第2話

文字数 4,596文字

若葉が身を寄せ合ってひそひそ話をしているような森の中で、有沙加はキャリーケースを持ち上げながら山の斜面を登っていた。
知らない人ばかりの中に入るのは久しぶりだ。うまくやっていけるかなという不安と、自分がこういう集まりに参加するのが信じられないような非現実感がごちゃまぜになって、ちゃんと目的地に近づけているのかもわからない。
集合場所は、みんなの自然の家の総合受付だ。場所からして本物の恋チケより地味だが、それもあって親にはただの合宿だと言いやすかった。
たどり着くともうほとんど揃っているようで、すみませんと言いながら顔を上げられず横列に並んだ。
チラッと見ると、すごくかっこいい男の子がいた。
髪は茶髪で背が高く、耳元が光っていたのでピアスをしているのだろう。
今日は制服だったよね、と思わず女子を確認したら、他の女の子もキレイでかわいかった。
二人ともブレザーを着こなしており、長い髪を腰まで垂らしたり巻いたりで、学校ではイケてるグループに所属しているんだろうと容易に想像できた。
自分はというと、美容院には行ったもののセーラー服で野暮ったく思われ、二人と並ぶと明らかに見劣りする気がした。
「あと一人?」
「うん、男が足りない」
スマホの画面を見ながら男子が言った。どうやら自分が最後ではなかったようだ。
やがて、向こうから二人連れが近づいて来るのが見えた。
一人は同じ年頃の男の子で、髪は黒いがワックスで逆立てている。
そしてもう一人は…
「やあ、みんな集まったね」
「田尋さん」
何人かが声をそろえた。
この人こそ今回の主催者の田尋さんだ。父の同級生で独身と聞いている。
父が警戒したのも無理はないが、さすがに高校生、しかも友人の娘に手は出さないだろうと説得するのに時間がかかった。
自分の店を何店舗か経営しておりお金に余裕があるため、父は金持ちの道楽だと言っていたが、両親にはこの集まりの目的を言っていない。
というか、一人娘の有沙加を溺愛する父にはどうしても言えなかったのだ。
有沙加は恋愛に興味があった。
学校で彼氏をこっそり作れればいいのだが、うまくいく気がしなかった。
恋がどんなものかどうしても知りたくて、そんな折に来た田尋さんからの手紙は、まさに福音だった。
ぜひ参加してみたいと思った。そして、恋人を作れないまでも、誰か素敵な人に巡り合って、胸を焦がすような恋をしてみたいと思ったのだ。

一同は、施設の事務所へ案内された。 
初めに職員さんから施設を利用するにあたっての説明や注意事項の話があった。
それが終わると、田尋さんがみんなの前に立った。
「今日はみなさんご参加いただいてありがとう。この合宿はみなさんもご存知の『恋ステ』がベースになっています。特定の相手を見つけるもよし、みんなと親交を深めるもよし。楽しく過ごしてください」
そして、一人ずつ自己紹介をすることになった。
「K高三年、皆橋英斗です」
「O高二年、門田悠建です。かどっちって呼んでください」
「I高二年、一ノ瀬ながれです」
「T高一年、福本幸生です。ふっくんって呼んでください」
「I女子二年、鶴川紗弥です。さみこって呼んでください」
「K女子二年、淀丸久礼奈です。久礼奈って呼んでください」
「E高二年、深山有沙加です。あーちゃんって呼んでください」

有沙加が恋チケットが入った封筒を選ぶと、
(二枚‼︎)
一番短いのを引いてしまった。顔に出すわけにはいかないので必死に能面を貼り付けたが、ガックリきた。神様は自分を見放している。福音は気のせいだったか…。

宿泊ロッジは当然のことながら女子と男子に分かれていた。
ロッジを出て砂利道を歩いている間、久礼奈とさみこは話が弾んでいた。
「久礼奈の制服、かわいいね!ネクタイも指定?」
「指定だけど、これは好きでつけてるやつ。指定のはダサくって」
「うちのもかわいくなくて、誰もつけてないよ」
イケてる二人がイケてる会話をしている…。
結局二人とは言葉を交わさないまま運動広場に着いた。
今日はレクリエーションと称してスポーツをするらしい。
男の子たちは先に着いていて、バレーを始めていた。女の子たちが木陰に座って眺めていると、男の子たちはチラチラ視線を寄越すが誘ってくるわけではなく、スポーツに興じていた。
女子側も気にはするが声をかけられず、久礼奈とさみこは話し続けていた。心なしか、声が上ずっている。
そんな状態が一時続いた後、突然ボールがばああんと派手な音を立ててはずみ、みんなを驚かせた。
「変に意識するのやめようぜ!田尋さんだって、親交を深めるもよしって言ってたじゃんか。せっかく一緒にいるのに、もったいないよ」
たしかながれくんという人だった。
すると茶髪のイケメンの英斗さんが、女の子たちこっちにおいでよと手招きした。
いそいそと移動しながら、ながれくんはすごいなと思った。みんなが言えなかったことを言ってくれた。リーダーシップがあるというか、勇気があるんだなぁと有沙加は感心した。

晩ご飯は給食棟で食べるようだった。
おかずを取り終わって席を探していると、女子二人にこっちこっちと手招きされた。
「あーちゃん、おつかれ!手大丈夫?」
「うん、ちょっと突き指したけど平気」
「え〜、だめじゃーん。ボール硬いもんねぇ」
ねねっ、あーちゃんは誰狙い⁉︎と急に振られて、ドキリとした。
「まだ特にいないかな」
「そうなんだ!あたしさ、ながれがかっこいいなって思った!ビシッと言ってさ」
「そーそー。それに、英斗くんもおいでって手招きしてくれてやさしかったよね」
「英斗はイケメンだし絶対モテるよね!あんなかっこいいのに本当に彼女いないのかなー?」
どうやら女子人気は二分されたようだ。
この二人にはながれくんの話はできそうにないな、と有沙加は思った。

ご飯を食べて食器を片付けていると、女子盛り上がってたね、と声をかけられた。
振り向くと英斗さんが立っていた。
「話、聞こえました?」
「いや、特には。女子ってすぐ女だけで盛り上がるよね。次は俺たちにもかまってほしいんだけど」
「あ、そうですよね。すみません」
なんとなく男子の視線を感じつつも、二人がヒートアップして止まらなかったのだ。
「今後は男女問わずおしゃべりすること」
「はい」
「それと、」
と背の高い英斗さんが急に身を屈めてきた。
「俺、今回参加したのは恋人作りのためじゃなくて、単に旅行好きだからなんだ」
「え、そうなんですか?」
「そう。ただで旅行できるって聞いたからさ」
「じゃあもしかして、彼女いるとか?」
「さあ、それはどうでしょう」
だからね、あーちゃん、と英斗さんの低い声が耳元で響いた。
「俺を好きになっちゃだめだよ」

晩ご飯の後入浴し、ロッジに戻りながら有沙加は考え込んでしまった。
英斗さんは本命の彼女がいるのかもしれない。
それって、反則にならないのかな?
だけど、みんな平日は普通に学校に行っているし、学校でいつ相手ができてもおかしくないのかも。
英斗さんのこと、二人に話しておいたほうがいいのかな…。
ロッジに戻ると二人はおらず、代わりにジャージ姿のふっくんが現れて、みんな男子のロッジにいるんです、と言った。

男子ロッジは賑やかで、有沙加を見つけたかどっちが、おっ来た来たと声を上げた。
「じゃあ全員集まったことだし、みんなここに来た理由をお披露目しようぜ!学校での恋愛を諦めて、ここに集まったいわくをさぁ」
いいね〜やれやれ、と英斗さんが指笛を吹いた。
「順番は、俺の独断と偏見で、理由が軽そうな人から!」
というわけで、とかどっちがお菓子の箱をマイクに見立てて振り返った。
「まずは一番、英斗先輩ー!」
「はい、俺をまるごと満たしてくれる人を探しに来ました!」
「ですよね〜、はい次あーちゃん!」
英斗さんが有沙加にウィンクしてきた。嘘ばっかり…。まあ別に言わないであげるけど。
「恋をしたくて参加しました。どんなものか知りたくて」
「かわいいね〜、よしよし今のところ読みが順調だぞ。じゃあ次、ふっくーん!」
「じ、自分は」
とふっくんがしどろもどろになった。
「同級生にずっと好きな子がいるんです。小、中学校も同じなんですけど、高校に入って彼氏と別れたって聞いて、今度こそ!って思った矢先、すぐに他の先輩と付き合い始めて。もう俺なんか入り込む余地ないなと思うんですけど、やっぱり好きだからきつくて。早く次の恋を見つけたいと思って来ました」
「おおっと、これは思った以上に重かったぞー!一年だと侮ったかー⁉︎じゃあ次は、さみこちゃん!」
「私は家が嫌いなんです。週末家にいたくなくて参加しました。週末を一緒に過ごしてくれる彼氏を募集します☆」
「うんうん、きっとできるよ美人さん!じゃあ次久礼奈ー!」
「あんたの耳はろ過器?私は普通に彼氏欲しくて参加しました」
「うんうん、がんばろう!では次は俺、かどっちー」
ちょっと待った、とながれくんが割り込んできた。
「トリはやめてくれ。たいした理由じゃないんだよ、俺は」
「俺だってたいしたことないよ。その陰影ある顔立ちで重くないわけないだろ」
「彫りの深さは関係ないだろ。とにかく俺に先にしゃべらせろ」
無理やりお菓子のマイクを奪い取った。
「俺が参加したのはもちろん彼女を作りたいからです。幼なじみが俺のことを好きなんだけど、俺はそいつに興味がなくて。だけど周りにもバレバレで、なかなか他の女子とそういう雰囲気になれそうにないからここに来ました」
「好かれて嬉しくないの?付き合ってみればいいのに」
「タイプじゃない異性にすごく好かれていると感じるのは、気持ちに答えられないし微妙だよ。好きでもないのに付き合うのは同情っぽくて失礼だし」
「そうかねぇ。幼なじみ、かわいくないの?」
「そんなことはないと思う。けっこうモテるし。一年の時同じクラスだったが、たまに周りからしつこくからかわれて。人気があったから、男子は妬み半分ってかんじで」
「あー、それはまじシンドバッドだわ」
なに?メイクばっちり、ギャル寄りの久礼奈だ。
「しんどいってことよ。本気な分幼なじみにはみんな言えないから、矛先がながれに向かうんだろうし」
「二年になってやっと解放される〜って思ったらまた同じクラスになって。もうこうなったら、絶対彼女作ってやろうって」
それに俺、と今度はちょっと照れ臭そうな顔をした。
「付き合うなら一番好きな人と、って思うんだ。一番好きな人と付き合いたい」
ぴしゃあっと雷が落ち、有沙加の中にすとんと納まったような気がした。
そうかもしれない。一番好きな人と付き合いたいよね。私もそうだ…。
ながれくんはかどっちにマイクを放った。
「さあ言ったぞ。かどっちの理由はなんなんだ」
「こんな話の後で何話せってんだよ〜。まあ俺も、学校で彼女作れないから来たんだけど」
「なんでだよ」
「なんでって、そりゃ」
インタビュアーの時とは打って変わって歯切れが悪い。
「学校中の女子を敵に回したからだよ」
「なんで⁇」
「またなんでかよ!それはー、」
複数の女子と一度に付き合ったからです!
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