第1話 花盛り

文字数 574文字

鋏の切先の煌めきは、終わった人生を滅茶苦茶に切り裂いてくれるだろうか。

腐った沈丁花の香りと、咲き始めたクチナシの瑞々しい香りが、熱っぽい空気に混じって鼻を突く。ピンク色の花弁が濡れたアスファルトに大量に貼り付いている。
花盛りのゴミ屋敷から、艶やかな黒猫が飛び出してきて、僕の顔を見て逃げていった。
「そんなに終わってるかなあ。」
傷んだ金髪に指を絡める。コンビニまでの道程がとてつもなく遠い。
アイツに殴られた肩はジンジンと痛む。暑い季節は痛みが鈍く長く、いつまでも、脈を打つようにリアルに感じられるから嫌だ。かと言って、宿もなく彷徨う真冬の足の指先を思い出すと、行き場の無さを感じる。

雑なスポーツサンダルはアスファルトに擦れてみっともない音を立てる。
コンビニに着きたい、だけど帰りたくない。帰って終わらせたい。
「終わってんな。」
僕は自嘲気味に笑うと、無意識に声が出た。遠くを歩いていた女が、ビクリと振り返り、足を早める。
「そんなに終わってるんだ。僕。」
崩れるようにしゃがみこむ。手首の浅い浅い傷からは、まだ鮮やかな血が滲んでいた。何の意味もない血が流れる。
僕はそれを舐め取ると、ポケットで潰れた煙草を取り出して火を点け、天を仰いだ。
「あれが夏の大三角。」
いつか誰かが教えてくれた、遠い時空の強い光を求めるように、煙は電線に切り取られた星空を汚していく。
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