2021.12.1~2021.12.15

文字数 2,202文字

 手を引かれて、子どもが横断歩道を渡っている。しきりに足元を気にしているのは、白線からはみ出さないようにしているためだ。誰に教えられたわけでもないのに、僕らはみな同じように振る舞う。子どもには子どものルールがあって、それを忘れることが、大人になるということなんだろう。
 (2021.12.1)


「あなたの歌が大好きです」
 少女は告げた。先日発表した曲で、俺は彼女の属するコミュニティを悪し様に罵った。それを聴いていてなお、ひたむきな想いを口にするのだ。
「ずっと、応援しています」
 少女のまなじりから涙がこぼれる。俺は胸を押さえ、新たな創作意欲の噴出を感じている。
 (2021.12.2)


 ふたりきりで生きていけたらどんなにいいだろう。衣食住はもちろん、息をするのだって、あなたとわたしの円に閉じてしまえたらと思う。そんな夢物語をわたしなりの方法で叶えるとしよう。あなたの手を取り指を絡める。きょとんとした顔に左手を差し出して、ほら、あとは閉じるだけだよ。
 (2021.12.3)


 絵巳子(えみこ)は襟足を気にしている。切りすぎたのだ。似合いますよなんて甘言に乗った自分が恨めしい。まあ似合ってはいるのだが、せめて春まで待てば良かった。むき出しの首筋が寒気に粟立つ。仕方ないので、分厚いマフラーをぐるぐるに巻いて出かけることにする。お洒落は我慢の精神は遠い。
 (2021.12.4)


 創作を始めることは創作を終わらせることでもある。だが正解の存在しない世界で、筆を止める判断を下すのは実に難しい。あと一文字先の完全を見逃せば、如何な大作も眼の無い龍に堕ちるだろう。しかし、悩み苦しむからこそ面白いのもまた事実。我々は精神的苦痛に身悶える被虐趣味者だ。
 (2021.12.5)


 人工臓器の進歩により、人類は遥かに長生きすることができるようになった。積年の夢である不老不死への大いなる躍進だ。ただ人工臓器は繊細で、週に一度はメンテナンスをしなければならない。健康という概念が失われた今、自らを“修理”しながら生きる人類は機械とどこが違うのだろうか。
 (2021.12.6)


 各地に見られる巨大建造物は、はるか昔に巨人が存在したことを証明している。しかし化石などは残っていない。学界では、巨人は成長しても体重は変わらず身体ばかりが大きくなり、ついには薄れて消えてしまうというのが定説らしい。それが正しければ、彼らまだここにいて生きているのだ。
 (2021.12.7)


 訃報のニュースに弔意を示すと、必ず難癖をつける輩がいる。見ず知らずの他人の死が悲しいわけがないと云うのだ。そのとおり。事実悲しいわけはなく、涙のひとつも流れはしない。私は無関心を装う度胸がないのだ。悲しみには悲しみを表すことで、まともな人間だと認識されたいのである。
 (2021.12.8)


 非常階段を駆け降りる。地上三十階に吹き上がる風は、熱気を孕んで汗ばむほどだ。非常など何もなく、いわゆる若気の至りが身体を突き動かしたのだった。辿り着いた出入口は施錠されていて、徒労の褒美には相応しかった。荒い息を吐きながら階段を見上げる。それはまるで天国へと続く道。
 (2021.12.9)


 気の短さは筋金入りだ。引き金には指が掛かっていて、少しでも気に入らないやつがいたら即ぶっぱなす。けれど狙いはからきしで、撃たれるのはいつも無関係の誰かだ。それでも気分が晴れるのは、撃った事実に満足しているからだろう。それに、本当に撃ちたい的がなくなってはつまらない。
 (2021.12.10)


 鶴の恩返しの解釈には諸説あるが、異人による技術の伝来譚とするものは知られていない。つまり当時は織機が存在せず、異種族たる鶴は未知の方法で布を織った。そして鶴が去ったあと残された織機が、紡績産業をもたらしたというのである。この説は綻びが多く、陽の目を見ていないらしい。
 (2021.12.11)


 冬の街を歩きながら、きみの手に指を絡める。ぬくもりは日溜まりのように、わたしの芯を包む。きっとあの子も、この感覚にめまいしたことだろう。きみを介して、わたしは恋敵と繋がっている。切ないけど、いまこの瞬間、きみはわたしのもの。ならいいや。永遠なんて、わがまますぎるよ。
 (2021.12.12)


 息子が無口になった時期がある。それまではところ構わず飛び付いていたが、叱りつけたのが効いたようだった。しかし笑顔もなくなった。具合が悪いのかと訊ねたが、答えはいつも「大丈夫」。仕方なく、掃除に料理に手を戻した。いま思えば、親としての経験値が圧倒的に足りなかったのだ。
 (2021.12.13)


 動物の命には値段が付く。食用しかり、愛玩用しかり。一方で人間はどうだろう?人身売買は論外として、まず浮かぶのは給料ではないだろうか。しかし給料は仕事の能力に付いた値段だ。それを勘違いしている者はあまりに多い。それに給料の設定は見当違いであることが多い。上にも下にも。
 (2021.12.14)


 テレビで不思議な映像を特集している。UFOだったりUMAだったり一見それらしいが、スマホで簡単に映像加工ができる現代、どうにも作り物感が拭えない。
「怪しいもんだよな」
 頷くパートナー。
 その像が、乱れた。
 目を擦る。何事もない。どうしたのと訊ねられ、冷たい汗が背中を流れる。
 (2021.12.15)
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