第4話

文字数 2,649文字

擬似恋ステ三日目、今日は魚々市場に直接集合した。まだ出会って間もないのに、有沙加はみんなに再会してなつかしさを覚えた。
今日明日は私服で参加することになっている。
ながれくんの私服が気になったが顔を合わせにくくて、有沙加はそばにいた英斗と話した。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「私服かわいいね」
「ありがとうございます。英斗さんは何着てもかっこいいですね」
「それって、服がいまいちってこと?」
「えっ、いやあれ?そうなります?」
有沙加は失言だったかと慌てた。
「そこは否定してよ」
「そう、ですよね。すみません」
「別にいいけどさ」
「英斗さん、旅行好きなんですよね?今までどこに行ったんですか?」
有沙加はにこやかに尋ねた。
「九州とかよく行くかな。温泉多いし」
「温泉好きなんですか?」
「熱っつい湯に浸かるのが好きでね。中国にもいいとこある?」
「中国ですか…。中国はちょっと知らないですね」
「温泉、ないの?」
「さあ、よくわからないです。火山とかあるんですかねぇ?仙人が住んでそうな山はたくさんありますよね。秘湯とかありそう」
ん…?と英斗が複雑な顔をした。
有沙加も、ん?と見返した。
「…ひょっとしたら俺たち、噛み合ってないかもしれない」
「え、そうなんですか?」
「……よしわかった!あーちゃん、中国を長く言ってみて!」
「山口広島岡山島根鳥取」
「わざと‼︎それ絶対わざとだよね⁉︎」

魚々市場のお寿司はおいしかった。久礼奈は魚きらーいと言って味噌汁だけすすっていた。
英斗さんはふらつきながら離れて行ったし、ながれくんのことも避けていたので、有沙加は次の旅行先の和戸港を一人でぶらついていた。
すると、不審な動きをする久礼奈を見つけた。
「久礼奈、何こそこそしてるの?」
「しっとぅ‼︎さみこがふっくんとツーショットしてんのよ!どうなるか気になるじゃない」
久礼奈ったら、英斗さんよりも人の恋沙汰に食指が動いたようだ。まあ確かに珍しい組み合わせではあるけど。
見学していると、ふっくんは二人分の諸経費を全額負担しているようだった。
「ふっくん、財布扱いされてるわね。いい金づるだわ」
「でも幸せそう。さみこもご機嫌だよ」
「きっと思わせぶりな女が好きなのね。断言するわ、あいつは幸せになれない‼︎」
「幸生なのになぁ」
かどっちが背後に立っていて、うわっと二人がのけぞった。
尾行を続けると、ふっくんはシューティングゲームを始め、三人は横側に隠れた。
かなりやり込んでいるらしく、みるみるゾンビを倒していく。
「あいつ殺し屋の顔になってる!目がマジや」
「にこりともしないね」
「俺、あいつに命狙われて生き延びる自信ないわ…」
クリアすると、これ景品出ないんですね、すみません、とふっくんが申し訳なさそうに言うのが聞こえた。
しかしさみこは、ううん、すごく楽しかったよ、と笑った。
次に二人は足の角質を魚に食べてもらうキッスフィッシュを始めた。
開始早々さみこは足を上げてしまい、ふっくんの足に魚が殺到した。
「さみこさーん!」
「だって私、角質なくてつるつるなんだもーん」
ふっくんはそ、そうなんですか、とくすぐったさを堪えて顔が青い。
「ふっくん、だめだよ!そこは、『人類なら角質あるでしょ、あなた両生類ですか』くらい言って突っ込まないと、会話が盛り上がらないじゃない!」
久礼奈は思わずダメ出しした。
それを聞いて、自分は大丈夫だろうかと有沙加は心配になった。
「『さすがですね♡』って言うのは?」
「それも悪くないわね。女は突っ込まれたがらないこともあるし」
「俺だったら、『そうなの?見せて見せて♡』って言うぞ」
「いやそれ、セクハラでしょ!」
「秀吉みたい…」
有沙加がつぶやくと、え、何それ?と久礼奈が眉をひそめた。
なぁ?あーちゃんは時々訳わかんないこと言うんだよ、あの英斗先輩が頭抱えてたんだぞ、とかどっちが嘆いて見せた。

その後も二人はオルゴール売り場を冷やかしながら、この曲好き、オルゴールはいまいちですね、などと言い合って、悪くない雰囲気だった。
「あー、まじダルビッシュ」
「だるいってことね」
「うまくいってるカップルほどダルいものないわー。もう集合しちゃおっか」
恋ステはどこへやら、三人は早々と集合場所に向かったのだった。

みんなの自然の家に帰ると、田尋さんが晩ご飯で肉料理を用意してくれた。
喜ぶ久礼奈の隣で食べていると、ながれくんからちょっと、と呼ばれた。
「なんか俺のこと避けてない?」
「別に…」
「どうしたの、なんか気に触った?」
有沙加はぐいっと向き直った。
「ながれくんが、本当に栞さんのことをなんとも思ってないのかなって」
「思ってないよ!俺、栞とはほとんどしゃべらないんだよ。俺の態度見てたらわかるだろうし、あいつも早く諦めて他の男に行けばいいのにって思ってる」
「でも、」
有沙加は涙が滲みそうだった。
会えない平日の間、毎日ぐるぐる考えていたことが荒波のように押し寄せてきた。
「もし栞さんから、『付き合えなくてもいいから好きでいさせて』って言われたらどうする?」
ながれくんは固まってしまった。
有沙加は顔を拭いながらその場を離れた。
ながれくんが好きだ。
好きだけど、栞さんの気持ちが少なからずわかる自分がながれくんに好かれるとは思えない。
それに、今は嫌いでも、信者だと思っていた栞さんが、実は全てを受け入れてくれるマリア様だったと思う日がいつか来るかもしれない。
私の恋ステは明日で終わるのに、好きな人ができたのに、私は何もできない。
一体どうしたらいいの…。

外は暗くて静かだった。
夜空には無数の星が瞬いていた。
自分の家の空とは別物みたいで、同じ空とは思えない。
私変わったなぁ、と有沙加は思った。
参加する前は恋人ができなくても、恋ができればそれでいいと思っていたのに、今はながれくんを好きになって、ながれくんの恋人になりたいと思っている。
たった数日でこんなに変わるんだ…。

そして有沙加はふと気づいた。
そうだ、人は変わるものだ。
いつかながれくんの気持ちも変わるかもしれないけど、先のことなんてどうなるかわからない。
未来や人のように変わるものを気にするよりも、今の自分の気持ちを大事にしよう。
ながれくんと恋人になりたいという今の気持ちを…
明日、告白しよう、と有沙加は決意した。
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