第四十話 この世で一番

文字数 2,670文字

「ここ、私の部屋なんですけど。急に押しかけてきて、ちょっとは遠慮したらいかが?」

 フランは局長室にぞろぞろと入り込む十人の理事達に言った。

 小野寺の病室から出た後、彼らの来訪を知った。事前の連絡も無しにこれだけの人数が詰めかけた挙句、職員が局長室の周囲に立ち入る事を一切禁じた。ついさっき感動的な場面に立ち会ったというのに、フランは言葉に浮き出る不快感を隠せなかった──普段から隠す努力はしていないのだが。

「ここは何の部屋だね?」

 管理派であり冥対議会の副議長である長谷川が、部屋のゲーム機や雑貨を見回しながら言った。

「はぁ?」
「何の部屋だ」
「局長室に決まってるでしょうが。ドアの表札、見えなかったんですかぁ?」
「そうだ、局長室だな。局長室はあくまで

に与えられた部屋であって、君のものではない」

 長谷川はフランの席に座り、残りの者は彼の後ろで横一列に立って並んだ。
 多大な影響力を持つ共存派の議長、不二堂憲介がこの場に居ない事がこの男の気を大きくしている事は明白だった。忌むべきパンドラを集め国を守るという高尚な存在意義を与えた特異課とフランを、長谷川が良く思っている筈がない。
 長谷川は机上に肘をつき、(あたか)も組織の長であるかのように手を組んで続ける。

「その悪態、前々から目に余るものがあるが……君がこの部屋に居られるのも、この部屋に下らない玩具を好きに並べられるのも、君自身の職務遂行能力に価値があるからだ。では……猟犬の襲撃で死亡した四百十三名のアカデミー生と三十七名の職員、彼らの命は君の職務の外だったという訳か?」

 その言葉を聞き、フランは長谷川を睨みつけた。

「……んなわけないでしょ。私の使命は仲間や善良な市民を守る事。私だって目の前で彼らが死んでいった光景を見て正気で居られなかった。ここに来たのは、私のクビを伝える為?」
「何もそんな事は言っていない。もし辞めさせるとしても、我々はわざわざそんな事の為にこんな所へ来ないだろう。アカデミーの件はこちらで世間に説明する」
「それはそれはありがたい」
「君にはまだ局長の席に居てもらう。何と言ったって人類最強だからな。ただ君の持つセラフィム・システム……その危険な兵器の使用を許しているのは我々だ。くれぐれも歯向かう相手を間違えるなよ?」

 じゃあもし私があなた方に歯向かえば、止めるのは誰? という出かかった言葉をフランは愛想笑いで飲み込んだ。当時幼かったフランとセラフィム・システムの存在が冥対に知られた頃、その危険性と有用性を巡って冥対内部に議論が起こった。その結果、強い志を持ったフランは、セラフィム・システムの管理を議会が行うという条件で入職を許されたのだ。これがパージの発動に議会の承諾が必要である根拠だった。

「まあそんなことはどうでも良い。我々は君に連絡する事があってここに来た……それも極秘の。そちらから報告があった『帰冥体』と呼ばれるものについてだ」
「そっちは何かご存じで?」
「いや、これは我々のデータベースには無い、冥界に関する未知の事象だ。そこで『帰冥体』の調査及び襲撃の事後処理は全て国際理事会の管轄となった。君たちはもう、この件について手を出すな」
「失礼、聞き間違いですかね? 帰冥体に変身した宵河六は特異課(うち)の人間です。それに、ヴェロニカ・ロウエの死体の件もある。なぜ海の向こうの国際理事会が仕事の全てを奪っていくんでしょう?」

 冥事対策機構国際理事会(IC)──日本冥対理事会の上位に位置し世界中の冥対を束ねる、最高意思決定機関である。その強大な影響力の一方、内部事情や活動内容は多くが謎に包まれている。機動局長のフランでさえ、国際理事会に直接関わったのは数回程度だった。

「さあな、我々もその他一切が知らされていない。少なくとも分かるのは、ここ数年が人類と冥界にとっての分水嶺になるだろうという事だ。君達からの報告を聞く限り、帰冥体の力は人の手に余る」
「人の手に余るなら、国際理事会なんかより私に任せて欲しいもんですけどね。だって、私がこの世で一番人間から遠い存在なんですから。国際理事会だか何だか知りませんけど、所詮は私より弱い人らの集まりでしょ?」
「この世で一番、ね…………実は、報告はもう一つある」
 長谷川は鼻で笑いながら組んだ手を解き、指で机を細かく打ち鳴らした。そして隣に立つ者に、書類を出すように指示した。フランの前に差し出された一枚の紙には、こう書かれていた。



 操冥術 使用及び伝授許可状
 冥事対策機構日本理事会 理事長 不二堂憲介

 下記の者に対する操冥術の伝授を許可する

 冥事対策機構本部機動局 特別異能課 
 螺神 侭


「今ってこんな紙が必要なんですね、めんどくさ」
 フランは書類を汚物を運ぶように二本指でつまみ、目を細めて言った。
「許可が出る事自体久々だからな。螺神侭の戦闘力テストプログラムの結果を見て、我々は驚いたよ。何故あんな才能が今まで野放しになっていたのか、全く理解できん」
「へえ、そんなに?」
「君は彼の冥力を測った事が無いのか? あの才覚を見抜き、彼の特異課加入の話を持ち込んだのは君だろう」
「冥力を測るだなんて簡単に言うが……操冥術を使うのって意外とめんどいんですよ? 猟犬の一人を仕留めたのは評価してますけど、正直私はあの子にそこまでの力があるとは思えませんね」
「何にせよ、この通り理事長の許可は下りた。後は君が彼の冥力を正確に測って術を伝授できるかどうか判断しろ。螺神は我々冥対にとって大きな戦力になる。もしかすると、数年後にこの席に座っているのは君ではなく、彼かも知れんな」
 フランは皺ひとつない許可状を机に放り出し、乾いた笑いだけを吐き捨てた。



 来訪者が冥対を去った後、局長室に残ったフランは机と椅子に消臭スプレーをたっぷりかけてから座り、一人考え込んだ。
 侭の事は問題ではない。最も怪しいのは今さっきの、調査引継ぎの報告自体が極秘だったことだ。さっきの話が組織内の人間に知られたとて不都合があるとは思えない。副議長は何故わざわざ赴いたのだろうか。まるで国際理事会は自らの存在自体を闇に包もうとしているようだった。

「こんな下らない事、悠長にやってる場合じゃないのに……」

 フランは冥対という組織に対しての信用を失いつつあった。無闇矢鱈に行われる情報規制に、国際理事会の不透明な組織体制、そして、共存派と管理派の不毛な対立。

 私が──私達特異課が人々を救わなければ。でもどうやって? 救えなかった命と共に無力感が肩にのしかかった。
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