肋間の猫(現代、不条理、ほのぼの/約1000字)

文字数 960文字



 ピーッ。ピーッ。ストーブがけたたましく鳴いている。
 冬の我が家にはルールがある。一、ストーブの石油が切れたとき、最初にそれを確認した人が給油すること。二、但し猫が膝や腹に乗っている場合、前項の適用を除外されること。
 だから家族みな、アラームが鳴ると目を背ける。そんななか私は一人ほくそ笑みながらストーブの小さな液晶画面を確認した。


 数十分前のことだ。
 こたつで仰向けに寝そべっていると、布団の中から這い出したクロがそのままよじ登ってきた。スマホを見る合間にしっとりした毛皮を撫で、腹で猫の重みを感じる。クロもリラックスして私の腹をモミモミし始めた。
 私は痩せ型だ。くっきり浮いた肋骨の間に、ちょうどクロの肉球がめり込んだ。
「オウ、地味に痛い」
 ぐい。ずぶ。ぐい。ずぶ。
 止めようかとも思ったが、モミモミは猫が安心して甘えている証拠。目を細めて一心に前足を押し付け、閉じたり開いたりしているクロはとても可愛い。そうやって躊躇しているうちに、何度もあばらを押していた前足がずぶんとめり込んでしまった。あるはずの服や肉は全く無視されていた。

 ――体内に前足がある。私はその毛だらけの腕の感触を、胃だか肺だか分からないどこかの触覚で感じた。
 常日頃からクロをとても愛おしく思っているからだろう。私の腹はそのまま貪欲にずぶずぶとクロを引きずり込み、クロもまた気持ち良さそうな表情のまま、肋間に飲まれていった。
「鳩尾から音がする……」
 ぐるぐる、ごろごろ、と大変よろしい振動が、体内に響いている。


 そして現在である。ストーブの表示は『給油』であり、私が表示を見たのを追って顔を向けた妹が、ニヤつきながら廊下を指さした。石油の買い置きは寒い廊下の納戸に保管されている。
「残念だけど給油できないんだあ。猫が入ってるから」
 は? と訝しむ妹の手を取り、腹に当てる。未だ続いている喉の音は伝わっただろう。最初に給油表示を確認した者が猫ルールで給油できない場合、優先順位は繰り下がる。
「さっき私の後に、表示、見たよね?」
「……クロ。『ごはんの時間だよ』」
 だが。ああ、なんということだろう。妹の狡猾な一言により、クロは鳩尾から勢いよく飛び出し、台所に走っていった。
 妹が廊下を再び指さす。
 私はとぼとぼと、タンクを持って納戸に向かった。


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