第8話 表と裏での戦

文字数 1,048文字

 わたしが、中野家から出される側室候補の競い合いに参加している間、

わたしと結婚する予定だった高坂さんが、

西の丸小姓組の一員になっていた。

御庭番筋のご子息たちがしのぎを削って、ゆくゆくは指南役に昇る

エリートコースに乗ったと言うわけだ。

高坂家は御庭番筋ではない。異例の人事になる。

もちろん、田沼意次の意向とは異なるルート。

つまり、田沼封じの刺客として、反対派から送られた。

将軍指南役は、影の将軍とも言われている。

現時点では、田沼意次がその役回りを務めている。

老中頭として、逆らう者などいないとされている一方、

大奥でも、上級女中の間で根強い人気を誇っている。

先に、田沼の跡継ぎをいなくしたことから、

佐野家は存続を黙認されていた。

わたし以外のきょうだいたちはそれぞれ、

跡継ぎ以外、他家へ縁組されていた。

どういういきさつで決まったのか、

わたしは、高坂さんと再会することになった。

もちろん、中野るうとしてだ。

中野家は、わたしと高坂さんとの間に縁があったことを知っている。

高坂さんの昇進祝いを中野家でするというわけで、

養女のわたしも出席しないわけもゆかない。

「お久しぶりです」

 高坂さんが何食わぬ顔で、中野家一同へあいさつした。

「西の丸出仕おめでとうございます! 」

 と乾杯の音頭が取られた。

聞くに、高坂家と中野家は親戚縁者だという。

高坂家からは、初めて対面する高坂さんの両親が参加していた。

父親の方は、亡くなった兄と同じ職に就いているらしい。

母親の方は、物静かで上品そうな奥方に見えた。

宴もたけなわ、わたしがお琴を演奏することになった。

宴の出席者たちの視線が、わたしに集まったそのとき、

中野家の当主が、お琴にあわせて即興で踊り出した。

大いに盛り上がったことは間違えない。

宴を盛り上げることに一役買ったとして、

わたしは、羽を出し抜いたらしい。

その日を境に、羽のわたしを見る目つきがこわくなった。

その後、わたしと羽が、奥奉公する日取りが決まった。

本格的に、競い合いが始まる時が来た。

わたしは本来、そんなに、闘争心はない。

むしろ、平和を好んで争いを避ける方だ。

ここまできたら、引き下がるわけにはゆかない。

そう思わせる根拠がある。

高坂さんとの再会。二人きりで話したわけではないものの、

最後に面と向かって話した際の印象を思い出したのだ。

高坂さんは表で、わたしは裏で、共に戦う。

それが、ふたりをつなぐ縁な気がした。

「わたしは必ず勝つから」

 羽が思わせぶりな一言を宣言した。

「わたしもそのつもりです」

 わたしも言い返した。




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