第1話 悪い知らせ

文字数 864文字

わたしの名前は、流と書いて「るう」と読む。

ある時を境に、平穏だった日常が大きく変化した。

 あれは1年前の雨の日。

珍しく、新番として江戸城に働く兄の帰宅が遅かった。

「何かあったのかしら? 」

 兄の帰宅が遅いことを心配した母が、

女中に玄関の外を見に行かせようとした矢先、

目付け役の人たちが我が家に訪れた。

「何事にございますか? 」

「こちらは、佐野政言の住まいで相違ないか? 」 

「さようでございます」

「先ほど、殿中にて、人殺しの疑い故捕らえた」

「まさか!? 」

 そのとき、戸の後ろに隠れて目付け役と女中との

会話を聞いていた母があまりのショックによろめいた。

「母上! 」

 わたしはとっさに、母のからだを抱きとめた。

「それはいったい、いかなることでございますか? 」

 女中がそう質問すると、

「とにもかくにも、ガサ入れ致す」

と強引に部屋の中へ上がり込むと、

従えて来た下の者たちに、証拠品を捜させた。

「あの‥‥ 。息子に会えますか? 」

 母が血相を変えて、

捜査を終えて立ち去ろうとした一行の前に立ちはだかると、

そのうちのひとりをつかまえて聞いた。

「今は取調中にて、面会は許しておらぬ」

 目付け役のひとりが咳払いすると答えた。

「では、いつ、兄と会えますか? 」

 わたしが前に進み出ると聞いた。

ところが、その質問には答えることなく戸が閉まった。

屋敷中、まるで、泥棒が入ったかのような始末。

ひっくり返されたタンスや戸棚を元の状態に戻しながら、

女中は大声で泣きじゃくっていた。

どういうわけか、わたしと母は取り乱すことなかった。

気がつくと、雨が上がっていた。

夜遅く、帰宅した父の顔に、疲労が見えた。

聞き出すと、どこかで、兄の事を知ったらしい。

無言での夕食の中、

「これから、どうなるのでしょうか? 」

 わたしが決死の覚悟でそう聞くと、

終始うつむいていた父が顔を上げた。

「るう。余計な事聞かないの」

 母がわたしをとがめた。

父は、何か言いかけてやめた。

それから数日後。兄が切腹死した。

報せを聞いた翌朝。

遺品を受け取るため、わたしは、兄がいた牢屋へ向かった。



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