第拾話 先手必勝

文字数 2,790文字

 (正義)は今夜も高天ヶ原での修行に来たのだが、いつもの千葉道場ではなく最初に高天ヶ原に訪れたときの社の中だった。
 目の前には初日に相まみえた方々というか神々が、あの時のように座っていた。

 目の前の天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)からお言葉を頂戴した。
正義(まさき)、三ヶ月もの間の周作の修行、ご苦労であった。定期的に周作から報告をもらっていてただな、そろそろ簡単のから始めても良いのではないかとの判断にいたったのだ」

 次に、左奥におみえの日本武尊(やまとたけるのみこと)
「まだ霊刀(天翔)での修行には至っていないが、木刀で北辰一刀流は少し身についたであろう。まだ危険だが簡単のから体験させようということになったのだ」

「俺、いえ、わたくしの使命の話ですよね? まだ危険というのは?」
 疑問を投げかける。

「一度、霊道を完全に開いてしまうと逆の影響まで直接受けることになる。だから危険だと言うたのだ」
「逆とおっしゃるのは地獄の影響ということでしょうか?」
「左様」

「失礼は承知ですが、何故そのような中途半端な状態で始めるのでしょうか?」
「いい質問だ。かと言っていきなり霊道を開くと困惑する。その隙ついてお主が狙われたのでは木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になってはいかんからな。だから、こちら(高天ヶ原)で霊道を調整しながら、慣れさせようということになったのだよ」

「左様でございますか……」
「なんだ? 納得していないのか?」

「いえ、そのようなことではなく実感がないだけでございます」
「現に正義は、今、自らに(からみ)みついてくる(やから)を感じていないであろう?」

「わたくしにですか?」
「そうだ」

 千葉先生に話手が変わる。
「正義の同じ教室に椿(つばき)という女生徒がいるであろう?」
「え? あ、はい。います。椿さんですか?」
 頭の上に?マークが1,2,3,と浮かんでくる。

「彼女は人気があるな」
「はい、とてもモテます」

「例の弓道での出来事で、彼女から正義は持ち上げられているであろう?」
「そうですね。評価してくれて株があがった感はあります」

「それでだ、正義。お主は彼女に気がある男児どもから嫉妬を受けている」
「俺は彼女のことを別に恋している訳ではありませんよ。私が自覚していないだけでしょうか?」

「いや、その認識はあっている。だが周りの輩は、そう思っているとは限らないということだ」
「なるほど」

「気づいていないか? 正義、その嫉妬の怨念と化した生霊がお主に危害を加えようと虎視眈々と狙っているのだ」
「え? そうなんですか!?」

「今、霊道を開くといきなり、その攻撃に晒されるぞ」
「そんな状態になっているなんて……」

「こちらでの修行で精神的にも鍛えたからな。三ヶ月でやっと効果がでてきたところだ。向こうもお主を狙っているのだが攻められないのだよ」

「おぉぉ!」
 思わずガッツポーズを決める。

 周りの神々が楽しそうに、千葉先生と俺の会話を聞いている。
「だから天手必勝で、こちらから撃退することにした。今までは高天ヶ原で特別に護っていたのだが、そろそろ自らも対抗するようになってもらわないとな」
「ありがとうございます」

「今日の部活後だ」
「はい?」

「部活を終えたら、一人剣道場に残れ」
「は、はい。かしこまりました」
 こうして作戦を開示された。

***

 (静香)の前に、日向様と壱与様がいらっしゃる。
「今日は、いつもと様子が違うのですね」

 正面の日向様がお答えになる。
「そうです。男性神の方から連絡がありましたので、静に伝えるために社に呼びました」

「どのようなことでしょうか?」

辰時(たつとき)側が動きます」
『!』

「静も感じていたでしょ? 彼にまとわりついている存在を」
「はい。なにか黒い(もや)のようなものが熱田さんにまとわりついているとは視えていました。ですが、壱与様は何もおっしゃらなかったので様子見しておりました」

「静のお友達の椿さんへの恋慕の想いが嫉妬となり、辰時を狙っているのです」
「ですが様子見していたところ熱田さんの気力が充実していて、周りをうろうろしているだけですので大丈夫かも思っていました」

「そうです。あっていますよ」
「では熱田さんが、もうもたないということでしょうか?」

「いえ、違います。ですが先手必勝だそうですよ。辰時に少しずつ慣れさせようとのことで、こちらから仕掛けることにしたと報告があったのです」
「それは、いつでしょうか?」

「今日です。今日、辰時が部活を終えると剣道場に一人残り、そこで男性神の支援を得て戦いが始まります」
「私は、私はどうすれば良いのでしょうか? 剣道場に向かえば良いのでしょうか?」

「剣道場には向かってもらいますが、中には入らなくて良いです。外で待機していなさい。まだ直接、辰時とは顔合わせさせません」
 少しガッカリとしている私に気づいてしまったのだけど、
『いえいえ、今までこの時のために修行をしてきたのだから気持ちがはやったのだわ』
 そう自分を納得させた。
「かしこまりました」

「でも静にも良い機会ですから、支援には参加してもらいますよ」
「は、はい!」
『嬉しい! あ、あれ? いえ、やっと神楽で実戦できるのだから嬉しいのだわ』
 冷静になるように努めた。

「それでは、男性神から報告のあった作戦を静に伝えます。ちなみに、辰時はこのことを知りません」
『何故、私のことを彼に伝えないのだろう?』
 その疑問は、飲み込むようにした。
 でも、その考えは筒抜け。なのにお答えにならないからお聞きしてはいけけないと理解していた。

***

「青木部長、俺は少し残って自主練したいのですが、良いでしょうか?」
「ん? 今日、珍しく朝練していないと思ったが寝坊したか?」

「まぁ、そういうことでして運動量が足りないのでお願いします」
『実は、これからのために、わざと朝練をしなかったのだが……』
「ちゃんと片付けていくなら、いいぞ。顧問の稲熊先生には俺から伝えておくから、終わったら戸締りをして鍵を稲熊先生に返却してな」
「わかりました。ありがとうございます」
 俺が返事を終えると部活は解散となった。

 (とおる)からは、
「俺も付き合いたいが、今日は家族で約束があるんだ。ごめんな」
「いや、いいよいいよ。気にすんな」
 よかった。かえってありがたい。



『静かだ……』
 誰もいなくなった剣道場。俺は扉を閉め、空間を閉じた。

 座禅を組んで、精神統一する。
『よし! 神々よ。それでは参ります!』
 心の中で叫んだ。

 俺は立ち上がり、二礼二拍一礼をした。
 次に、お教え頂いた作法を行う。
(りん)(ぴょう)(とう)(じゃ)(かい)(じん)(れつ)(ぜん)(ぎょう)!」
 気をのせて、この九字(くじ)を発っし、最後に両手で柏を打った。

『さぁ、お聞きしていた作法をしたぞ。これから何が起こる?』
 ドキドキ、ワクワクしていた。



 剣道場の外側、壁にもたれかかっていると、剣道場の中から九字が聞こえ、そのあとに柏を打ったのが聞こえてきた。
『いよいよだわ。私も準備に入りましょう』
 (静香)は精神統一し、柏を打った。
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