第3話 神の降臨

文字数 692文字

冷汗にまみれて目覚めると5時だった。呆然と鮮明な夢を思い出す。首を撫でる。気道を締め潰す感覚が残っている。
アイツが起きる前に部屋を逃げ出す。
薄水色の空は容赦なく明るくなっていく。明るくなる前に帰りたい。帰りたい、どこに?
僕は動き出したばかりの地下鉄に乗り込み、頭を抱える。蛍光灯の光は暴力だ。始発電車に乗る人間の孤独を残酷に照らし出す。

地下鉄を出ると、倉庫が立ち並ぶ巨大な河川が見えた。塗り潰したような青空に、どこまでも土手が続いている。
あの川の橋桁に、アイツの書いた下品な絵がある。コンクリートに刻まれた忌々しいそれを、今日こそ塗り潰してやりたい。鞄の中に入れたスプレー缶を握り締めた。巨大なトラックが轟音を立てて走り抜ける。僕もアイツも、砂埃で窒息すればいい。

雑草に覆われそうな橋桁に、少年が立ち竦んでいた。恐らくランニングでもしていたのだろう。少年は寝癖の付いた髪で写真を撮っていた。僕の足音に、少年はビクリと肩を震わせた。
「それ、ダサくない?」
真っ赤に塗り潰したコンクリートに、「神」というフォントが重ねられていた。
「いや、俺は、こういうの好きなんで。」
僕が語りかけると、少年は吃りながら言葉を返す。
「俺には描けないですけど。」
「もっと線の細い繊細なアートのが綺麗だと思うよ。」
そう言うと、少年は少し顔を上気させた。
「いや、俺はこういうの好き…なんで。なんか、神ってる感じが。」
「神ってる?」
それ以上少年は何も言わず、更に写真を撮った。

「それ描いたの、僕なんだよ。」
少年は驚いた顔で振り返る。
「やべえっすね。すごいっす。」
こんなんよく描けますね。
初めて少年は子供らしく笑った。
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