第12話

文字数 3,972文字

「ん~!!美味しぃ~!!」

 美玖が食後に祐樹が買ってきたチョコレートプリンを食べながら幸せそうな顔でそう言葉を綴る。

「あははっ!そんなに喜んでもらえると嬉しいね。買ってきたかいがあるよ」

 祐樹もチョコレートプリンを食べながら嬉しそうに言葉を綴る。

 茉理はそれを横目に無言でチョコレートプリンを食べながら、心の中の嫉妬という黒い渦がどんどん膨れ上がってくる。

「……茉理?どうしたの?怖い顔して……」

 美玖が茉理の表情が険しいことに気付いて心配そうに声を出す。

「あっ!ごめん!もしかして甘いもの苦手だった?!」

 祐樹がそう感じて慌てて声を上げて謝る。

「あ……いえ……。美味しいです……。甘いもの好きなので……」

 茉理が無表情でそう言葉を綴る。

「じゃあ、チョコレートが苦手だった?」

 祐樹が心配して茉理にそう言葉を掛ける。

「いえ……、チョコは好きです……」

 茉理がそう言葉を綴るが、表情は何処か険しい感じにも取れる。

「そ……そういえばさ、昔、茉理の好きだったチョコレートのあのシリーズ覚えてる?」

 美玖が空気を変えようと茉理に話を振る。

「あー……、あの世界シリーズのやつ?」

 茉理が少し考えて、昔の記憶を辿る。

「そうそう!最近、その復刻版が出たんだよ!」

「へぇー……。じゃああの私が一番好きだったチョコもあるってこと?」

「うん!あったよ!」

「そうなんだ……」

「ここから少し車で行くとディスカウントショップがあってね!そのシリーズが今、期間限定で販売されていたんだよ!」

 美玖が茉理を元気付けようと明るい声を出しながら言葉を綴る。

「ねぇ……美玖……」

 茉理があることを思いつき、口を開く。

「久々にそのシリーズの私が好きだったチョコ食べたいから買ってきてくれない?」

「え?それは構わないけど……。じゃあ、茉理も一緒に行く?」

「私はまだ体が少ししんどいから出掛けるのは辛いかな?だから、買ってきて欲しいな……。ね?お願い、美玖……。久々に食べたいし……」

 茉理が微笑みながら手を合わせて美玖に買ってくるようにお願いをする。

「それなら僕が行こうか?チョコの名前を教えてくれたら買ってこれるしさ!」

 祐樹が立ち上がり、代わりに買いに行こうとする。

「あの……祐樹……。そのチョコレート、昔もそうなんだけど、今でもちょっとややこしい仕様になっていて、言葉だけで伝えるのは難しいのよ……。結構、種類が細かく分かれている上に茉理の好きなチョコのシリーズだけでも五種類あるの……。その中に茉理の一番のお気に入りがあるのだけど、初めてだと間違っちゃう可能性もあるのよ……」

 美玖が申し訳なさそうに言葉を綴る。

「うん……。だから美玖にお願いしたいの。その話をしていたらすごく久々に食べたくなっちゃって……。ね?お願い!」

 茉理が懇願するように美玖に頼む。

「……分かったわ。祐樹、買いに行ってくるから茉理の事、少しよろしくね。そんなに遠くないから一時間もあれば帰ってこれると思うよ」

「分かった。気を付けてね。あ、駐車場までは見送るよ」

「ありがとう、祐樹。見送りは大丈夫だよ、駐車場はすぐそこだし。じゃあ買いに行ってくるから、茉理のことよろしくね!」

 美玖がそう言って玄関を出て行くと、ディスカウントショップに向って車を走らせた。



「危険な感じがする……か……」

 紅蓮の話に透が真顔でそう言葉を綴る。

「あぁ……。確かに奏ちゃんは優しいよ。人の気持ちに寄り添えて、その人のためにどうにかしたいという気持ちが強いのも分かる……。でも……それって……」

「……場合によってはその優しさが命取りになるかもしれない……と言うことだな?」

「あぁ……」

 紅蓮の言葉に透がそう言葉を付け足す。

「確かに危険かもしれないな……。確かに奏の優しさは人を安心させるかもしれないが、それと同時に人によってはそこに付け込んで利用する人もいる……。奏が特殊捜査員になったきっかけの事件も場合によっては命を落としていた可能性は十分ある……。そして、奏の優しさゆえに……」

「……俺たちも命を落とす危険性がある……」

 透の綴った言葉に今度は紅蓮がそう言葉を付け足す。

「まぁ、もしそうだとすると、任務中はそれこそ気を向かずに仕事をすることだな。ここ数日の紅蓮の調子が今のままなら、場合によっては今回の捜査を外してもらうぞ?」

「分かっている……。明日からの捜査にはいつも通り、気を引き締めて捜査に集中するよ……。よし!これ飲んだら帰ろうぜ!」

 どこか浮いていた気持ちが引き締まったのか、紅蓮がいつもの調子で言葉を綴った。



「祐樹さん、プリンありがとうございました。美味しかったです」

 美玖が行ったのを見届けると、茉理が祐樹に笑顔を向けて声を掛ける。

「美味しかったのなら良かったよ。あれは美玖の中で一番のお気に入りでね。稀に買って帰るとすごく喜ぶんだ!」

 祐樹がはにかみながら嬉しそうにそう言葉を綴る。

「祐樹さんは、美玖のどんなところが好きなんですか?」

「うーん……、そうだな……。自分にも周りにも優しいところかな?僕と出会った時からよく笑う人で、陽だまりっていうか、月明かりって言うか、一緒にいるとこっちまで楽しい気分になるところかな?」

 祐樹が嬉しそうに語る。

「そうなんですね……」

 その嬉しそうな表情に茉理の中で美玖に対する嫉妬心がどんどんと膨れ上がる。

「それに、困っている人を放っておけないところもあってね。本当に優しいな~って思うよ。そんな人と一緒になれる僕は幸せ者だなって感じるくらいなんだ」

 祐樹が嬉しそうに語りだすのを見て、茉理の中で嫉妬心と同時に悪魔が茉理の心に囁く。

『そんなに人に好かれるなら、祐樹さんの代わりはいくらでも見つかるよ』

 茉理の中で黒い闇が蠢く。

『祐樹さんみたいな人なら茉理を幸せにしてくれる……』

 悪魔が囁き、その声に導かれるように茉理は祐樹の腕を掴む。

「ねぇ……、祐樹さん……。私は可愛いですか……?」

「え?まぁ、可愛い方だとは思うけど……」

「私……、旦那に暴力を振るわれているんです……。顔の痣も旦那に殴られた痕です……」

 茉理の言葉に祐樹は何と言っていいかが分からない。美玖からはメッセージで「転んだだけ」と聞いている。美玖には暴力を振るわれていることを話していないはずなのに、なぜ自分には話すのか……?

「ねぇ……、祐樹さん……。私、可哀想でしょう……?」

 茉理が更に祐樹に詰め寄る。

「美玖じゃなくて私を選んでくれませんか……?」

 茉理がそう言葉を綴り、祐樹に顔を近付けてくる。そして、祐樹の唇に自分の唇を近づけようとした時だった。


 ――――ドンっ!!!


「何をするんだ?!」

 唇が触れ合う直前に祐樹が茉理を突き飛ばす。祐樹の目は怒りに満ちていた。

「美玖の友達に君みたいな人がいるなんてね!美玖に買いに行かせたのはこういう事をするためか?!」

 祐樹が怒りながら強い口調でそう言葉を発する。

「僕は君みたいに人から何かを奪う人が大嫌いなんだ!」

 祐樹が仁王立ちしながら茉理を見下すように言葉を綴る。

「……僕は外で美玖の帰りを待っているよ。後、君のような人間は僕は可哀想だとは思えない。君みたいな身勝手で傲慢な人間は、例え暴力を受けていても手を差し伸べる気にはなれない」

 祐樹はそう言うと、踵を返して部屋を出て行く。

 一人部屋に残された茉理はわなわなと怒りで震えていた。

「美玖さえ……美玖さえいなければ……きっと祐樹さんも……」

 声を震わせ、抑えきれない憎しみの感情を美玖にぶつけるように小さく呟く。


(まさか、あんな子だったとは……)

 祐樹は玄関を出ると駐車場近くのところまで行き、美玖の帰りを待つ。先程の茉理がやろうとしていたことを考えると体に悪寒が駆け巡る。

(あの子は危険だ……。部屋から追い出そう……)

 美玖の帰りを待ちながら祐樹がそう心で呟く。


 ――――キィィィ……バタンっ!


 車の音がして美玖が帰ってきたことが分かり、祐樹が駐車場に駆けだす。

「美玖っ!!」

 車から降りてきた美玖に駆け寄り、美玖を抱き締める。

「祐樹?!どうしたのよ一体……」

 美玖に祐樹が急に抱き付いてきたので何が起こっているか分からなくて、美玖の頭の上ではてなマークが飛び交う。

「実は……」

 祐樹はそう言って先程の事を美玖に話した。


 その頃、一人部屋に残された茉理は目を怪しく光らせながらブツブツと呟いていた。

「美玖なんか……いなくなればいいのよ……。美玖なんか……」


 ――――ガチャ……。


 そこへ、玄関が開く音が響き、部屋に美玖と祐樹が入ってくる。

「茉理……、祐樹から話は聞いたよ……」

 美玖が悲しみと怒りに満ちた目で、声を抑えながら言葉を綴る。

「茉理……、悪いけどあなたをこれ以上ここには置けない……。近くの駅まで送るから出て行ってくれる?」

「……っ!!」

 美玖が低い声でそう言葉を綴る。茉理はその言葉に口を挟めない。

「その服はそのままあげるから、今すぐ出る準備して」

 美玖が茉理の着ている服を指さしながら冷たい眼差しで言う。

「……分かった」

 茉理はそう言うと、立ち上がり、玄関に向かう。

「祐樹、茉理を駅に送ったらすぐに帰ってくるからここで待っててくれる?」

 美玖の言葉に祐樹が頷いた。


 駐車場に着き、美玖が茉理を後部座席に乗るように促す。茉理は駐車場までは大人しく付いてきたが、車に乗ろうとはしない。

「早く乗って」

 美玖が言う。

「……ちゃんと座れるスペース作ってくれたら乗るよ」

 茉理が後部座席にある荷物を見てそう言葉を発する。美玖はため息を吐いて後部座席の荷物を移動させるために茉理に背を向ける。

 その時だった。


 茉理は足元にある大きめの石を手に持つと、背中を向けている美玖の頭上をめがけて腕を振り上げた。


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