第9話 成幸 高校生その2

文字数 1,826文字






昭和36年。
テレビ全盛時代。NHK「夢で逢いましょう」、日本テレビ「シャボン玉ホリデー」などの歌謡番組も始まった。
永六輔、中村八大コンビの
「上を向いて歩こう」が大ヒット。坂本九が歌っている。
その他三橋美智也、村田英雄、ザピーナッツ、島倉千代子、なども健在。橋幸夫、守屋ひろし、こまどり姉妹その他その他いろんな歌手がひのき舞台で活躍していた。
歌謡界はバラエティに富み、テレビやラジオ、成幸の目や耳にする芸能界の音楽環境は益々隆盛を極めていた時代だった。

「自分も歌手になりたい」
その思いは益々強くなっていった。
高校2年の3学期のことだった。
親は反対しているが何としても歌手になる。
自分の実力を認めてもらうには何かのアクションを起こさねば駄目だ。
いつまでも内にくすぶって悶々としていてもどうにもならない。
そう考えた成幸は思い切った行動に出た。
とはいえ家出をしたというのではない。

 地元に中部日本放送というテレビ局がある。
そこの人気のど自慢番組「歌のチャンピオン」という番組があった。
毎週月曜日の午後12時15分から30分間の番組。
毎回8人の出場者の中からトーナメント方式で優勝者を選ぶ。そしてさらに毎回の優勝者の中から5週に1回の「チャンピオン大会」が開催されるというもの。いわば勝ち抜き戦。勝ち抜いて上に上がっていきチャンピオンを決めるやり方だ。

 ある日、成幸はそれに出場してみようと決心した。出場の申し込みを誰にも相談せずに決めた。親や学校の先生や友達にも言っていない。音楽教室の山田先生にも言っていなかった。
 学校は休んだ。

予選会は難なく通過した。
さらにテレビに出てここで優勝した。
さらに今度はチャンピオン大会出場へ。そこでは松島アキラの「湖愁」を歌った。
これがまた見事に評価を得てとうとう最終チャンピオン大会でも優勝した。
見事に栄冠を勝ち取ったのだ。
審査員は白根一男、曽根史郎。いずれも当時のプロ歌手。

成幸は嬉しかった。賞金はわずか3000円だったが、
そんなものよりも自分の歌が認められたことが一番嬉しかったのだ。
それは自分にとって最高の栄誉だった。
この時の成功の喜びは成幸には非常に大きな自信になった。
やれる!と思ったのだ。

ところで、テレビというものは怖いもので、
父親の栄吉が偶然にその番組を見ていた。
たまたま昼のその番組が放送されているその時間に商売相手と一緒に食堂に入り飯を食べていたところだった。
その店のテレビを何気なく見ていると、
なんとそこに出て歌っているのは我が子の成幸ではないか。
栄吉は仰天した。
大慌てで家に帰った。
 「おい、シゲがテレビに出て歌っとった、こりゃどういうこったい」
 家には節がいた。平然としている。
「はい、知っとります」
 節は台所で洗い物をしながら、
「あんまり叱らん方がええですよ、好きなものは仕方ないですからね」
 と言った。
節は事前に成幸から相談を受けていたらしいことを匂わせた。

 栄吉は、節が事前に知っていたことにもショックだった。
内心複雑な気持ちになった。
そこまで成幸は真剣に思いつめていたのか、ということがわかった。
自分が大反対したために自分には言えなかったのだろう。
だから節に密かに相談していたのだと思うと、
今度は自分が情けなくなってきた。

 一方、学校でも成幸の行動は見事にばれていた。
 担任の教師がその日に風邪で学校を休んでいた。
 たまたまテレビを見ていて、成幸が出ているのを見てわが目を疑った。
 後日、成幸は大目玉を食らった。
 だがそんな叱責は何ほどの事もなかった。
 成幸はチャンピオンになったことで何よりももっともっと貴重な自分に対する自信を獲得したのだから。
 地元では噂が一気に広がった。
 「歌のうまい高校生がおるらしいで」

 成幸にしてみれば歌手になりたいのは自分のためばかりではなかった。
 年の離れた可愛い弟、幸正のためにお金を稼ぐ。
 そのために歌手になるのだ。そういう思いも強かった。

 父親の栄吉の胸中はしかし、まったく反対だった。
成幸の将来のことをそんなに安易には考えていない。
芸能歌手などは博打と同じで必ず沈む。
堅気の仕事ではない。それは自分が一番よく知っていた。
成幸が歌手になることはまだ許してはいなかったし
成幸にも歌手になることは反対だと伝えていた。

 そうこうするうちに、成幸にとって運命の日が訪れる。
 それはまた次回に。
 この物語もいよいよ終わりに近づきました。
 次回が最終話となります。



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