2024.4.1~2024.4.15

文字数 2,179文字

「お父さんは必ず戻ってくる」
 そう言って家族を捨てた10年前。折しも4月1日、エイプリルフールにかこつけて罪を逃れようとした。
 しかし10年後、
「おかえりなさい」
 怒りも恨みも蓋をして、私を探し当てた家族が目の前にいる。ああ、逃れられなかった罪をどうやって償えばいいだろう。
 (2024.4.1)


 陽の当たるベランダは、ミケの特等席。特に春になると、
「おっ、やってるね」
 金色に輝く眼が、風に舞って届く桜の花びらを追っている。猫も生きれば風雅を覚える、か?それではお隣失礼して……。
「しゃっ!」
 強烈な一撃をお見舞いされた。わたしごときには百年早いということかね。
 (2024.4.2)


「降伏だ、降伏」
 指揮官の言葉に部下は狼狽した。
「な、何をおっしゃるのです!確かに我が軍は劣勢ですが、先日届いた新兵器の効果も絶大ですし――」
「それだ、その新兵器」
 指揮官は首を振り、
「あんなもんか。もっと死ぬと思ったんだが。やる気が失せた」
 白旗を手に立ち上がった。
 (2024.4.3)


 幼い子供は、父親に抱えられたまま声の限りに泣き叫んでいる。どこが痛いの――父親は訊ねるが、子供は大人には分からない言葉で答えるので埒が明かない。急患病棟では当たり前の光景だが、この胸の痛みには慣れない。夜警には何の手助けもできないが、あの子が笑顔を取り戻せるよう祈る。
 (2024.4.4)


 子育ては難しい。今日も学校から帰って来てぐずっている。
「友達が家で焼き肉したんだって」
「この前レストランでステーキ食べたじゃない。A5ランクよ」
「…………」
「さあ、習い事の支度して。来週は海外旅行も待ってるからね」
 こんなに恵まれた環境なのに、何が不満なのだろうか。
 (2024.4.5)


 歌舞伎役者が臨終の時を迎えていた。枕頭では親族一同が緊張した面持ちで見守っている。
「やり残した仕事は、無理に続けなくていいからな。つまらん呪いをかけちゃなるめえ」
「何を。貴方の呪いなら、先祖代々引き継ぐ覚悟ですよ」
「へへ、泣かせるねえ」
 歌舞伎役者は笑顔で逝った。
 (2024.4.6)


「首なし死体が出てきたら入れ替わりを疑えってのがミステリの常套だな」
「ガイシャの身元を隠すというのもありますね」
「だがどれも違うんだろうな」
「ええ、だって殺されたのは……」
 警察は死体を見下ろす――ヘリコプターの中から。大地に倒れ伏した被害者は、身の丈千里の巨人だ。
 (2024.4.7)


「新入社員は何人残った?」
「三人。辞めたら罰金だと言ったのにトンズラしやがった。おたくは?」
「ふふふ、ゼロだ」
「なに!」
「研修でちょっと人格をなじったくらいで全員ギブアップだ」
「まったくとんだ腰抜け――」
 ガラッ!
「動くな、労働基準監督署だ!」
 だったらいいのに。
 (2024.4.8)


 この春、子供が巣立っていった。残された夫婦ふたり、何を話せばいいものか。穏やかな午後が探り合いで淀んでいる。ついに耐えきれず癇癪を起こしたのは、
「わん、わん!」
 愛犬だった。やかましく跳ね回るのを宥めながら恥ずかしくなった私たちは、どちらからともなく隣り合って座る。
 (2024.4.9)


 人ひとりの身でできることなんてたかが知れている――そんなをお利口さんをぶちのめしたくて、わたしはすすんで泥水を飲む。地べたを這いずった者にしか見えない景色があるなんて愉快じゃないか。笑いたきゃ笑えばいい。笑顔でいることが必ずしも幸せではないことをわたしが証明してやる。
 (2024.4.10)


 霧が立ち込めている。濃い部分は山、淡い部分は空……なのだろう。確信が持てない。ついさっきまでこの目で見ていたはずなのに。息苦しくなってくる。この霧はいつ晴れるのだろうか。伸ばした手の先で、ゆらゆらと揺れる景色。

 そして突然、
 濃淡が反転した。

 私は
 空の穴に

 墜ちる。
 (2024.4.11)


 警察が山荘に突入すると、そこには大量の死体が!地下室に人の気配を感じて戸を破ると、顔面蒼白の男が震えていた。
「お前がやったのか?!」
 詰め寄る警察に男は泣きながら、
「か、勝手に、増えていく……」
「ふざけるな――」

 ごとり。

 振り返った一同の前に、死体が転がっていた。
 (2024.4.12)


 ある教会に血の涙を流す聖母像があった。物珍しさに観光客が訪れ、神父はまんざらでもなかったが、興味心から専門家に診てもらうことにした。
「どうだね、間違いなく奇蹟かね」
「これは本物ですよ」
「良かった」
「もうすぐ出てきますから」
「は?」
 不意に、聖母像の表面が砕けた。
 (2024.4.13)


 早朝。編集部に響くため息。
「校正はしたんだよな?」
「はい、ただ入稿がギリギリで、全員徹夜になってしまい……」
「見落としたってか。しかしなんでこんな目立つところを」
 スポーツ新聞の一面にはでかでかと、
『ルーキー、犬活躍!!』
「やらかしたなあ」
 だが、部数は伸びた。
 (2024.4.14)


 私の国には、夜ごと流れ星が降る。赤い尾を引きながら国境に落ちていくさまは、ため息が出るほど美しい。だがある日、それは敵対する隣国から放たれるミサイルだと知った。星が降るたび、墓標が増えていたのだ。しかし……しかし今でも私は、あの夜空を焦がす光を美しいと思ってしまう。
 (2024.4.15)
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