第十六話

文字数 1,810文字

「猫和尚、遠慮をしていると伯母上に喰われるぞ」
山吹殿はさらりとそう言うと立ち上がった。
姉ナマズに首を絞められ猫和尚の顔が真っ赤になる。姉ナマズの太い指が猫和尚をぎりぎりと締め上げる。目玉が飛び出そうだ。体がぴくぴくと痙攣して来た。
「こいつ、喰ってやろうか」
姉ナマズが大きな口をあんぐりと開けた。

猫和尚は目を白黒させていたが、ぎりぎりと歯を食いしばると、「吽!!」と気を込めた。目が血走り、筋肉が盛り上がる。体がめきめきと音を立てる。服はびりびりと破れる。
筋骨隆々たる姿になった猫和尚は猫婆の腕を抑え込む。
目が吊り上がり、牙が生え、その形相はまるで鬼そのものだった。
クロサキは目を丸くして猫和尚を見詰めた。
言葉が出なかった。

猫婆も負けてはいなかった。
猫婆の頭から尖った角が生えて来る。猫婆の黒い体がどんどん伸びてそれが猫和尚をぐるぐる巻きにして締め付ける。鋭い爪が猫和尚の岩の様な体に突き刺さる。
猫婆は龍に変身しつつある。ナマズが龍に変身するのだ。
クロサキには何が起きているのか分からなかった。
「妖怪大戦争・・・」
ごくりと唾を飲む。


片や筋骨たくましい鬼。片や龍。
二体は激突して火花を散らす。
洞窟が揺れる。

「ここを壊さない程度にやってくれ」
山吹殿は罵詈雑言を飛ばしながらぎゃあぎゃあと取っ組み合う二体の化け物にそう言った。
そして、「だから嫌なんだ。悟りがどうの、知恵がどうのって、そんな事ばかり言っているから・・・」などとぶつぶつ言いながら猫羅漢の方へすたすたと歩いて行った。
どかん!と猫和尚の体が洞窟の壁にぶち当たり、洞窟が揺れた。
ぱらぱらと石の破片が落ちてくる。
「花の寺を壊したら、激怒した母上が黄泉の国からやって来るぞ」
山吹殿がそう言った。
クロサキはぎょっとして穴を見る。
「これ以上化け物を増やさないでくれ」
山吹殿は付け加えた。

山吹殿は道の両側に並んでいる羅漢猫を眺めると「うーん。そうだなあ」と考える。
「よし。お前にしよう」
そう言うと、じっと目を閉じて座禅を組む猫羅漢を取り出した。猫羅漢は前足を膝の上に置き肉球を合わせて印を組んでいた。取り出された猫羅漢はだらだらと汗を流す。

 二体の化け物は人型に戻って戦っていた。
山吹殿の「母者がやって来る」の言葉にビビったのだろう。
すったもんだの戦いである。

「猫をかどわかすことを俺に教えたのはあんただろう? 山吹殿の前で自分だけ罪が無い振りをするのか! 何で俺が来るまでにちゃんと山吹殿を教育して置かないんだ!」
猫和尚が言った。
「そんな事を言っても仕方が無いだろう! 若君は穴の中に逃げてしまったのだから!」
「猫婆のやり方が不味かったんだ!」
「何だって!この禿げ頭の嘘つき男」
「何だと!お前こそ、何なんだ。その出来損ないのブサイクな顔は! ブサイク過ぎる!」
「何だって!!この、この、」
姉ナマズは怒りの為にわなわなと震えた。
「私を怒らせたな!? 身の程知らずめが!」
「すでに怒っているでは無いか!」
罵詈雑言は永遠に続く。

山吹殿は猫羅漢を抱えたまま、口角泡を飛ばし取っ組み合う二人に言った。
「伯母様。ちょっとそこをどいてください」
「猫和尚、まあ、とにかく話があるからそこに座りなさい」
だがしかし二人は争いを止めない。
「仕方が無い。母者を呼ぶとするか・・・」
山吹殿は呟いた。

途端に姉ナマズはぱっと飛退いた。
渾身の力を込めて蹴りを入れようとしていた猫和尚はすかっと空振りし、そこに倒れた。
「猫和尚、話がある。そこに座りなさい」
若者は静かに言った。
猫和尚は憎らし気に山吹殿を見ると「ちっ」と舌打ちをしてどかりと胡坐をかいた。
姉ナマズが遠くから「その態度は何じゃ! この無礼者!」と怒鳴る。
「いいから。伯母上は黙っていてください」
山吹殿は言い返す。

「私がこの穴に隠れた訳を話そう。それを言ってしまえば水鏡殿の立場も悪くなるからと思い、黙っておったが・・・」
「僧侶になる勉強が嫌で逃げたのでしょう」
猫和尚は軽蔑した様に言った。
山吹殿はにこりと笑った。
「まあ、それもあるがのう。・・そんなのはあの花の寺の箱の中にご本尊として寝ていれば済む話だ。伯母さまの講釈を子守歌代わりに聞いてのう・・・。のう、猫和尚」
「何ですか」
「水鏡殿はここへ来た。そなたがここに来る少し前に。戻って来たのだ。この寺に。そして箱の中で眠る私に告げた。・・・兄が来るから逃げろと。姿を隠せ。とな」
山吹殿はそう言った。









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