第十九話

文字数 632文字

「ちりん……」
 静かな洞窟内に(りん)の音が響いた。
音は余韻を響かす。
余韻の消える頃、またひとつ鈴が鳴る。
そして低い声が聞こえて来た。

仏説魔訶般若波羅蜜多心経

 山吹殿は目を閉じて経を読む。経は洞窟内を流れる。
猫和尚も、姉ナマズも猫羅漢達もハナ子もクロサキも頭を垂れてそれを聞いた。

 観自在菩薩    行深般若波羅蜜多時
 照見五蘊階空   度一切苦厄
 
 観自在菩薩、行深般若波羅蜜多を行ずる時、五蘊は皆空なりと照見して、一切苦厄を度したもう。
 
  舎利子   色不異空  空不異色
  色即是空  空即是色  
  受想行色  亦復如是
  
  舎利子   是諸法空相 
  不生不滅  不垢不浄
  不増不減

舎利子よ、色は空に異ならず、空は色に異ならず
色は即ちこれ空、空は即ちこれ色なり。
受想行識も亦復かくの如し。
舎利子よ、この諸法の空相は、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。


 ……

 山吹殿の深い声は花の寺に響き、まるで窟内の岩までもがじっとその経を聴いているかの様だった。
それは猫和尚の体深くに染み渡る。姉ナマズの体にも。クロサキの体にも。
参道に散らばる猫羅漢達の体にも。
誰もが目を閉じてじっと聴いている。

知らず知らずに涙がこぼれた。
猫和尚は滂沱と流れる涙を拭う事もせず、ただただ山吹殿の声に身を任せたのであった。





* 参考文献 「わが家の宗教・真言宗」 佐藤 良盛著 

* 次章「炎鏡と水鏡」に続きます。漸く最終章の予定です。
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