23 クセが強い店長

文字数 3,252文字



 店長は、日の沈む出雲国の貝から生まれ、日の昇る伊勢国の貝に挟まれ、溺れ死んだ神様。店長は、出雲国(島根県)の佐太神社(佐陀神社)などに、伊勢国(三重県)の猿田彦神社、椿大神社、二見興玉神社などに祀られる。カミムスヒさまの孫神だけど国ツ神。国ツ神だけど大神(佐太大神/猿田彦大神)の称号。

 神無月の俗説は、出雲国の海蛇神信仰と、店長を祀る佐太神社に関係がある。
 セグロウミヘビは夜の月光に鱗を照らされ、対馬海流に流され、島根半島を流れつく。神光照海。出雲神の神紋は亀甲紋。じつはセグロウミヘビの鱗を模った龍鱗紋。セグロウミヘビはほかの海蛇と違い、卵胎生の毒蛇。海人のおそれる海のマムシ。約4時間も無呼吸の、唯一の完全水棲のヘビ。海人の崇める海蛇神。旧暦10月に、海の荒れた後の稲佐の浜と、恵曇の浦にうちあげられたセグロウミヘビをアマの神(海神)のミサキ神(海蛇神)として日御碕神社から杵築神社(出雲大社)へと、惠曇神社から佐太神社へと奉じられる。南洋諸島(東南アジア)、南西諸島で、海蛇神は海の幸を齎す。豊漁祈願の儀式(奉納祭)が神在祭と変わる。ほんらいは佐太神社で始まった神在祭。のちに杵築神社も神在祭が行われる。
 神話で、キューピーちゃん(スクナヒコさん)が死んだ後に現れたオオモノヌシ(トミビコさん)も、夜の月光に照らされて来た海蛇神。オオクニヌシさんとともに中ツ国を造った。
 社名のサダは、岬のほかに主神を助ける蛇神の佐陀、狭い田の狭田の語意がある。
 佐太神社の社伝で、境内にイザナミさまの墓所があったけれど比婆山に遷したと伝える。イザナミさまは地母神。島根県は棚田が多い。漁撈社会から農耕(稲作)社会へと変わり、狭い棚田の豊穣祈願。[陀]の語源は平らでない。字源は段のある土の山。棚田。蛇は海から陸へと上がる。イザナギは追ってくる黄泉神(黄泉醜女)を祓う。
 クエビコさんも、ミナカタヌシさんも、店長も蛇神に関係がある。天ツ神に忌み嫌われる古(イニシエ)の神様。そういえば……。荒れたイザナミ(波)の後で、波を鎮めるイザナギ(凪)。

「では、サダヒコは偶然に昼ノ国に現れ、偶然にここで喫茶店を始め、偶然にツクヨミ様はここに住み、偶然にツクヨミ様はサダヒコの喫茶店に勤める。また、また、また、また、偶然に、ですか」震えながら眼鏡のフレームを触る。
 いつもおだやかなオオクニヌシさんがめずらしい。
「いいんじゃないデスカ。偶然が重なることは、よくあることデ、事実は小説よりも奇なりデス」
「なぜ、ワタクシに隠してたのですか。ツクヨミ様とわかりながら、なぜ、正体を隠してたのですか。わかってましたよね。ワタクシも来るとわかりながら、なぜ、隠してたのですか。ワタクシが昼ノ国に現れたとわかりながら、なぜ、隠してたのですか」
「オオクニに言うと怒られマス。怒れる拳は笑顔に当たらずデス」
 オオクニヌシさんは俯く。顔を見せない。
「隠してれば怒ります。ワタクシは隠してた所以を訊いてます。ワタクシが怒るとわかりながら、なぜ、隠してたのですか」眼鏡をローテブルに置く。
「とてもメンドーネ」
「メンドーじゃないッ」ローテーブルを叩く。眼鏡が跳ねる。
「オウ、マイゴッド」
「アナタも神だッ」ローテーブルを叩く。眼鏡が跳ね、落ちる。
「ボクが悪かった。ソーリー。言おうと思ってマシタ。言うは易く行うは難しデス」

「サ、サダヒコは予知の力を、持ってる。ツクヨミが、こ、ここに来ることも、オオクニも来ることも、わかってた。だが、サダヒコは無意識下の予知なので、め、めんどうになる。アルバイトの募集でツクヨミが来たので、ここで店を開いた所以が、サダヒコも初めて、わ、わかる。隠してない。オ、オオクニは、いまひとつサダヒコの予知の力がわからない。めんどうなので、い、言わなかった。つまり隠してた」
「だから偶然なのか。あれ、そういえば死んでない」
「そ、そうだ。神話で嫁神に殺される。偶然に殺されず、い、生きてる」
 神話で、店長は降りてきた天ツ軍を筑紫国日向へ導く。
 主神を導く神、ミサキ神は導いた後に死ぬ。いや、用事がなくなれば余計なことを知ってるから、主神に殺される。大神の称号は、あらかじめ祟らないように祀りあげるため。

***

『オウ、偶然に、近所に三貴神の生まれた処がありマス。せっかくだから、ふさわしい処に降りまショウ。旅は道づれ世は情けデス』

***

「お、おかげで、国ツ軍は軍備を整える時間が、できた。……ま、負けたが、な。ゆえにオオクニはサダヒコに謝りたい、と思ってたが、行方不明。別天ツ神の神統を継いでるから、世の、こ、理(コトワリ)は通じない。偶然に、昼ノ国に現れてる。笑える」
 だからオオクニヌシさんは怒ってるのか。
 オオクニヌシさんは謝りたい神様がいっぱいいる。



 神話で、店長は鼻が長く、背が高く、目が輝き、醜い神様と書かれる。また、蕃神(トナリノクニノカミ)のシラヒゲ神と同神と言われる。長い鼻と高い背あたりか。

 滋賀県高島市の白鬚神社はシラヒゲ神社の本社。店長(猿田彦大神)を祀り、蕃国(トナリノクニ)の一族が奉じる。シラヒゲ神社は全国各地にあるけれど、ちょっとだけど異なる。国が異なれば神様も異なる。鬚(あごひげ)、髭(くちひげ)、髯(ほおひげ)の3種のシラヒゲがあり、西日本は白鬚系、東日本は白髭神社系が多い。ワカフツヌシ(フツヌシ)さんを祀る香取神宮も東日本。レアな白髯神社は長野県長野市にある。かつて長野県上水内郡水無瀬村。
 天武天皇の遷都伝承がある。東京(ヒガシキョウ)、西京の整備を行い、東京に加茂神社、西京に春日神社、鬼門に白髯神社を建てた。整備中に鬼がじゃましたので討ち、村名を鬼無里村に変えたという。鬼の紅葉伝承もある。宮所を逐われ、当地に移り住み、宮所を模した。村人に宮所の文化を教え、慕われて鬼無里村に変わったという。鬼の紅葉伝承は隣の戸隠村もあり、紅葉はイヅメの後裔。

「現実はかっこいい神様ですね」
「オウ、きっとジェラシーデス。ボクの美貌を嫉むヤツは、妬むヤツはいっぱい、いっぱいイマス。焼きもち焼くとて手を焼くなデス」
 初めて遇ったとき、なんとなく思ってた。フツーの人でない、と。

『ボクはМ78星雲、ノー、М45星雲の光の国から、中ツ国の平和を護るためにやってきマシタ。最初の設定はМ87星雲だったんだデスガ。乙女座よりもオリオン座のほうがカッコいいデショウ。バット、いつのまにか雄牛座の設定になってマシタ。ソウ、身から出た錆』

 神様だけど、やはりフツーの神様でない、と思う。
 わけのわからないコトワザと、わざとらしいカタコト。店長は、クセが強い。

 三重県の二見浦の沖に夫婦石があり、さきに店長の祀られた興玉(澳魂)神石が沈んでる。溺れてる。明治時代に二見興玉神社が建ち、店長は大神として祀りあげられる。神宮参拝のコースで、昔は二見浦、今は二見興玉神社で祓い浄めるけれど、じつは神宮と関係はない。関係はないけれど神宮に行く前に店長へ挨拶が必要。
 5月から7月までは、店長は日神のミサキ神となる。興玉神石のさきに日が昇るため。
「イザナミさまのつぎは高天原の日神のミサキ神か。あれ、11月から1月までは興玉神石のさきに満月が昇る。店長は私(月神)のミサキ神になる」
「オウ、なんてことでショウ。易者、身のうえ知らずデス」
「つ、つねに女神のシモベ神。笑える。そ、そうだ、サダヒコ。嫁神は、どうした」
 伏見稲荷大社は稲霊の神様(宇迦之御魂神)、店長(佐田彦大神)、店長の妻神(大宮能売大神)を祀る。摂社の田んぼの神様(田中大神)を合わせて稲荷四神。ということでクエビコさんは店長と妻神と仲がいい。
 夏は高天原の日神、冬は月神のミサキ神。……夫婦仲は大丈夫なんだろうか。
「ハニーは……」
 店長が上を指す。私はつられて上を見る。天井が見える。ああ、天上か、高天原か。
「嫁は上から婿は下からデス」
 くだらない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み