第2話(先祖・祖母とめの話)

文字数 2,412文字

 舟木一夫。本名上田成幸。昭和19年12月12日生まれ。
 父上田栄吉、母昌子の長男として生まれる。
 出身地は愛知県一宮市萩原町(筆者は行ったことはない)。萩原町は濃尾平野の中心部にある静かな田舎町らしい。
「子どもの頃は木曽川でよく泳ぎました。河原に行ってチャンバラごっこもしましたよ」
 舟木は笑顔で昔を述懐する。

 彼の作詞作曲した曲に「故郷ロックンロール」という歌がある。
 彼の昔住んでいた家の案内を歌で紹介し子どもの頃の思い出を歌っている歌だ。
 彼は後年になって自ら作詞作曲した多数の自作曲を書いている。
 ホワイトアルバムとして可なりの数の曲を出している。
 (これについてはまた後で機会があれば触れることにするが歌詞が特に良い。
 感性あふれる詩人といえます)
 ただ、今ここでは彼の生い立ちを中心にこの物語をすすめます。

 「俺のふるさと愛知県 濃尾平野のど真ん中 一ノ宮から乗り換えて 単線電車で十二、三分 その名も萩原町 駅の正面右折して 徒歩で6分突き当り・・・」
 この歌はコミック歌。
 である。
 彼は意図的にふざけ半分の歌にしているようだ。

 すなわち故郷で育った思い出をノスタルジーとしてではなく、
 半ば自分を茶化しながら漫談歌として作っている。
 それだけ幼少期に苦労したからだろう。
 面白いのは実際にファンがこの歌の通りに進んで行くと彼の実家にたどり着くというもの。
(その実家にはすでに今はそこには無いという事ですが)。

 物語を始めましょう。
    ↓
 舟木の父親の栄吉の話から始めることにします。

 この栄吉という人物はユニークで面白い人です。
 世間でいう堅気ではない人。そういう人種、だがなぜか憎めない。
 
 栄吉の話の前に。
 栄吉の母親という人のことを。
(舟木の祖母にあたる、)これがまたなかなか面白い人だったようだ。
 
 この祖母も面白いです(舟木はおばあちゃんと呼ぶ。大好きな祖母だったらしい)。
 このおばあちゃんの話もしておいた方が後々の話につながりやすいかもしれません。

 名をとめと言った。
 家系の昔話などはどうでもいいが一応書いておきます。

 とめは彦根藩の勘定奉行上田彦右衛門の孫にあたる血筋。
 江戸幕府の瓦解でとめが幼少のときに上田一家は東京に移ったのです。
 元武家であっても幕府崩壊後の東京での新生活は苦しく、
 彦右衛門も一家を養うために明治中頃まで一官士として粛々として働いた。
 その後息子の正一郎が後を継ぎ、とめが生れました。
 そういう官僚公務員の家系だったらしい。
 
 とめはいささか堅気の道を踏みはずすような気風があった。
 器量良しで気風もよい。
 とめが17の時に東京は両国で相撲の巡業力士と知り合った。
 明治ももう後半の頃だろう。

 とめはその男前の力士が好きで好きで仕方ない。骨の髄まで惚れこんだ。
 力士の方もとめを離したくない。
 だが何せ、とめの家は元武家の家系である。
 力士と結婚したいというとめの話を聞いて親は目の玉が飛び出るほどに仰天した。
 「力士風情と一緒になるなどとんでもない」
 親は額に青筋を立てて猛反対した。
 「一緒になるならば勘当だ」
 と親はこう言ったのである。

 とめは啖呵を切った。
「それならば出て行きます」
きちんと親の前で端座するとひたと顔をあげて、親の目をぐいと見つめ、
「わたしはあの人と添い遂げる覚悟です。たとえ野垂れ死にしようとも
かまいません。親子の縁も今日これきりにいたします」
まなじりを上げてきっぱりそう言い切ると
身の回りの物をまとめてその日のうちに家を出ていったという。
勘当というのは親が子に申し渡すものだが
娘の方から親子の縁を切ると啖呵を切るのも珍しい。

 その後、二人はしばらく一緒に暮らした。
だがそれ以上の二人の詳しい消息は不明だ。

 とめは結局は、力士とは別れたことははっきりしている。
 別れたのち、とめは飲み屋の女給のようなことをしていたらしい。

 まだ若いということもありまた持ち前の美貌もあってなじみ客の旦那衆の目に留まった。
 その旦那がパトロンになり、とめに両国で小料理屋を開かせてくれた。
 器量よしでさばけた女将とめの小料理屋はよく流行ったが、
 悪いことにとめはこの頃またしてもヤクザの男とのっぴきならぬ間柄になってしまう。

 その男に騙され、一時は極道の道に引きずり込まれてしまうのである。
 とめの左腕には花札の入れ墨があるがそれはこの頃のものだ。
 おまけに店のパトロンだった旦那にも愛想をつかされてすってんてんになってしまう。
 親には今さら泣き言はいえない。

 だがしかし、実のところ親はとめの近況をよく知っていた。
 勘当したとはいうものの娘のその行く末を何かと心配していた。
 それが親というもの。
 尾張の親戚に加藤某というこれももとは武家だったが今は呉服商をやっているのがいた。
 その縁を頼りに親はとめのために後ろから援助の手をまわしてやったのである。
 小料理屋の店の後始末といってもさほどの借財があるわけでもなかったがそれを綺麗にしてやった。

 それからその後、
 とめの身柄は愛知県萩原宿の宿場の女中として引き取ってもらうことにした。
 その加藤某という親戚は萩原宿の出身でもあった。
 であるのでそこの土地の様子、人脈風土は熟知していた。

 そうこうするうちに、
 その親戚の加藤某は父親の正一郎にとめの縁談話をもちかける。
 宿屋の小番頭をしていた気立てもよく身持ちのいい藤松という男がいた。
 それをとめの婿にしてはどうかという話だった。
 藤松は3男の末っ子であり素性も悪くない。

 上田家の婿養子として娶せたら上田家にも都合がよい。
 上田の家も残る。
 とめもいい年だし落ち着かせるのが一番いい。
 双方にとってこれは良いことである。そういう話である。
 縁談はまとまった。
 とめは藤吉と結婚し、萩原の長屋に仲良く一緒に居住することになったのである。


 


 




 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み