく知っている。
あからさまな牽制に、ナンパ男たちは引き攣った笑みを浮かべた。身内に登場されてはどうしようもない。
目論見が外れ、舌打ちや溜息を残してすごすごと引き下がる男子たちを、視矢はご愁傷様、と見送った。面手拭いを外し、真奈はまとめていた長い髪を下ろして兄の側に駆け寄る。
「お兄ちゃん、来てたの?」
「お前、男見る目ねえからな。あんなのに引っ掛かんなよ」
視矢は出入り口の方を目で追い、真奈の額を人差し指で小突いた。人気者の妹のおかげで虫除けに苦労する。
「ほら、ちゃっちゃっとやるぞ。終わったら、みんなでマックでも行こうぜ」
「ちょっと、何勝手に……」
真奈の抗議に耳を貸さず、視矢は率先して動き、あっという間に掃除と片付けを済ませてしまった。つまるところ、先程の男子生徒らと同じことをしているわけだが、本人にその自覚はない。
「相変わらずだね、あんたのお兄さん。あかるい、っていうか」
冗談を言って後輩の女子たちとふざける視矢を見て、同級生の友人がこそりと呟いた。
「無理に、“あ” は要らないよ」
軽い兄でごめん、と大将を務めた少女が詫びる。
高校の試合には毎回駆け付け、部活に顔を出す大学生の兄。彼のシスコンぶりは女子剣道部全員に知れ渡っていた。
視矢は特定の恋人がいないだけで、それなりに女性と遊んでいるし、まったくもてないわけではない。
そのくせいつまでも妹離れできない兄が、彼女の悩みの種だった。
「とにかく、お兄ちゃんは学校の外で待ってて」
真奈は視矢の背を押し体育館から出そうとする。
剣道着のままの部員たちは、この後更衣室で着替えという仕事が残っていた。私服姿は高校では目立つ。用もなく外部の人間が校内をうろうろしていたら、不審者扱いされてしまう。
「更衣室の前にいちゃ、駄目なんか?」
「駄目!」
速攻で却下され、はいはい、と校門へ向かう兄に、真奈はなるべく早く行くから、と声を掛けた。なんだかんだ言いつつ子供の頃からきょうだい仲は良く、成長しても変わることはなかった。
着替えを終えた真奈たちが校門から出て来たのはほぼ三十分後。
セーラー服の女子高校生五人と大学生の男一人という一見ハーレム的状況ながら、彼の隣にいるのは妹だ。残りの女子四人は各々おしゃべりに花を咲かせ、後ろを歩いている。
「私たちの分、奢ってくれるんだよね」
にやにやと顔を覗き込む真奈に、視矢はあっさり白旗を上げた。この妹は無理を承知で吹っかけてくる。
「そうしたいのはやまやまだけど、単車買うのに金貯めたいし。今日はどうか、割り勘てことで」
「もっとカッコいいお兄ちゃんが欲しかった」
「男は財力じゃねーぞ。……多分」
他の部員たちの耳に入らないよう、兄と妹はひそひそと冗談を言い合う。
「何のバイトやってるの?」
「学生の定番」
視矢はニッと白い歯を見せて笑った。最近帰りが深夜になる日が多く、夜のアルバイトをしているのは真奈も知っている。大学生の定番といえば家庭教師だが、それにしては時間帯が遅い。
「土方だよ、土方!」
もしや風俗関係だろうかと疑う妹の視線に気付き、視矢は慌てて否定した。
意外な答えだけれど、冗談を言っている表情ではない。わざわざ大変な仕事を選んだ理由はもちろんのこと、学生の定番バイトが土木作業という兄の認識も謎だ。
「夕飯いらないって母さんに言っといて。終わるの深夜だからさ」
視矢は腕まくりして、初夏の日差しに目を眇めた。
じき暑い夏がやって来る。夏のレジャーを満喫するために資金作りは欠かせなかった。
夜間工事の現場作業は、肉体的にも精神的にもきつい。
局所的な照明の下、掘削機の音が響く路上を重い廃材を持って何度も行き来すれば、体力に自信のある若者も次第に全身の感覚がなくなってくる。
なぜこの仕事に決めたのか、視矢自身にも分からなかった。情報誌を漁って数々あった好条件のものを蹴り、直感で土木作業の短期バイトに応募していた。
体を動かすことは嫌いではないし、夜遅いのも苦にならない。ただ残念なのは、同僚が男ばかりの点くらいか。
入りたての新人が次々辞めていく中で、文句も言わず働く視矢は年配の作業員にも一目置かれ、重宝されている。
その日は日付が変わった時分に作業に区切りが付き、引き上げの号令が掛かった。
バイトが一輪車で資材を運ぶ傍ら、いつもなら休憩を取る中堅作業員たちが集まり大声で話し合っている。
「何かあったんですか?」
「おお。土ん中から出てきたコレなんだがよ」
作業報告がてら尋ねる視矢に、髭面の現場主任が土まみれの木の棒を指し示した。
樹木の枝というには表面が滑らかで、鍔のない木刀のように見える。
掘削中、長らく埋もれていた物が掘り出されることは珍しくない。先日など、隣町で戦時中の不発弾が発見され大騒ぎになった。
「こいつを、どうしたもんかと思ってな。値打ちもんだったら、取っといた方がいいだろ」
主任は刀身にこびりついた土をカッターでこそぎ落とし、息を吹きかけて汚れを払っている。
視矢には木の種類までは判断がつかないが、土産用に売られているものとは明らかに質が違う。
「もし本枇杷だったら、価値ありますよ」
「こういうの詳しいのか、若いの」
「俺じゃなくて、父親と妹が」
父親が剣道七段、妹は三段という剣道一家の中で、長男の視矢は武道を習ってこなかった。
剣道が嫌いなわけではないものの、遊びが優先でまっとうな稽古は一切したことがない。
「じゃ、親父さんに鑑定してもらってくれ。お宝じゃなけりゃ、お前にやっからよ」
「え、でも」
否を告げる間もなく、太い腕で力いっぱい背を叩かれ、むせそうになる。
高値が付こうと付くまいと、拾得物を届けなければ横領罪だと、主任が理解しているか甚だ怪しかった。
(参ったな、もう)
余計な口を挟まなければ良かったと思っても、後の祭り。面倒な物を押し付けられた気しかしない。
仕方なしに視矢は土まみれの木刀を抱え、暗い夜道を家へと急いだ。工事中の道路に面した店はどこもとうにシャッターが閉まり、家々は寝静まっている。
二十五時を回って帰宅した時、自宅には明かりが点いていた。誰が起きているのだろうと台所へ入ってみると、ガスコンロの前に立つ妹の姿があった。鍋から立ち上る甘い香りが、視矢の鼻腔をくすぐる。
「ただいま。どうしたんだ、こんな時間に」
「……おかえり。なんか眠れなくて」
パジャマ姿の真奈が、首を後ろへ回し小声で言った。どうやらホットミルクを作っているらしい。
「俺も、甘いの欲しい」
「作ってあげてもいいけど。先にそれ、食べたら?」
真奈は出来立てのホットミルクをマグカップに注ぎ、食卓の方を指差した。
テーブルにはキッチンラップの掛かったおにぎりの皿が置かれ、横に母の字で『お腹がすいたら食べなさい』とメモ書きがあった。
「お風呂もすぐ入れるよ。母さんが種火にしておいたの」
「そっか」
家族の温かい気遣いに、身体の疲れが癒される。持ち帰った木刀を壁に立て掛け、視矢は椅子に腰を下ろした。
「どうしたの、それ?」
「地面掘ってたら出てきたんだよ。親父に見てもらおうと思ってさ」
「本枇杷じゃないよね」
ホットミルクそっちのけで、真奈が目を輝かせた。ほとんどの女子高校生が眉を顰めるだろう薄汚れた遺物にひどく興味をそそられている。
木刀を持ち上げたり手触りを確認したりする妹の姿に思わず笑みがこぼれた。余程の剣道馬鹿だ。
(……気のせいだよな)
工事現場で木刀を手にした瞬間、視矢は血が沸騰するような強い痺れを一瞬腕に感じた。
家へ帰る途中別段おかしなことはなかったし、疲れていただけだったのかもしれない。主任も真奈も普通に触れているので、思い違いならその方がいい。
それでも、あのぞくりとおぞましい感覚は忘れようがない。
母の作ってくれたおにぎりを頬張りながら、視矢の胸に得体の知れない不安がわだかまっていった。
土曜の午後の練習試合とはいえ応援の人数は多い。とりわけ観客の男子率が高いのは、剣道部の大将が他校でも有名な美少女ゆえだろう。
団体戦は、大将・
試合終了とともにぞろぞろと体育館から出て来る制服の高校生たちを、視矢は出入り口の外側で扉に寄り掛かり眺めた。
大学生の兄は、大事な妹の試合を体育館の外から見守っていた。応援せずとも、真奈が勝つのは分かりきっている。
すれ違う教職員はラフな私服の彼にちらと目を向けるだけで、特に何も言わない。他所の生徒については生活指導の対象外だ。
やがて人がいなくなり、体育館の後片付けを始めた女子部員たちに、学生服を着た男子が六人近寄って行った。
手伝いを装い、これから皆で遊びに行かないかと取り囲むようにして話し掛ける。下心丸出しのナンパに、視矢は顔をしかめた。
(ませガキどもが)
心の中で毒づくと、わざとらしく咳払いして高校生の集団に割り込んだ。
「どーも。真奈の身内だけど。手伝いは俺がするから、帰ってくれていいよ。ありがとな」
謝辞を述べる体裁で暗に「帰れ」と追い払う。強引な誘いに辟易していた女子部員たちは、救いの手にほっと胸を撫で下ろした。視矢のことは剣道部の誰もがよく知っている。
あからさまな牽制に、ナンパ男たちは引き攣った笑みを浮かべた。身内に登場されてはどうしようもない。
目論見が外れ、舌打ちや溜息を残してすごすごと引き下がる男子たちを、視矢はご愁傷様、と見送った。面手拭いを外し、真奈はまとめていた長い髪を下ろして兄の側に駆け寄る。
「お兄ちゃん、来てたの?」
「お前、男見る目ねえからな。あんなのに引っ掛かんなよ」
視矢は出入り口の方を目で追い、真奈の額を人差し指で小突いた。人気者の妹のおかげで虫除けに苦労する。
「ほら、ちゃっちゃっとやるぞ。終わったら、みんなでマックでも行こうぜ」
「ちょっと、何勝手に……」
真奈の抗議に耳を貸さず、視矢は率先して動き、あっという間に掃除と片付けを済ませてしまった。つまるところ、先程の男子生徒らと同じことをしているわけだが、本人にその自覚はない。
「相変わらずだね、あんたのお兄さん。あかるい、っていうか」
冗談を言って後輩の女子たちとふざける視矢を見て、同級生の友人がこそりと呟いた。
「無理に、“あ” は要らないよ」
軽い兄でごめん、と大将を務めた少女が詫びる。
高校の試合には毎回駆け付け、部活に顔を出す大学生の兄。彼のシスコンぶりは女子剣道部全員に知れ渡っていた。
視矢は特定の恋人がいないだけで、それなりに女性と遊んでいるし、まったくもてないわけではない。
そのくせいつまでも妹離れできない兄が、彼女の悩みの種だった。
「とにかく、お兄ちゃんは学校の外で待ってて」
真奈は視矢の背を押し体育館から出そうとする。
剣道着のままの部員たちは、この後更衣室で着替えという仕事が残っていた。私服姿は高校では目立つ。用もなく外部の人間が校内をうろうろしていたら、不審者扱いされてしまう。
「更衣室の前にいちゃ、駄目なんか?」
「駄目!」
速攻で却下され、はいはい、と校門へ向かう兄に、真奈はなるべく早く行くから、と声を掛けた。なんだかんだ言いつつ子供の頃からきょうだい仲は良く、成長しても変わることはなかった。
着替えを終えた真奈たちが校門から出て来たのはほぼ三十分後。
セーラー服の女子高校生五人と大学生の男一人という一見ハーレム的状況ながら、彼の隣にいるのは妹だ。残りの女子四人は各々おしゃべりに花を咲かせ、後ろを歩いている。
「私たちの分、奢ってくれるんだよね」
にやにやと顔を覗き込む真奈に、視矢はあっさり白旗を上げた。この妹は無理を承知で吹っかけてくる。
「そうしたいのはやまやまだけど、単車買うのに金貯めたいし。今日はどうか、割り勘てことで」
「もっとカッコいいお兄ちゃんが欲しかった」
「男は財力じゃねーぞ。……多分」
他の部員たちの耳に入らないよう、兄と妹はひそひそと冗談を言い合う。
「何のバイトやってるの?」
「学生の定番」
視矢はニッと白い歯を見せて笑った。最近帰りが深夜になる日が多く、夜のアルバイトをしているのは真奈も知っている。大学生の定番といえば家庭教師だが、それにしては時間帯が遅い。
「土方だよ、土方!」
もしや風俗関係だろうかと疑う妹の視線に気付き、視矢は慌てて否定した。
意外な答えだけれど、冗談を言っている表情ではない。わざわざ大変な仕事を選んだ理由はもちろんのこと、学生の定番バイトが土木作業という兄の認識も謎だ。
「夕飯いらないって母さんに言っといて。終わるの深夜だからさ」
視矢は腕まくりして、初夏の日差しに目を眇めた。
じき暑い夏がやって来る。夏のレジャーを満喫するために資金作りは欠かせなかった。
夜間工事の現場作業は、肉体的にも精神的にもきつい。
局所的な照明の下、掘削機の音が響く路上を重い廃材を持って何度も行き来すれば、体力に自信のある若者も次第に全身の感覚がなくなってくる。
なぜこの仕事に決めたのか、視矢自身にも分からなかった。情報誌を漁って数々あった好条件のものを蹴り、直感で土木作業の短期バイトに応募していた。
体を動かすことは嫌いではないし、夜遅いのも苦にならない。ただ残念なのは、同僚が男ばかりの点くらいか。
入りたての新人が次々辞めていく中で、文句も言わず働く視矢は年配の作業員にも一目置かれ、重宝されている。
その日は日付が変わった時分に作業に区切りが付き、引き上げの号令が掛かった。
バイトが一輪車で資材を運ぶ傍ら、いつもなら休憩を取る中堅作業員たちが集まり大声で話し合っている。
「何かあったんですか?」
「おお。土ん中から出てきたコレなんだがよ」
作業報告がてら尋ねる視矢に、髭面の現場主任が土まみれの木の棒を指し示した。
樹木の枝というには表面が滑らかで、鍔のない木刀のように見える。
掘削中、長らく埋もれていた物が掘り出されることは珍しくない。先日など、隣町で戦時中の不発弾が発見され大騒ぎになった。
「こいつを、どうしたもんかと思ってな。値打ちもんだったら、取っといた方がいいだろ」
主任は刀身にこびりついた土をカッターでこそぎ落とし、息を吹きかけて汚れを払っている。
視矢には木の種類までは判断がつかないが、土産用に売られているものとは明らかに質が違う。
「もし本枇杷だったら、価値ありますよ」
「こういうの詳しいのか、若いの」
「俺じゃなくて、父親と妹が」
父親が剣道七段、妹は三段という剣道一家の中で、長男の視矢は武道を習ってこなかった。
剣道が嫌いなわけではないものの、遊びが優先でまっとうな稽古は一切したことがない。
「じゃ、親父さんに鑑定してもらってくれ。お宝じゃなけりゃ、お前にやっからよ」
「え、でも」
否を告げる間もなく、太い腕で力いっぱい背を叩かれ、むせそうになる。
高値が付こうと付くまいと、拾得物を届けなければ横領罪だと、主任が理解しているか甚だ怪しかった。
(参ったな、もう)
余計な口を挟まなければ良かったと思っても、後の祭り。面倒な物を押し付けられた気しかしない。
仕方なしに視矢は土まみれの木刀を抱え、暗い夜道を家へと急いだ。工事中の道路に面した店はどこもとうにシャッターが閉まり、家々は寝静まっている。
二十五時を回って帰宅した時、自宅には明かりが点いていた。誰が起きているのだろうと台所へ入ってみると、ガスコンロの前に立つ妹の姿があった。鍋から立ち上る甘い香りが、視矢の鼻腔をくすぐる。
「ただいま。どうしたんだ、こんな時間に」
「……おかえり。なんか眠れなくて」
パジャマ姿の真奈が、首を後ろへ回し小声で言った。どうやらホットミルクを作っているらしい。
「俺も、甘いの欲しい」
「作ってあげてもいいけど。先にそれ、食べたら?」
真奈は出来立てのホットミルクをマグカップに注ぎ、食卓の方を指差した。
テーブルにはキッチンラップの掛かったおにぎりの皿が置かれ、横に母の字で『お腹がすいたら食べなさい』とメモ書きがあった。
「お風呂もすぐ入れるよ。母さんが種火にしておいたの」
「そっか」
家族の温かい気遣いに、身体の疲れが癒される。持ち帰った木刀を壁に立て掛け、視矢は椅子に腰を下ろした。
「どうしたの、それ?」
「地面掘ってたら出てきたんだよ。親父に見てもらおうと思ってさ」
「本枇杷じゃないよね」
ホットミルクそっちのけで、真奈が目を輝かせた。ほとんどの女子高校生が眉を顰めるだろう薄汚れた遺物にひどく興味をそそられている。
木刀を持ち上げたり手触りを確認したりする妹の姿に思わず笑みがこぼれた。余程の剣道馬鹿だ。
(……気のせいだよな)
工事現場で木刀を手にした瞬間、視矢は血が沸騰するような強い痺れを一瞬腕に感じた。
家へ帰る途中別段おかしなことはなかったし、疲れていただけだったのかもしれない。主任も真奈も普通に触れているので、思い違いならその方がいい。
それでも、あのぞくりとおぞましい感覚は忘れようがない。
母の作ってくれたおにぎりを頬張りながら、視矢の胸に得体の知れない不安がわだかまっていった。