第14話 ひき

文字数 1,108文字

 大崎様の部屋の前で、高橋様とはちあわせになった。

「なんじゃ、そなたも召されたのか? 」

「はい」

 高橋様の後ろについて中に入ると、

見知らぬ高齢女性が、床の間の前に座っているのが見えた。

「これはまた」

 高橋様が驚きの声を上げた後、あわててひれ伏した。

「あの方は? 」

 わたしもつられてひれ伏しながらも、高橋様に小声で聞いた。

「何も知らぬのじゃな。あちらにおられるお方は、

将軍生母のお富様じゃ」

 高橋様が小声で答えた。

「高橋殿、るう。もちっと、近くへ」

 存在を忘れそうになっていた大崎様が告げた。

わたしとしたことが、驚きのあまり思わず、

高橋様の着物の裾をふみそうになった。

その様子が目に入ったらしく、お富様がくすりと笑われた。

「表使の如月様にお仕えしております。名をるうと申します」

 わたしは顔を赤らめながら、震える声であいさつをした。

「そなたが、かの女中であるか」

 お富様が身を乗り出されると告げた。

「そなたが、鷹狩の茶席にて出した菓子を

お召し上がりになりたいとのことじゃ」

 大崎様が、わたしに告げた。

「あの葛餅のことですか? 」

 わたしが聞き返した。

「上様がたいそうお気に召された。わたしも食してみたい」

 お富様が穏やかに告げた。

「ただちに、注文いたせ」

 高橋様がわたしに命じられた。

「承知しました」

 わたしが告げた。

「るう。そなたは下がってよろしい。高橋殿、そなたは残ってくだされ」

 大崎様がすました顔で告げた。

 部屋に戻るなり、羽が駆け寄って来た。

「何用だったの? 」

「それがさあ、鷹狩の茶席でお出しした菓子が

お気に召したみたいなのよ」

「え? 大崎様が? 」

「いいえ。将軍生母のお富様がよ」

「え、それはまことの話? 」

「もちろん」

 羽のくやしそうな顔に、わたしが良い気分になっていると、

「この度のことで、引き立てを得られるやもしれぬ」

 ころさんがすかさず告げた。

「将軍生母の関心を得るとはよくやった」

 如月様がほめてくれた。

「たまたま、運が良かっただけです」

 わたしが言った。

それから数日後。

わたしが注文した葛餅が、おやつとしてお富様の御前に出された。

その際、家斉公が御同席なさっていたとは知る由もなかった。

それからというもの、大奥で行われる茶席に召されるようになった。

しかも、準備の段階からだ。

今や、どこのお菓子を出すのか選定役まで任されている。

何度目かで、如月様の買い出しの同行を許されるようになった。

表使は、御年寄の命令により、

大奥の全ての買い出しを一任されている。

その買い出しに同行できるとは夢のような話。

わたしが、思わぬ大役を得てルンルン気分でいる間、

羽の身にも、予期せぬ出来事が訪れようとしていた。











 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み