122. 《 嵩増しの日 》 2024/4/24

文字数 2,267文字



TVで少年相撲クラブのドキュメンタリーを拝見した。
親元を離れ合宿生活をしてクラブ日本一を目指す中学生たちの毎日と彼らを指導するコーチの記録だ。子供たちにたくさん食事をとるよう指導するところはプロの相撲取りと一緒、体重別ではないスポーツの特徴にちがいない。
問題は食費。
量とともに高蛋白質な食品を食べさせてやりたいと願うコーチだが、毎食 肉・魚を使っていてはやりくりができない。
そこで、例えば親子丼であれば、鶏肉の代わりに厚揚げと竹輪を使ってボリュームを保つ、栄養面でも肉に劣るものではない。
なにより食事自体がトレーニングなので、量を食べさせるにはこの方法しかない・・・実際に「嵩増ししている」とコーチは口にしている。
正確に言うと 「代用嵩増し」になるのだろうが、美談だと感じた。

現在似たような経験をしている。
育ち盛りの孫3人を含めて7人の朝ごはんを担当しているが、豪華な食材は使えない。
家計担当の妻が買ってきてくれるものをアレンジし毎日飽きないよう、栄養が偏らないよう注意を払っている。
たとえば、業務スーパーのトマトソースは同じイタリア産でもKALDIの3分の一の値段だからと言ってふんだんに使用することなく、トマトソースにじゃが芋・キャベツ・ブロッコリー茎などを加えて、結果としてソースの使用量を節約している・・・・嵩増し効果である。
市販のソースをそのまま使う後ろめたさから逃れることができて、残り食材処理もできてこれは心身両方に優しい嵩増しだと自負している。

ではこちらの「嵩増し」はどうなのかと気なったのが、アマゾンプライムのドラマ「沈黙の艦隊」だった。

その前に背景を説明する必要がある。
原作コミック「沈黙の艦隊」を実写化したシネマが2023年9月の公開され、速やかに初日に拝見した。
主演の大沢たかおさんの演技が強く印象に残った一方で物語のダイナミクスがぶつ切り状態で不完全燃焼の不満が残った。
例えれば、いま問題になっているタイムパフォーマンスのための圧縮版、またはシノプシスのプレゼンテーション版という後味の悪さが残った。
それでも、この後きっとパート2が製作されるだろうと思い、その続編に期待しするしかなかった。

ところが2024年2月9日、シネマ公開から4か月後にアマゾンプライムでドラマ「沈黙の艦隊シーズン1」が放映されると聞いた。
「いやいや、ドラマじゃなくてシネマ本編放映でしょう?」と思って調べると、何とエピソード8話からなる立派な連続ドラマになっているらしい。
キャスティングはシネマと同じ、ということはベースはシネマに違いない。
まず思いついたのが例の「嵩増し」だった。
シネマがパイロット版になり、その後のエピソードを撮り貯めた映像で補うという手法だ、この方法でイーストウッドは「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」の名作二本を2006年に同時に創りあげている、このケースは嵩増しというよりも経費節約または高効率というべきだろう。

アマゾンプライムにはスタート時から加入しているのでその詳細をチェックすることは容易い。
しかし、「嵩増し」のイメージがドラマへの不信を催し、なかなか鑑賞に手がつかないままでいたが、2月20日遅ればせながらも人生初のコロナ感染、5日間の隔離状況になった折にやっと気懸かり解消に手を付けることになった、一気に8エピソード拝見した。

ドラマ版は「嵩増し」ではなかった、昨年シネマ版を観終わった第一印象が正しかった。
ドラマエピソード1~4(187分)がシネマ(113分)に相当する、74分の嵩増しであるが、無駄なシーンは一切なく物語の流れが滑らかになっていた。
シネマ以後の展開がドラマエピソード5~8(194分)であり、本作のテーマである「政治」が詰め込まれていることを確認した、つまり単純に嵩増ししただけとは言い切れないものがある。
もっと踏み込んで言うと、潜水艦を中心とした海中(海上)戦闘の方はいわばプロモーション素材であって、日米の安全保障の本質に迫るテーマを丁寧に描くためシネマに74分を追加し、本論である5~8エピソード(194分)をより鮮明にするためのプレリュードだったと受け取ると製作意図が明らかになってくる。

原作には触れたことはないが、当初から劇場シネマの尺に収まる物語ではない、登場する政治家・軍人一人一人の理想に対応していくのであれば、なおさらだ。
総合的考察の結果、劇場公開シネマはもともとドラマベースだったものを、無理やり切り刻んで公開したという結論に至った。
嬉々としてシネコンを訪れたコア・シネマ・ファンの我が身を哀れにすら思ってしまう。

コロナパンデミック以来、サブスクTV鑑賞が広まったおかげで、それに値するコンテンツも増え、ここに至ってとうとうシネマを凌駕するようになった。
しかし、シネマとドラマの住み分けを明確にしないと明るい未来は見えてこないだろう、今作のように二兎を得ようとする戦略は双方への冒涜だ。
例えれば、アメリカドラマの名作「NSIC」は決してシネマスクリーンには現れない、俳優たちもドラマかシネマか、どちらかに特化する。
今回のようにシネマの忠節なファンを愚弄するようなシネマ創りが二度とないことを期待している。

シリーズドラマ「沈黙の艦隊 シーズン1」の名誉のために付け加えれば、
近年珍しい骨太ドラマだった、今そこにいる現実の政治家たちの体たらくを皮肉り、かつ国防の何たるかを問題提起してくれた。

嵩増しならぬ 骨抜きシネマだったと気づいたのが遅かった今日である。
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