十二 遺産

文字数 7,616文字

 兄・幸雄から月々の生活費が送られてくるた度に、幸一は母の遺産を分割するよう手紙に書いて幸雄に送っていた。見返りに、幸一名義の岡田醸造の株券を全て幸雄に譲る条件を述べていたが、これまで幸雄から返事はなかった。
 康子に指輪を渡した翌日、幸一は幸雄に対して強行手段を決意した。
「幸さん。話ってえのは引越しの事かい?気にしねえなら、今日からでもいいぜ。康子の部屋に二人で住めばいい」
「ありがとうございます。勇さん。
 実は、兄から母の遺産の僕の分を取るのに、勇さんに協力して欲しいんです。
 もっと早くはっきりさせておくべきだったんですが、未成年の僕一人ではどうにもならなかった」
「まだ幸さんは二十歳前だ。条件は同じだろう?」
「いや違います。僕にはものわかりの良い兄がいます」
「幸さんの話に聞く兄貴は、そんなにものわかりが良いようには思えねえが・・・」
 幸一は勇造を見つめて声を殺して笑いだした。
「僕の前に一人いる」
「目の前って・・・、俺のことか?」
「明日、婚姻届を出せば、勇さんは僕の姻戚です。後見人になってください。そうすれば揉めずにすむでしょう・・・。
 後見人がいなくても相続権の執行はできますが、後見人がいれば、それに越した事はありませんから・・・。
 もし遺産の取り分を出さない時は、これを使います・・・」

 幸一は何人もの署名捺印がある、念書らしき書類を勇造に見せた。
 数行読んだ勇造の目つきが険しくなっている。幸一に書類を返す顔は、見たくない物を見てしまったと言う顔だった。
「幸さん。おおめえって奴は・・・・」
「何ですか?いいんですよ。結納金と会社の設立資金に使っても、遺産は余るはずです。
 近い将来、今のリヤカー屋台を全て車の屋台にしないと流行に遅れるから、そのために蓄えないといけませんよ」
「わかった。それで何をすればいいんだ?」
「兄に、妹の結納金とそれなりの支度金だと言ってもらえたらいいんです。僕が合図しますから、それまでは康子の親代りとしてふるまってください」
「それじゃあ、おめえ、恐喝じゃねえか!それはごめんだぜ!」
「いえ、違います。僕の当然の権利です。
 僕は、金をよこせと言いますが、勇さんたちはいっさい、よこせとは言わないでください。結納金だ。支度金だと喚くだけにしてください・・・。
 恐喝になりますか?」
「幸さん。おめえは、敵にしたら末恐ろしいぜ・・・」
「それはありません。僕は絶対に勇さんの敵にならないから・・・。
 この事は康子と春江さんに話さないでください。二人を心配させたくありません。
 僕らは堅気ですからね」
 そう言って幸一は笑っている。

 この男は恐ろしいと勇造は思った。
 当然の権利を主張して、兄でも間違いは許さない。相手を見極め、いかに行動すべきか冷静に考えている。それは決して二十歳前後の若者のものではない・・・。
 幸一は兄の幸雄を完全に見切っている。居合いの自己鍛練が幸一をここまで成長させたのだろうか・・・。
「日取りはいつにする?」
「明後日の朝、長野に着くようにしたいんですが、それでどうでしょう?」
「何で行く?車なら外車のでかいのを都合つけるが・・・」
 しばらく考えて幸一は言った。
「では、お願いします・・・。
 人選は大森さんと欽さん。それに欽さんの舎弟で、人相の悪いのを二人ほど・・・。
 大森さんは弁護士の役をしてもらいます」
「店の二人に何と言って出かける?顔ぶれを知ったら、春江は出入りと勘ぐりそうだぜ。六尺以上のが三人とやくざ風のが三人では・・・」
「結婚式の招待に実家へ行くと言いますよ。新しい会社の幹部を紹介するとでも・・・。
 明日の夜、こっちを発ちましょう」
 幸一は笑顔を見せてそう言った。
 店から康子の声と、康子と幸一を祝福する客たちの声が二階まで聞こえる。
 詳しい手筈を何も話さないまま出かけていいのだろうかと勇造は思った。


 二日後の朝。長野市の西部。旭山北麓にある木造工場に囲まれた広い砂利の空き地に、大型の外車が止まった。
 車から降りた黒い背広姿の男たちは中央工場の手前にある二階建ての事務所へ歩いた。

 観音開きのドアを開くと、室内の人声がぴたりとやんだ。
「社長はいるか?」
 事務所に入った幸一はドアの近くの机に座っている男に言った。
 男は幸一の背後に立つ五人を見て、おどおどしたまま落ち着きなく腰を浮かせている。
「ああ、幸一様・・・。社長は、今、着いたばかりです。連絡しますから・・・」
「連絡はいい。直接、僕が行く。
 さあ、行きましょう」
 男を無視したまま、幸一は事務所の通路へ移動した。五人を従えてその先にある階段を上がりはじめた。
 事務所の人声は幸一がドアを開いた時から途絶えたままで、その場に誰もいないように静かだった。階段を踏みしめる革靴の音と板の軋みだけが室内に響いて、その音は徐々に上へと小さくなった。

 褐色のドアをノックして、幸一は真鍮のノブを回した。
 開くドアと柱の間から、背の低いでっぷりした男の机に向う姿が勇造の目に入った。 男は幸一の姿に気づかないらしく、書類に顔を向けたままドアを見ようとしない。
 幸一は開け放ったドアを強くノックして部屋に入った。
「お前?いつ来た?その人たちは何だ?」

「手紙で知らせたように、今日は結婚式の招待に来た。
 兄さんを紹介するため、僕の妻になった康子の家族の方たちに来てもらった。
 失礼な言い方はやめてくれないか」
「何っ!そんな身勝手が許されると思うのか!
 まあいい。座れ!」
 書類から顔を上げた幸雄に、幸一と似た所はどこもなかった。丸い顔は頭頂部へ向うほど細く、低く短い鼻は胡座をかいたような肥満した小鼻を両脇に従え、その下の分厚い唇の大きな口は、脂ぎった不健康な色合いを見せている。
 勇造と同じ歳と聞いていた幸一の兄・幸雄が、これほど幸一に似ない男と勇造は思っていなかった。

 幸一は幸雄を無視した。室内の中央にあるソファーに座ると、両脇に勇造と大森を座らせた。欽太郎と残りの二人はソファーの背後に立っている。
「何を血迷ったのかは知らんが、話だけは聞こう・・・」
 幸雄は重そうな身体を移動して、ソファーに腰を降ろした。細い目で幸一を見ている。
「昨日、婚姻届を出した。こちらが僕の妻になった康子のお兄さんで、小沼興業の社長・小沼勇造さん。そして、こちらが、顧問弁護士の大森さんだ」
 紹介されると勇造は愛想良く幸雄に挨拶し、
「このたびは妹を嫁にしていただいて・・・」
 と社交辞令を述べた。
 幸雄は、
「うん・・・」
 と言っただけだった。大森の挨拶に幸雄は半分うわの空で会釈した。
 幸一から聞いていた幸雄は、きっとこんな男だろうと勇造が考えたとおりだった。

「手紙で説明したように、結婚式は今度の日曜日、浅草神社で挙げる。披露宴は小沼社長の経営する料亭で行う」
「はい。手前どもの店を使って宴を開かせていただきます」
 勇造は畏まってふたたび頭を下げた。

 幸一はさらに続けた。
「今日、弁護士の大森さんにも来てもらったのは、遺産の分配を公正に行うためだ。僕も金がいる。その事は充分承知していると思うが・・・」
 幸雄は苦虫を噛み潰したように分厚い唇をへの字にしたまま、太った胸の前で短い腕を組もうとした。肥満のため半分しか組めない腕の先で、短い指がせわしなく動いている。時折、鼻息が荒くなり、そしてまた、静かになった。
「お前の手紙は読んだ。状況はわかっているが、お前の言い分は通らぬ!」
 幸雄は表情を変えず、細い目で幸一を睨んだまま、唇だけを動かしてそう言った。

「それなら、それなりの手段に出る。それでいいんだな。兄さん?」
「好きなようにするがいい!金は一銭も出さん!当初のとおり、学費と月々の生活費を送るだけだ・・・。お前にはこの会社がある。大学で学んだら、ここに戻ってこい・・・。その時は、好きな相手を選ぶがいい。それなら私は何も言わん!」
 幸雄は吐き捨てるように言って天井を見あげ、幸一を見ない。

 勇造は、妹を人とも思わぬ幸雄の言葉で頭に血が昇った。思いっきり首根っこをへし折ってやろうかとさえ思った。
 幸一は何も言わずに内ポケットの封筒をテーブルに置いた。中から書類を二枚とり出して、穏やかな顔でテーブルに広げている。いずれも原本の写しだった。
 幸一の落ち着いた態度は、勇造から幸雄への怒りを取り除いていった。
「まず、何も言われても、僕にはすでに妻がいる。
 それと、これは相続権に関する法律だ。僕ら弟たちも手続きすれば、裁判所が代行して権利を行使してくれる。そして、遺産を一人占めする者は罰せられる」
「私を脅迫するのか!これまでこの会社を切り盛りして、醸造業界の理事長を務めてきた重鎮の、この私を!」
 組んでいる腕を解き、幸雄はドンッとソファーの肘掛けを拳で叩いた。
「馬鹿を言うな。重鎮は己が己に使う言葉じゃない。他人が他人を評価して使う言葉だ。
 これは脅迫じゃない。母さんが死んだ時にすべきだった遺産の分配が、今になっただけだ。当然の権利だ。それに、会社を守ってくれなどと誰も頼まなかった。今さら会社を私物化した言い訳をしなくていい。
 母さんが死んだ時点で遺産を分配しても、兄さんはあらゆる手を使って会社を手に入れただろうからね」
「他の男を引きずりこんで、何がお袋だ!あの男も、岡田の財産が目当てだったんだ!今のお前らのようにな!」
 幸雄は、ソファーに座る勇造と大森を交互に睨みつけている。
「こうならんように、お前には学問を身につけさせて、兄弟でこの会社をやってゆきたいと思ったのに、なんて事だ!」
 ソファーの肘掛けを握った幸雄の指に力が入った。肥満した指が所々で白っぽく血の気をなくし、反対に、細い目を必死で大きく見開こうとする顔が急速に赤みを帯びている。

「母さんと父さんの気持ちも知らずに、勝手を言わぬことだ・・・。
 まあ、これを見て、岡田一族の恥を世間に晒さぬようにしたらいい・・・」
 幸一は封筒から三枚目の書類をとり出して幸雄の前へ滑らせた。
 書類に目を走らせた幸雄の顔から血の気が引いた。目つきが変り、肥満した顔は土色を帯びて、ソファーの肘掛けを握った手がわなわなと震えている。幸雄は必死に怒りを抑えようとした。

「最近、企業と役人の癒着が問題になっている。ここでも、そういう話が尽きないようだ。
 戦中から戦後にかけて父さんの事を調べたら、次々に出てきたよ。証人はこのとおり、署名捺印と拇印までしてくれた。どこに出しても通用する証拠だね・・・。
 さあ、兄さん。どうする?」
 大森駅前で欽太郎とその一家を相手にした時と同様に、幸一は落ち着いていた。幸雄の弱点を確実に見切り、強制せずに幸雄の出方を見ている。
「わかった・・・。お前の条件全てと言うわけにはゆかん。金は出そう。
 遺産の四分の一はすぐには作れん。しばらく待ってくれ」
 がっくり肩を落とした幸雄に、幸一は攻撃の手を休めない。
「それは違うだろう?
 兄さん。あの金庫に何がある?それと、下の事務所と実家の金庫に・・・。
 空っぽとでも言いたいのかい?いつから経営理念を変えたんだろうね?
 頼れるのは現金だけだ、会社と実家が丸焼けになっても、耐火金庫の中身で、いつでも再建可能だと言ったのは兄さんだったな?
 そして、取り引きは全て現金で行い、原材料を買い叩くともね!」

 ふたたび幸雄の顔に怒りの色が増したが、目つきは見た目より落ち着いている。興奮しているが、めまぐるしい速さで何か考えている様子だった。
「わかった・・・。だがな、運転資金だけは残してもらわんと・・・」
「ぼくは会社の事を言っているんじゃない。僕が正当に受け取る遺産を欲しいだけだ」
 幸雄は黙って俯いた。

 しばらくすると幸雄はふたたび顔を上げて、
「これだけだけ出す・・・」
 幸一の前に指を四本突き出した。顔色は元に戻って商売上の目つきになっていた。
「その代り、私にも条件がある。お前の・・・」
「ちょっと待ってもらいたい。
 大森さん。さっき見た実家の敷地と建物。それからあそこから見えた田畑の十町部で三万坪。そして、裾花川の西の雑木林が二十町部の六万坪と杉林が十町部の三万坪・・・」
「計算するんですね?・・・宅地は坪単価一万五千円くらいですかね・・・。田畑は市街地に近く、将来宅地になるから、その半額以下として七千五百、でも、確実に宅地になるから一万五千に見込んでもいいでしょう。杉林は伐採可能として、この先三十年は利益を生むでしょうから、四千。雑木林、ここは考えようで宅地にも、この工場の敷地にもなるから、本来なら二千以下だが、宅地並みの価値はありますね。宅地が千坪として、安く見積もっても、四億八千万。高ければ・・・、待ってくださいよ・・・」
「おい!やめろ!」
「大森さん。正確に計算してください」
 幸一は幸雄を無視した。
「・・・すぐ出ますから。・・・十五億四千五百万になりますね。この四分の一はと・・・、三億八千六百二十五万ですね」

「さっきのこれの単位は一千万かい?それとも億かい?まさか百じゃないだろうね?」
 幸一が指を四本、幸雄の前にちらつかせた。
 幸雄は肩を落としておとなしくなった。
「四百万しか出せない。もうすぐ大豆と米の買い付けに金が必要なんだ・・・」
「それで、四百万だけか?・・・原材料に一千万は必要だったな?」
「やめてくれ。あの金を持ってゆかれたら、会社を動かせなくなる!」
「そんな泣き言で僕を騙すつもりかい?ここには、緊急予備資金を持たずに、これだけの会社を動かす馬鹿はいないはずだ。原料の備蓄も二年分や三年分はあるはずだ・・・」
 幸雄を目の前にしたまま、幸一は考えこんだ。

 冷害や干ばつなどの天変地異を懸念して、幸雄は二年分の原材料を備蓄していた。
 原料があれば醸造製品は生産可能だ。新たに原料を仕入れる一千万が幸雄の懐から出ていった場合、工場を切り盛りする金をどこからか工面しなければならないはずだ。幸一に渡すと言っている四百万と原材料購入資金の一千万の他に、工場を稼動する日々の運転資金と、純然たる緊急予備資金がなければおかしかった。

「一千万円で原材料を仕入れ、僕に四百万よこしたら、工場を動かす金はどこから出るんだろうね?
 小沼社長ならどうします?」
 幸一は幸雄を皮肉っぽく睨んで、これ見よがしに言った。
「俺の意見を求めてるのか?幸さん?」
 幸雄を見たまま、幸一が頷いた。
「まあ、見切り発車はしないだろうな。時期が来なけれりゃ金は入らんが、物が売れたらの話だ。売れなくても、出てゆくものは決まってる。給料や光熱費などの固定費は支払いを待っちゃくれねえ・・・」
「兄さん。そう言うことだ。本当の事を話したらどうなんだい。四百万円ぽっちで僕をごまかそうとしても無駄だよ。
 米と大豆の備蓄を今年使わなければ、いずれ二年過ぎ三年過ぎの原料で物を作ることになる。味は落ちるだろうな。早く使った方がいいと思うよ・・・。
 じゃあ、大森さん。今日は、一千万円で帰りましょう。
 小沼社長。とんだ紹介になってすみませんでした・・・」
 幸一は内ポケットからもう一つ封筒をとり出した。

「大森さん。ここの数字を一千にして、一千万円が僕が受け取る遺産の何割になったか、この念書を書き直してください。一部は僕の控え、一部はここに置いてゆきます。
 ただし、最後の項目は削除です。今日受け取る分は遺産の一部だから、今後も僕名義の株券はそのままにします。
 今日は全ての株券を持って帰ります。僕のだけじゃないですよ。岡田醸造の株券を全てです。残りの遺産分が現金になるまで僕が預かります。
 一千万は、僕が受け取る遺産の何割ですか?」
「そんな馬鹿な!そんな事をお前にさせてたまるか!」
「それなら、この写しを公にする!それで良ければ、そうするがいい!」
 幸一は印鑑と朱肉を出して、大森が訂正した個所に捺印し、一部をテーブルに置いた。
「株券全てと一千万を、ここに揃えろ!」
 書類には、幸一が正当に受け取る遺産総額の二・五九パーセントのみを受け取り、残り九十七・四一パーセントが未回収である事と、岡田家の固定資産を中心とする遺産を受け取る場合は、受け取り時の評価額で換算したうえで、総資産の四分の一を幸一が受け取る事、そして、遺産を全額受け取るまで、幸一が岡田醸造の全ての株券と、全ての権利を預かる旨が書き綴られていた。

「なるほど岡田医師は、先生は正当な金を手にしたのか・・・」
 相田は座卓に置かれたお茶に手を伸ばした。茶碗を持つと春江を見た。
「そうです。手段を選びませんでしたが、先生は岡田幸雄が管理していた親の遺産を手に入れただけです。
 最初の一千万の大半は兄の会社に注ぎこみました。先生が使ったのは康子の結婚式と、ちょっとした婚礼家具だけでした。もちろん相続税は払いました」
「それで、遺産の残りはどうなったのですか?」
 理佐は聞いた。
 遺産は多額である。貨幣価値が変ったため、現在に換算すれば莫大な額になる。
 遺産を金額でなく、受け取った割合で確認した幸一の機転の良さは、今も春江の記憶に残っていた。

「先生と康子は株券と引き換えに、つい最近までかかって、やっと遺産の全てを受け取りました。ですから、警察が何を勘違いしたか知りませんが、小沼興業の筆頭株主の先生に強請は必要ありません」
「わかりました。
 それでは春江さん。あの日、八月二十九日に何があったかを話して欲しい」
 そう言って相田は身を乗りだした。
 春江を見つめる美奈の顔がいくらか険しくなった。
「あの日、欽司の結婚式がありました。私たちには欽司のほうが身近に感じますが、実は兄の娘・綾と欽司が式を挙げました。挙式が午後三時、披露宴が四時からでした。先生と康子は医学学会を早めに切り上げて挙式と披露宴に出まし。
 あの日の事は兄と欽司と大森が来てから話します。三人が来るまでに先生と康子が欽司の結婚式に出なければならなかった理由をお話します」
 春江は康子が出産した後の事から話しはじめた。

「この娘が生まれた年の秋でした・・・」
 春江が美奈の膝に手を置いた。
「やはり、美奈さんは先生と春江さんの子供だったんですね・・・」
 春江が、康子に子供ができたと話した時から、理佐は、美奈が岡田夫妻の娘だと確信していた。相田と松浪も同様だった。
「はい。私は二人が長野へ移る時、どうしてもついて行く気になれなくて、こちらに残りました。そのまま大森の養女になりました。
 でも実の親を嫌ったじゃありません。一番の理由は岡田幸雄です。それから欽司の事もあって・・・」
 美奈は穏やかに相田を見ている。
「美奈が生まれた年の・・・」
 春江が美奈の言葉を引き継ぐ間もなく、小沼勇造と欽司、大森が店に現れた。
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