第38話 菊留先生の憂鬱 その4

文字数 1,173文字

私立開成南高の教師になって二年が過ぎたころ彼の憂鬱は突然やってきた。
今年度入学した生徒の中に教師の間で物議をかもした二人のダークホース。

初めて担任として持たされたクラスにその二人が所属していたのだ。
クラスの生徒名簿を見たとき、彼は校長の意図を図りかねて、わざわざ、教頭先生に事の真意を確かめに行った。

「はい、なんでしょう?菊留先生」

人のよい笑みを浮かべて答える教頭先生は美人で切れ者として名高い女教師だ。

「教頭先生、大山智花さんと佐藤 仁(ひとし)くんですが」
「はい?」

「なぜ、私のクラスに入る事になったんでしょうか」
「それは、先生に期待しているからです」

「期待?あの、私はご存知のように教師経験が非常に浅いですし、彼らのやる気を引き出すなんて到底無理だと思いますが」

「だから、期待です。彼らとは年も近いのですから、出来ることがあると期待して私が推薦しました」

「……。」
つまり、教頭先生の一存でクラス分けが決まったとそういう事らしい。

「大丈夫です。菊留先生ならできますよ」
「そう言われましても過度な期待は困るんですが」

当たり障りのない説明で丸め込まれ彼は応接室を後にする。
菊留先生は自分の教卓の中にしまってある生徒のデータファイルを改めて見直した。

大山智花 崎津中学出身。

ある一教科を除いて非常に優秀な成績をキープ。
特に入試の四教科、国語、数学、理科、社会は十段階評価の8、9を貰っていたが、英語だけが1になっていた。



当然英語の入試の成績は0点、一教科だけで多大な損害を被ったはずだが、その一教科を他の教科でカバーし見事開成南に合格してしまった。

英語も解らないというより彼女の信念により勉強していない様子が伺える。
彼女の英語の成績を上とはいかなくても普通ぐらいまでに引き上げることができればかなりいい大学に受験できるのでないかという淡い期待を背負ってダークホース扱いされているのだ。

佐藤 仁(ひとし)同じく崎津中学出身。
彼の内申書は取り立てていいとは言えなかった。
入試五教科に関していえば5、6,7がせいぜい。
だが、その彼は他の生徒の追随を許さない最高得点で受験を突破してしまった。

内心と入試合計で彼を凌駕する生徒は多数存在したが、入試得点だけで彼に勝てたものは誰一人いなかったのだ。

内心に書かれなかったラスト2か月。
彼は誰よりも勉学に励み急激に成績を上げた事になる。
そして、彼のデータファイル特記事項に彼のあだ名が記されていた。

「本気ださないひとし君」

本来、あだ名など内申書の特記事項に教師が記すべきではない。
だが、あえて記してあるという事は重要な意味を持つのか。
それが彼が大番狂わせのダークホース扱いされている理由の一つだった。
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