第7話 側室候補

文字数 756文字

 当主の中野定之助は一見、女形のように見えた。

その物腰は柔らかで、その口調は穏やかに思えるが、

一瞬たりとも、心を許しがたい何かがあった。

羽。おまえは今後、赤色や桜色の着物を身につけなさい。

習い事はしなくて良い。行儀見習いを中心に受けなさい。

るう。おまえは今後、淡い紫色や淡い緑色の着物を身につけなさい。

習い事に重点を置いて、行基見習いは基本の身でよろしい。

当主は、それぞれに真逆のことを言いつけた。

「競い合いとはそういうものじゃ。他人と同じことをしては勝ち目がなかろう」

 当主が最後に告げた。

一度、見ただけで、どんな色が合うのかどんなことが性に合うのか、

見極める眼力が、当主には備わっているように思えた。

何故かと言うと、着替えを済ませた後、

鏡の前に立ったわたしと羽の姿が、妙にしっくりいったからだ。

「行儀見習いと聞いて、何が出て来るのかと思ったけど、

なんだ、こんなことなの? 」

 さっそく、羽が余裕なところを見せた。

毎日、朝早くから、大奥出身の女性の家へ行って、

講義を受けたり、一緒に外出すると言うものらしい。

一方、わたしはと言うと、朝から夕方まで、

中野家に仕える数名の家庭教師の下、

お琴、踊り、歌、生花、お茶、薙刀、学問。

お稽古一色の毎日を送っている。

だんだん、わかってきたことがある。

未来の将軍の女性の好みのタイプがわからぬ段階で、

どちらに、転んでも損しないようにしている。

同じ年ごろの背格好で、並以上の容姿。

奥奉公に出しても、やっていけるだけの素質がある。

その基準に、わたしたちがあったというわけだ。

女中頭がここだけの話で言った通り、

中野家の養女になってから半年後。

家治公に跡継ぎがいないと言う理由から、

中野家が仕える御三家のひとつ、一橋家のご子息が城入りした。

名を家斉と改めた後、側室候補探しが始まった。









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