第2話 無垢

文字数 713文字

琳曄は、顔を洗い身支度を済ませ朝食のお粥を食べ終わる頃には、今朝見た夢のことは薄らぎ気分も落ち着き、いつもの明るい彼女に戻っていた。
秀慧(しゅうけい)、秀慧!お手玉しましょうよ。はやく、早く。」
琳曄の母、()夫人こと欣怡(きんい)つきの宮女である秀慧のことが、大好きであった。
今年二十歳になる名家出身で長女である秀慧は、面倒見が良く品位ある振舞いができる女性であった。瓜ざね顔の目元が涼やかな美人で、早春に咲く白い木蓮の花のようなひとである。
「はい、琳曄様。もう暫くお待ちくださいませ。」優しい笑顔で秀慧は答えた。

「これ琳曄、秀慧はわたくしの身支度を手伝ってくれているでありませんか。ワガママを言うものではありません!」

ビシッと諌める母に「はい、ごめんなさい。」と素直に謝る琳曄であった。

欣怡は「あなたは秀慧のことが本当にお気に入りね。さぁ...もう終わりますよ。遊んできなさい。」

「はい!」と答える琳曄の瞳は、雨上がりの花びらについた滴が、キラキラと光を反射するかのように純粋無垢に輝いていた。

「秀慧、母上が遊んでいいって!」と秀慧の白くしなやかな手を握りしめた。

中庭に向かっていく琳曄と秀慧の後ろ姿を愛情に満ちた母の視線が追った。

欣怡は、貧しい役人の娘であったが天性の美貌と舞踊の才能で宮中の舞姫となった。美しく聡明な彼女は、始皇帝の目に留まり夫人にまで昇りつめたのだった。ひとり娘の琳曄も授かり、女性としての喜びも知り、そして始皇帝を真に愛していた。
~この穏やか時間がいつまでも続いて欲しい。あぁ陛下、どうぞご無事にお帰りください。どうぞご無事に~
欣怡の魂からの願いであった。

不安で動悸がする白い胸に手を当てて、静かに深呼吸を繰り返すのだった。

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