第6話 リアムと私

文字数 3,413文字

ウチのお客さんにやられたの?
……
リアムは答えなかった。

何も言わずに、私が食べろと言ったお菓子……でいいのだろうか? を食べ続ける。

隠さなくてもいいわよ

リアムの怪我はいつもと感じが違っていた。

モリ―と戦った後は打ち身が多い。モリ―は武器を使わない。だから、攻略のために敵対しているというよりも、リアムを鍛えているように思えた。

今日も無理だった
(って、言ってるくせに、どうして嬉しそうなの?)

男の子っぽく無邪気に笑う姿はマゾなんじゃないかって思ってたけど、今のリアムは刃物で切られている。お客さんたちが立派な(ソード)を持って笑顔で宿(ウチ)を出て行ったことを思い出す。


彼らが和気あいあいと出て行くのを、

(なんかイイなぁ)

と思いつつ見送った。

死線を共に潜り抜けた信頼感が、見ているだけで伝わってくるようだった。


彼らはミスティ村で売っている人間が作ることができる最強の武器と防具を整えていた。リアムは布だけの旅人の服だ。防具屋ではなく雑貨屋で売っているような物。


お客さんたちは私にもふつうに接してくれていたし、悪い人たちではないのだろう。ブレンダお姉ちゃんもチョコマフィンをあげると言っていた。


でも、貧弱で吹けば飛びそうなリアムを4対1でいたぶっている様子を想像したら、悔しくなった。こんなにひょろひょろしてて、まったく強そうに見えないリアムを、あのごっついオッサンどもがよってたかって剣で切りつけていたんだ。

……

人間はいつもそう。強くもないのに、群れて弱い者をよってたかって倒そうとする。


リアムは昔から強かったわけではない。はじめはとても弱くて、それでも、魔王の城の攻略に向かい、門番のモリーと戦って、少しずつ強くなった。

(まだまだ弱っちいし、モリーにもお姉ちゃんたちにも敵わないけど、ひとりで頑張ってるんだから)

そう思ったら涙が出てきた。

おい……
なによ……

なんか

ムカつく想像してんじゃねーか?

してないわよ

そう言うとまた涙が出てきたから、涙をぬぐいつつ横を向くように座り直す。泣き顔を見せたくなかった。

こんなの大したことじゃねーよ

あるわよ。

こんなボロボロになって……

魔法で治していたから肌に傷はなかったけれど、服は刃物で切られている。胴体には大きな切れ目があって、その下に傷があったら、どれだけ大きくて、どれだけ血が流れたのだろう。


治癒魔法が使えなかったら、リアムは死んでいたかもしれない。なんでもない顔をして、いつもと変わらない感じで話しているけど、ホントはとっても大変だったのかもしれない。


誰にも気づかれずに、ひとりで死んでたかもしれない。

そう思ったら、ますます涙が出てきた。

(無事でよかった……)

そう思うと、ますます涙が出てきた。

恥ずかしくてしかたがない。

(というか悔しい……)
だって、なんで私が泣かなきゃいけないわけ?
(しかも、リアムのために……)
すると、リアムが移動して、私の顔を見ないようにするためか、背中合わせになった。
(気、遣ってるつもりなのかな?)
手加減はしたから……

だから、あいつら、また宿屋に泊まるから

背中にリアムの温もりを感じた。

泊めるわけないでしょ。

ウチに来たら追い返すわよ

たれてくる涙と鼻水をハンカチでぬぐいながら言う。

ばーか。あいつらから稼いどけよ。

モンスター倒して、ため込んでるんだぞ。追い返したらミランダもブレンダもがっかりするからな

いいよ別に……

お姉ちゃんたちが、がっかりしたって……

これ、マジで美味いぞ

リアムはそう言ってバスケットを返してきた。

バスケットを受け取って膝に置く。

だから何?

あの二人も、一応、

おまえのこと考えてたんだと思うけどな

こんな失敗したチョコマフィンが?
だから

失敗じゃないだろ

魔力がない時は美味しくなるお菓子だった。
……

ほんとに、お姉ちゃんたち、嫌がらせしてたわけじゃなかったのかな……?

たまたまってことだってあるけど……。

だったらなおさら

リアムがこんな目に合わされて、お姉ちゃんたちが赦すわけないよ

それはないだろ

間髪なく答える。

利用することはあっても、

あの二人が俺に何かしてくれることはない

声がボーっとした感じだった。

あらがえない何かに流されているような……

よくそんなこと言えるね。

ブレンダお姉ちゃんのごはん、いつも食べてるくせに

利用するために、

食わされているだけだ……

リアム……
なんだよ
あんた、一応、

ウチの宿屋の客なんだからね

リアムは月々宿泊料を支払っていて、その中には食事代も入っている。

そういえば……

でも、それならなんで、薪わりとかさせられてるんだ?

それもそうね
ウチの宿屋の細かい雑務はリアムがけっこうやっている。
……
……
……

お客さんっていうより

家族ってことなんじゃない?

家族だったのか?

俺は……

ウチの宿屋のスタイルでもある。

『どんなお客さんも家族のように』

嫌なの?
でも、薪わりまではさせないから、リアムは他のお客さんとは別なのかもしれない。

5年も居るし。

嫌じゃないけど……

そうなのか?

たぶん?
そうか?
うん……
そっか……
リアムがたそがれた感じになっていた。
(そういえば、なんかバスケット、軽くなりすぎじゃない?)
そう思って膝に乗ったバスケットの中を見た。
(ほとんど入ってない?)
半分以上なくなっていた。

(どれだけ魔法を使ったのよ。ホントにやせ我慢ばっかりなんだから)

どうしようもない失敗作と思えたチョコマフィンが、これでもかと入っていたはずだった。
(そういえば、ご飯、どうしてたんだろう……)

お客さんがいると、リアムはウチの宿屋に寄り付かないから、もう1週間はちゃんとしたご飯を食べていないはずだった。

(まさかそれで、クソまずいお菓子を食べ続けてたわけ?)
それだと、なんかヤダな……。
(魔力がいっぱいになって不味くなってたけど、お腹が空いてたから食べてたのかもしれない?)
うだうだ考えるより聞いてみよう。
リアム……
ん?
力が抜けたボーっとしたリアムの声。
いままでご飯、

どうしてたの?

がんばって聞いてみた。
メシ?
うん
食べれる木の実とか、根っことか、探して食べた。

あと、魚も取った

魚?
一回だけ

釣りしてみたら取れた

一回だけなの?
調理が面倒だったから

植物食べてた方が多かった

たしかに、魚は食べにくい。
(ふだんはブレンダお姉ちゃんが美味しく調理をしてくれるから食べるけど……)
リアムはブレンダお姉ちゃんのようには作れない。

でも、

毒のある植物も多いって聞いたわよ

ミランダお姉ちゃんはそう言ってた。

だからむやみに採って、食べないようにと。

小さい頃、

父さんに教わったんだ

魔族の?
うん
魔族って、

植物食べるわけ?

魔族は肉食なイメージがある。
父さん、

野菜ばっかり食べてるから

(菜食主義の魔族?)
イメージがわかない……。
魔族のお父さんの知識でも大丈夫なの?
私とリアムは半分は人間だし、魔族は大丈夫でも私たちには悪い物もあるかもしれない。
(私は人間のご飯しか食べたことはないし……)
母さんが父さんの家に押しかけた形だったから

食べ物に苦労したって、父さんが言ってたんだ

(え?)
なんか初耳……。
だから、俺や母さんに大丈夫そうな植物や

魔族が食べると良くない植物も教えてもらった。

どういうこと?
リアムのお母さんって

人間なんだよね?

人間のはずなんだけど
はず?
人間の女の人が、

魔族の男の人の家に押しかけたってこと?

リアムの家庭って、そんな感じだったわけ?
母さん

一筋縄ではいかないから……

疲れたようにリアムが言った。

リアムのお父さんとお母さん

今も一緒に暮らしてるんだよね?

うん

嬉しくなさそうにリアムは言った。
人間と魔族って

うまくいくの?

父さんと母さんは

うまくいっているのかもしれない?

なんで聞くの?
私が聞いてるのに。
母さんは

幸せそうだし……

お父さんは?
表情、

変わらないからわからない

……
リアムと一緒ってことか……。
お母さんは幸せそうなんだよね?
リアムはうなずいた。
喜怒哀楽、

わかりやすいから

魔族と一緒にいて、嬉しそうにしている女の人?
それでもお母さん、

追い出されたりしてないんだ

一緒に暮らしてる
じゃあ、お父さんも

幸せなんじゃないの?

そうなんだろうか?
なんかモヤっとするリアムの声……。
私はリアムのお父さんもお母さんも知らないんだから、わかるわけないでしょ
そうだよな……

でも、それってきっと、まれなことだよね

私は宿屋の前に捨てられた。

母親の手で。

まあ……、

あんまり聞かないな

どうでもよさそうにリアムは言った。
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登場人物紹介

シェリル(14)

人間と魔族の間に生まれ、魔法が使える。

宿屋の三姉妹の末っ子

リアム(16)

とある国の国王の孫だが修行の旅に出されてミスティ村に長期滞在している。

ミランダ(19)

シェリルの姉

宿屋の三姉妹の頼れる長女

ブレンダ(19)

シェリルの姉でミランダの双子の妹

宿屋の三姉妹の仕事ができる次女

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