15)確保部隊の戦場・1

文字数 8,723文字

 ハワドウレ皇国の本土ワイ・メア大陸の、ちょうど反対側に位置するモナルダ大陸。南の海岸地方の一部を、ハワドウレ皇国から統治を任されたメリロット子爵家によって興されたのがソレル王国だ。ソレル王国はとくに超古代文明の遺跡が多く出土し、その遺跡から発見された名を取って国の名としている。
 ソレル王国が所有するエグザイル・システムは2つ。一つは首都アルイール、もう一つは、なぜか首都から遠く離れた辺境の小さな村カバダだった。
 エグザイル・システムは物質転送装置で、世界中の至るところに存在している。超古代文明の遺産の一つと言われていた。人々はエグザイル・システムの置かれた場所を中心に村や町を興した。
 カバダ村もきっとそうだったのだろうが、エグザイル・システムのある建物から外に出ると、村は砂に飲み込まれた廃墟と化していた。当然人っ子一人居ない。

「もう数十年くらい前に、廃村になってそうですね…」

 メルヴィンは眩しい太陽の光を遮るように、手をかざして目を細めた。外へ出た途端、眩しい光とムワっとした空気が押し寄せてきて、自然と不快げに顔が歪む。
 石造りの神殿のような建物の中にエグザイル・システムはあるが、こもる空気は黴臭く、新鮮な空気を求めて外に出るとこの湿度と熱気だ。
 ソレル王国は湿潤な気候で、今は初夏で気温が高いうえにとにかく蒸し暑い。おまけに清々しいほどの晴天だ。まだ5月の終わり頃だが、すでに真夏の気温である。

「……なんだこの蒸し暑さは…、サウナの中にいるようだ」

 普段無口なガエルが、いつになく文句を呟き続けていた。愛嬌あるぬいぐるみのクマと違い、引き締まった鋭い顔をしている。しかし今はあまりの蒸し暑さに表情(かお)が弛緩していた。

「やっぱ、クマさんだから暑いの?」

 下から見上げるキュッリッキが、不思議そうに言う。
 キュッリッキのほうはまるで暑さを感じていないのか、汗もかかずに涼しい表情(かお)をしている。

「俺の育った土地は比較的寒かったし、乾燥していたからな。この蒸し暑さは堪える」
「そうなんだ~」

 顔を覆う短い黒い毛が、いかにも暑そうに湿っていた。
 2メートルを越す巨体は、重厚な筋肉に覆われていてどっしりとしている。しかしその筋肉を覆う黒い毛は、この湿度の中ではさぞ鬱陶しいだろう。
 あまり口を開かないガエルがいつになく文句モードに入っているので、キュッリッキにしてみたら珍しく面白い。ガエルが弱音を吐くところなど、滅多に見られないだろう。
 隣に立つキュッリッキが目を輝かせて見上げてくるので、ガエルは不吉を感じて眉間を寄せる。

「暑くてしょうがないから、抱きついてくれるなよ」
「……はーい」

 腕に飛びつこうと狙っていたのに牽制されてしまい、キュッリッキはしょんぼりと肩をすくめた。アジトにいるときなら飛びついてもぶら下げてくれていたのに、さすがにこの暑さの中では嫌なようだった。
 3人から少し離れた建物の影のあるところで地図を見ていたブルニタルが、「では皆さん」と声をかけてきた。

「ここから半日ほどの距離にあるナルバ山に、例のエグザイル・システムのようなものがあるようです」

 ブルニタルは真っ直ぐ西を指さした。



 カーティスは出発前に、幾人かのギルドからソレル王国の現状についての情報を仕入れていた。さすがになにも判らず状態で乗り込むほど素人ではない。
 一つは軍の動きが慌ただしいこと。警務部の管轄へ強引に介入していて、命令系統がかなり乱雑気味だという。誤認逮捕や武力行使をして、市民感情を逆なでしているというのだ。
 もう一つは、傭兵の動きに過敏になっているという。仕事などで訪れている傭兵たちを、拘束して無理矢理取り調べたり嫌疑をかけたりもしているそうだ。
 恐らくハワドウレ皇国のアルケラ研究機関ケレヴィルの研究者たちを、不当逮捕したことによる影響だとカーティスは睨んでいた。お偉方が密かに事を成すために、傭兵を駒のように使うのは常套手段である。疑いをかけられる無関係な傭兵たちは迷惑の極みだが、それだけ事態が重くなっていることを物語っていた。そのためライオン傭兵団は2箇所のエグザイル・システムを利用して、ソレル王国への侵入を試みた。
 目的地に近いカバダ村のエグザイル・システムへ確保部隊が向かい、救出部隊と陽動部隊は時間差をつけて首都アルイールのエグザイル・システムへ向かった。
 幸いカバダ村にはソレル王国軍はいなかった。打ち捨てられて、忘れられているのだろうか。一方、救出部隊と陽動部隊がソレル王国軍に捕まったという連絡は、まだ入ってきていない。

「移動は徒歩になるし、もう出発したほうが良さそうですね」

 メルヴィンは荷物から日よけのための外套を出しながら、ブルニタルに顔を向ける。

「そうですね。こんな廃墟と化した村で馬などの調達は出来ないし。もう出発しましょう」
「ねえ、空から行ったら早いよね?」

 キュッリッキはブルニタルの肩を、ツンツンと突っついた。

「そりゃあ早いですよ。でも、魔法も超能力(サイ)もありませんし、空を行くのは無理です」
「空飛んでいけるよ」
「どうやって?」
「こうやって」

 キュッリッキは肩にとまっていた黄緑色の小鳥を指に移らせると、そっと空に放った。
 小鳥は数回羽ばたいたのち、銀色の光に包まれ、ドスンっという音を立てて地面に降りた。

「………!」
「デカイな」

 ガエルは満足そうに頷いた。そして日よけの外套を荷物から取り出した。
 黄緑色の羽根に覆われた小鳥は、ガエル級が10人乗っても余裕が有るほどの巨鳥になっていた。
 ブルニタルもメルヴィンも唖然と目を見開いて、デカくなった巨鳥を凝視した。

「この子に乗って行ったら、あっという間に着くよね」

 キュッリッキは「えっへん」と胸を張った。

「キューリ、外套を着込んでおけ」
「うん」

 ガエルに促され、キュッリッキも荷物から外套を引っ張り出す。

「召喚士は、なにかと便利なんですね」

 メルヴィンは嬉しそうに笑った。
 ブルニタルは目を白黒させながらも、その手はしっかりメモ帳に綴っていた。



「たっ、高いですね」

 アワワッと小鳥の羽根にしがみついて、ブルニタルは身を沈めている。

「火脹れが出来ないよう、フードをしっかりかぶっておけ」
「はーい」

 ガエルの大きな掌で頭を押さえつけられ、キュッリッキは首を引っ込めていた。
 キュッリッキが召喚していた黄緑色の羽根を持つ巨大化した小鳥の背に乗り、確保部隊はナルバ山を目指して西に飛んでいた。
 巨鳥はかなりのスピードで飛んでいるのか、前方から吹き付ける風が強く、また遮るものもないので陽射しも強い。軽くてすぐ吹き飛ばされそうなキュッリッキを、ガエルは頭を押さえて飛ばないようにしていた。それに、メルヴィン、ガエル、ブルニタルはまだいいが、キュッリッキのような白い肌は、こんな強い直射日光に当たると火傷してしまう。なのでフードも飛ばないようにするためでもあった。

「アタシたち、エグザイル・システムのようなものを確保したあと、その場でずっと見張りでもしておけばいいの?」
「そうですね。占拠してその場を確保し、後に救出されてくる研究者たちの調査が円滑に続行出来るよう、救出部隊と我々で護衛も兼ねることになります。さすがにあの大きなシステムを持ち帰るのは難しいでしょう。エグザイル・システムと同じ大きさならば」
「んー、持ち帰れないことはないけど、動かさないほうがいいんだよね、ああいうのって」

 事も無げに言うキュッリッキに、ブルニタルはズズイっと詰め寄った。

「持ち帰れるんですか!?」
「う、うん」
「どうやって!」
「アルケラの子たちに手伝ってもらえば、造作もないよ」

 キュッリッキの膝の上で、フェンリルが小さく鼻を鳴らした。隠れている必要もないので姿を現している。
 2人の会話を聞きながら、

(それなら引越しは一人でも出来たんでは…)

 とメルヴィンは思ったが、賢く黙っていた。

「召喚〈才能〉(スキル)とは便利な力ですね。万能じゃないですか」

 必死にメモをするブルニタルを困ったように見やり、キュッリッキは肩をすくめた。
 歩けば半日はかかる距離を、優雅な空の旅で2時間ほどで目的地手前まで到達していた。

「あの山が、ナルバ山でしょうか」

 メルヴィンが前方を指すと、頂きに雲をまとわせた緑のない岩肌の、大きな山が見えてきた。

「あの山で間違いないです」

 ブルニタルが断言すると、キュッリッキは巨鳥の背を軽く突っついた。

「そろそろ目的地だから、下から見えないようになってね」

 巨鳥は了解したように小さく喉を鳴らす。
 ブルニタルは山の中腹辺りに鳥に降りてもらうよう指示をし、キュッリッキはそれを伝えた。しかし巨鳥が舞い降りるような場所が見当たらず、結局麓に着地することになった。

「戦闘が起きてもいいように我々がいますから、大丈夫ですよ」

 メルヴィンにそう言われて、キュッリッキはひと安心した。
 潅木が乱雑に生える地面に音もなく着地すると、巨鳥は背を斜めにして皆を滑り落とした。
 4人が着地すると、巨鳥はもとの小鳥サイズに戻ってキュッリッキの肩にとまった。

「ご苦労様」

 キュッリッキに労われて、小鳥は嬉しそうに「ピピッ」と鳴いた。

「さて…、ここはどのへんでしょうか」

 ブルニタルは早速地図を広げて、だいたいの位置の目星をつける。

「報告書にあったエグザイル・システムのようなものがある洞窟の入口は、ここからだいぶ近いようです。恐らく見張りの兵がいる筈ですから、慎重に進みましょう」

 3人とも頷いた。
 麓にも山にも、身を隠す木々が生えていない。大きな岩もほとんど見当たらない。全てが剥き出しなので、敵味方丸見えだ。

「ねえ、周りの様子を確認するために、偵察出しておこっ」

 そう提案すると、キュッリッキは何もない方角を凝視する。黄緑色の瞳に散らばる虹色の光彩が、より強い光を帯びていった。
 キュッリッキが片手を前方に差し出す。そして、手招きするように掌を広げた。

「おいで」

 そう一言だけ告げると、掌の上に無数の小さな白い綿毛が召喚された。

「タンポポの綿毛……?」

 ブルニタルはキュッリッキの肩ごしに、掌の上に揺蕩う白い綿毛を凝視した。

「この子たちに名前はないの。アルケラで名前があるのは、フェンリルみたいに神様たちや眷属だけ」

 白い綿毛たちはふわりふわりと宙を舞ながら、フェンリルを囲むようにして輪を作った。フェンリルは身じろぎせず、目だけを動かし綿毛たちを見ている。

「タンポポの綿毛よりも、ずっとずっと優秀なんだよ」

 キュッリッキはブリニタルにニヤリと笑ってみせると、しゃがみこんでフェンリルの周囲を舞う綿毛たちに告げた。

「この辺りに、アタシたちに敵対しそうな武装した人間が居ないか、しっかり見てきてね」

 綿毛たちは輪になったままふわ~っと宙に浮き上がると、パッと羽虫のように飛んで四散した。

「確かに、綿毛はあんな飛び方はせんな」

 ガエルは面白そうに口の端を上げて笑った。メルヴィンも感動したように頷く。

「3人とも、これを頭に乗っけてくれる?」

 キュッリッキの掌には、3つの綿毛がフカフカ浮いていた。
 首をかしげるガエルとメルヴィンと違い、ブルニタルは感極まった表情で綿毛をつまむと、頭の上にそっと乗せた。

「恐らく四散した綿毛たちの見たものが、この綿毛を通じて一種のテレパシーのようにして、私たちの脳裏に浮かぶんですよ。ですよね?」
「ぴんぽーん。正解」

 すぐに理解してもらえて、キュッリッキは嬉しそに微笑んだ。

「なるほど~。それは便利ですね」

 メルヴィンとガエルも、それぞれ頭に綿毛を乗せる。

「風で飛んでったりしないか? こいつは」

 ガエルは黒い頭部に、小さな糸くずのように乗っている綿毛を指す。

「だいじょーぶ。タンポポの綿毛じゃないからね。見た目はちっさくっても、ちゃんと意思があるから」

 キュッリッキは自信満々に太鼓判を押した。



 綿毛たちが偵察に出て数分後、4人の表情にサッと緊張が走った。

「獲物を見つけてきたな」
「随分と多いなあ、中隊規模でしょうか」
「カーティスさんはここが一番手薄だろうと言っていましたが、ハズレでしょうか。200人弱は居そうです」
「ガエル嬉しそう」
「久々に大暴れ出来る」

 ガエルは太い指をボキボキと鳴らす。気は充実し、すでに臨戦態勢になっていた。
 最近では舞い込んでくる仕事は小物が多く、ここまで大勢の敵を相手にする機会がなかった。それだけに、戦闘を好むガエルには鬱憤晴らしにもなる。メルヴィンも荷物から剣を取り出し準備を始めた。

「ガエルとメルヴィンがいるので戦力は問題ないですが、魔法使いや厄介な〈才能〉(スキル)持ちもいるかんじです。こちらは回復系魔法の使い手がいませんから、慎重にいかないといけません」

 顎に手をやって考え込むブルニタルをよそに、キュッリッキは楽しそうに笑むと、ガエルの腕を突っついた。

「ガエルは、あいつらをベッコベコに殴り倒したいんだよね?」
「当たり前だ。あいつらは俺の獲物だからな」
「判った~。んじゃあ、これをガエルとメルヴィンに渡しておくね」

 キュッリッキがパチリと指を鳴らすと、キュッリッキの目の前に、突如大きなガラス板のようなものが出現した。

「2人の行動に対して、”阻害する意思”のある行為は、全てこの子たちが弾くの。そして、この子たちが2人の疲労を吸い取ってくれるから、敵が何千人になっても元気に動き回れるからね」

 ガラス板のようなものはブルッと震えると、10枚に増えて、それぞれ5枚ずつガエルとメルヴィンを囲んだ。

「2人の動きには干渉しないし、この子たちに攻撃が当たることもないから気にしなくて大丈夫。視覚的に邪魔になるだろうから、見えないようになってもらうね」

 ガエルはニヤリとして、キュッリッキを見おろした。

「頭上や足元からの攻撃は大丈夫か?」
「変形するから問題ナシ」

 キュッリッキはVサインをして保証する。ガエルの顔に不敵な笑みが広がった。

「あいつらの始末は俺たちに任せておけ。いくぞ、メルヴィン」
「ええ。ありがとうリッキーさん」

 メルヴィンはキュッリッキに一礼すると、両腰の片手剣を抜いた。ブロードソードとフランベルジェの二刀剣法だ。
 2人が中隊のいる方へ駆け出すと、キュッリッキはブルニタルを振り向いた。

「ブルニタルは暴れたりするの?」
「私は頭脳戦専門ですし、護身術程度しか戦闘は出来ません」

 顔は強気を貼り付けていたが、尻尾はどこか申し訳なさそうに揺れていた。

「じゃあアタシと変わんないね。フェンリル」

 キュッリッキの合図に、フェンリルは仔犬の姿を解いて大きな狼の姿になった。
 フェンリルの背に飛び乗ると、キュッリッキはブルニタルに手を差し出した。

「アタシたちは、取りこぼしの掃除と見学!」




 まだ照りつける太陽の下、辺りには遮るものもなく、見晴らしの良い麓の広場にソレル王国軍は山裾に伸びながら固まっていた。
 そこを目指し、ガエルとメルヴィンは駆けていく。小石を多量に含んだ地面は足を取られやすかったが、2人は一定の速度を保ったまま安定して走っていた。
 200人弱に対して、こちらはたった2人。しかしガエルもメルヴィンも迷うことなく敵の中に突っ込んだ。
 突如現れた2人組に、ソレル王国軍は何事かと慌てている。一気に騒然となり指揮系統が乱れ、ほぼ個人の意思で対応する形になっていた。
 ガエルとメルヴィンは二手に分かれ、咄嗟に動けずにいるソレル王国兵に容赦なく攻撃する。

「フッ、これは良いものだな」

 敵からの攻撃が、全て無効化されていく。敵の攻撃が届く前に見えないものが防御し、しかし自分で繰り出す攻撃は阻害されない。
 本来食らう筈のダメージがないので、煩わしいことを気にせず戦える。これほど爽快な戦闘は初めてのことで、いつもよりガエルの気分は高揚していた。
 キュッリッキが召喚したガラス板のようなものが防御してくれているおかげだ。
 中隊規模の兵士たちを一斉に相手にする場合、無傷でいることは絶対にありえない。まして、攻撃自体も阻まれ前進も難しいだろう。仲間全員でサポートしあっても、こんな風にはいかない。
 怪我の痛みに耐え、疲労にも屈せず得る勝利こそ最高! などど、マゾいことを考える性格でもない。いかに邪魔されず阻まれず、己の全力を叩き込めるかだけだ。
 日々精進と鍛錬を欠かさず、己のパワーはどこまで伸びるのか、それが試したくてフリーの傭兵になった。今まさにそれを試せるのだ。
 200人弱の中隊兵たちを、たった2人で相手にする。そのシチュエーションもより興奮に繋がっていた。
 ガエルの持つ〈才能〉(スキル)は、とくにトゥーリ族ではもっとも多く生まれて持ってくる中の一つ『戦闘』だ。
 『戦闘』〈才能〉(スキル)は格闘系、武器系、遠隔系に分けられ、さらに細分化していく。
 大抵一人ひとつだけの得意な体術や武器使いなどになるが、稀にその系統の複合〈才能〉(スキル)を持って生まれてくる者もいる。レア〈才能〉(スキル)の次に貴重な〈才能〉(スキル)だった。
 ガエルは格闘系の複合〈才能〉(スキル)持ちだ。
 〈才能〉(スキル)には強さのランクがある。とくに『戦闘』〈才能〉(スキル)はランクが重要視された。
 最低ランクはDとC、平均はC+とB。ちょっと良くなってB+。一般的にはBとB+までのランクが標準とされている。Aランクからは最高ランクと呼ばれ、あまり多くはいない。
 ライオン傭兵団が世間に名を轟かす理由の一つが、一部例外を除き、皆最高ランクの〈才能〉(スキル)持ちだからだ。
 ガエルは格闘系複合〈才能〉(スキル)のSSランク、メルヴィンは武器系剣術〈才能〉(スキル)SSランクだ。
 嫌でも戦闘と向き合うことになる軍人たちの中には、『戦闘』〈才能〉(スキル)を持たない者もいる。頭数合わせの徴兵たちだ。そうした者たちと〈才能〉(スキル)持ちでは、戦闘力に歴然の差がある。ランクが高い者が相手だと、軽い喧嘩でも命懸けになってしまう。最高ランクの〈才能〉(スキル)を持ち、さらに熊と人間二つの特徴を兼ね備えるトゥーリ族であるガエルのパワーは、一般兵程度じゃ防ぎきれたものではなかった。
 ガエルが拳を振り下ろすたびに、複数の人間が雑草のようになぎ倒され、蹴りを入れるたびに宙を舞った。直接拳を叩き込まれた兵士は、兜が割られ頭部が爆ぜる有様だ。
 この戦場でガエルに太刀打ち出来る者は、ソレル王国軍には一人も存在していないようだった。



「さすがガエルさん、相変わらず凄いなあ。オレも負けていられませんね」

 ガエルの勇猛ぶりを目の端に留めながら、メルヴィンは剣を繰り出した。
 戦闘の武器系剣術〈才能〉(スキル)のSSランクを持つメルヴィンも、ガエルに劣るものではなかった。
 長剣、短剣、変わり種の刀身でも、一刀でも二刀でも自在に使いこなす。
 白刃が唸り風を生み、生首が青空に弧を描いて跳ねあがる。四方八方から襲いかかる敵を、円を描くようにしながら剣を繰り出していった。その様は華麗な演舞のようにさえ映る。無駄な動きなど一つもない、完璧な太刀筋だ。
 ソレル兵たちの身につけている防具は、薄くした鉄と厚い革をなめしたものを組み合わせていて、この湿気を多量に含む中で着用するには風通しも悪く暑苦しいだろう。きっちりと縫い目も防備されているため、剣で斬り裂く為には、スピードやパワーが必要だった。
 それが判っているメルヴィンは、無用な斬り合いをせず一閃で終わらせるために、正確に頭部と首の付け根を狙い跳ねていった。それが難しい場合は、フランベルジェで急所を突いて致命傷を与えた。
 ハワドウレ皇国の正規部隊に所属していたことのあるメルヴィンは、皇国で五指に入るほどの剣術使いとして有名だった。御前試合でも何度か優勝したことがある。そのメルヴィンが退役するとき、大将たちが列を作ってメルヴィンの退役を思いとどまらせようとしたことがあるという。そんな逸話が残されているくらいだ。



 向こうへ逃げればクマ男に殴り殺され、こっちへ向かうと斬り殺される。ソレル王国兵は恐怖に全身を貫かれながら、為す術もなくジリジリと後退している。
 あたりを赤い濃霧のように舞う血飛沫や、断末魔と恐怖で沸き起こる悲鳴、怒号や爆音などが麓を騒がす。魔法使いたちの放つあらゆる魔法攻撃も全て防がれ、弾かれた魔法が味方にあたって惨劇がさらに広がる。まさに一方的な殺戮の場と化していた。
 ナルバ山の麓はあっという間に凄惨な姿に塗り変わり、ブルニタルはあまりの光景に口元を抑えた。
 信じられないスピードで死体の山が築かれていく。仲間たちの武勇はよく知っているつもりだったが、ブルニタルは殆ど後衛に徹しているため、前に出て彼らの戦闘を見たことがなかった。
 ブルニタルとは反対に、キュッリッキは表情一つ動かさず、無感動に死体を眺めおろす。ソレル兵たちを倒し進む2人の背中に視線を向けた。
 返り血も全て見えない防御で弾かれ浴びていない。アルケラから招いた友達の働きぶりに、キュッリッキは嬉しそうに目を細めた。
 これまで召喚の力は一方的な攻撃か、護衛で依頼主を守るために敵を攻撃するくらいにしか使ったことがない。こんな風に仲間の強化支援で火力の底上げをしたり、防御をして助けたりするのは初めてだ。
 自分の力がしっかりと役立っていて、キュッリッキは嬉しくて仕方がない。

(2人とも、ホントに強いんだね~。ガエルもメルヴィンも、カッコイイなあ)

 貢献出来ていることが本当に嬉しい。気持ちがそのまま表情に浮かんで、凄惨な戦場には似つかわしくない愛らしい笑顔になっていた。
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登場人物紹介

【キュッリッキ】

・〈才能〉:召喚、ランク:over

・年齢:18歳⇒19歳、女性

・出身:アイオン族

・一人称:アタシ

本作の主人公。

フリーで傭兵をしているが、ベルトルドにスカウトされたことでライオン傭兵団へ入ることになる。

【ベルトルド】

・〈才能〉:超能力、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:俺

ハワドウレ皇国副宰相、アルケラ研究機関ケレヴィルの所長。

「泣く子も黙らせる副宰相」という物騒な通り名を持つ。

とある事件を解決に導いたことで軍総帥の地位も下賜され、毎日デスクの上に書類の山脈を作るほど事務仕事に忙殺されている。事実上国政の長。

【アルカネット】

・〈才能〉:魔法、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国軍特殊部隊尋問・拷問部隊長官⇒ヴィーンゴールヴ邸(通称:ベルトルド邸)執事長⇒ハワドウレ皇国軍特殊部隊魔法部隊《ビリエル》長官。

異色の経歴を持つ世界最強最高の魔法使い。

【リュリュ】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:41歳、男性(オカマ)

・一人称:アタシ

ベルトルドの首席秘書官でオカマ。

事務処理能力に富み、ベルトルドの股間を常に狙い、オカマの恐怖でベルトルドを威圧している。

【シ・アティウス】

・〈才能〉:記憶、ランク:SS

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国アルケラ研究機関ケレヴィルの研究員⇒所長。

アルケラに関する研究をもっとも積んでいて、知識量も豊富。

【カーティス】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:私

・魔具:強化魔法の呪文を彫り込んだ銀の杖

ライオン傭兵団の創立者でリーダー。

ベルトルドから解放されることが願い。やや選民意識がある。

【ギャリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系複合、ランク:S

・年齢:29歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔剣シラー(大剣)

・特殊技:リヴヤーターンモードなど

ライオン傭兵団の兄貴的存在。面倒見がいい。ザカリー、ルーファスとは同郷の幼馴染。今も2人とは仲がいい親友。

【ルーファス】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。片手剣と超能力を組み合わせた独自の戦闘をとることができる。

亡きベルトルドの後継者と目されるほどの女好き。ただし、巨乳美女が好み。気さくなお兄さんといった優しい性格。

【ザカリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系遠隔複合、ランク:S

・年齢:28歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔銃バーガット

ライオン傭兵団の後方遠隔攻撃担当。〈才能〉の能力で異様に視力が高く調整できる。

本気でキュッリッキを好きになるが、仲は仲間以上縮まらない。

【シビル】

・〈才能〉:魔法、ランク:AAA

・年齢:歳、女性

・一人称:私

・魔具:木の杖

ライオン傭兵団の強化・支援担当。攻撃はあまり得意な方ではない。

何かと騒がしい団の中では、常識論を言うけどあまり聞き入れてもらえない。しかし挫けず奮闘中。

【ハーマン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:27歳、男性

・一人称:ボク

・魔具:分厚い本

ライオン傭兵団の前衛担当。高い魔力を持ちハイレベルの魔法を使いこなすが、魔法コントロールを苦手としている。

【ガエル】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:33歳、男性

・一人称:俺

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団の前衛担当。ブルーベル将軍の甥でもある。

タルコット、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカトリオ。

【ブルニタル】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:29歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団の中では、分析、戦略立案、情報収集、後方準備などの後衛を担当。何故か手帳にメモをとる癖がある。

【ペルラ】

・〈才能〉戦闘・武器系剣術、ランク:S

・年齢:28歳、女性

・一人称:私

・特殊技能:アサシン

ライオン傭兵団の中では、ときに近接戦闘もするが、後方から短剣などで支援をしたり、偵察や情報収集も行う。

ヴァルトに熱愛されているが、思いっきり鬱陶しく思っている。

【ランドン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:29歳。男性

・一人称:私

・魔具:ナシ

ライオン傭兵団の中では、主に回復魔法担当。その他ザカリーの魔弾作成もしている。

回復魔法などの繊細な魔法の扱いが上手く、専属医の居ない傭兵団の中で、団員たちの健康状態を常に気遣っている。

【メルヴィン】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

・武器:爪竜刀

ライオン傭兵団のサブリーダー、前衛担当。

皇国五指に入るほどの剣術マスター。軍を辞める際、思い留まらせるために10人の大将が宿舎に列を作ったというレジェンドを持つ。生真面目で優しく、よく人を見ている。が、ある一点のみ究極の激鈍。

【タルコット】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:29歳、男性

・一人称:ボク

・武器:魔剣・スルーズ(大鎌形態)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。ヴァルトと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。ただ何故か女性と間違われてナンパされまくる不運に見舞われている。

常に黒一色の服装を好み、黒以外まとうことはない。ガエル、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカ。

【ヴァルト】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:俺様

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。

タルコットと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。しかし口を開くとバカ発言やバカっぽい口調が特徴。

団員の誰よりもしっかりと真実を見抜いている、鋭い洞察力に優れている。ペルラと結婚したいと悩んでいる。

【マリオン】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:30歳、女性

・一人称:アタシ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。

団のオネエサン的存在で、ルーファスとつるんでキュッリッキで遊んだり、ワルイことを教えている。しかし、みんなのムードメーカー。

【マーゴット】

・〈才能〉:魔法、ランク:C-

・年齢:26歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団のお荷物。元マスコット的存在(自称)。カーティスの恋人。

魔法の扱いが下手すぎて、仕事はほとんどさせてもらえない。しかし報酬は当然のように受け取るので反感を買っている。自分では上手いと思い込んでいる。

【ヴィヒトリ】

・〈才能〉:医療系複合、ランク:SSS

・年齢:28歳、男性

・一人称:ボク

ボクハーメンリンナの大病院に勤務する医師。キュッリッキの主治医で、ヴァルトの弟でもある。

【ハドリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系両手斧術、ランク:B+

・年齢:25歳、男性

・一人称:オレ

キュッリッキが初めて得た親友。面倒見がとても良い。

【ファニー】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:B+

・年齢:21歳、女性

・一人称:あたし

キュッリッキの親友でお姉さん的存在。3年前にギルドで出会って何かと世話を焼いててそのまま仲良くなった。

【グンヒルド】

・〈才能〉:記憶、ランク:A+

・年齢:41歳、女性

・一人称:私

良家の子女を主にしている家庭教師。ダエヴァのカッレ長官の姉君でもある。

キュッリッキの家庭教師になった。

【リトヴァ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AAA

・年齢:63歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のハウスキーパー。

【セヴェリ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:68歳、男性

・一人称:私

ベルトルド邸の従僕の一人だったがアルカネットが軍に復帰してから執事代理になる。

【アリサ】

・〈才能〉:戦闘系槍術、ランク:S

・年齢:24歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のメイドで、キュッリッキ付きになる。

【皇王】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:70歳、男性

・一人称:ワシ

タイト・ヴァリヤミ・ワイズキュール。ハワドウレ皇国の皇王。

ベルトルドからは面と向かって「昼行燈の能無しボケジジイ」と言われているが気にしてない。

【ブルーベル】

・〈才能〉:戦闘系格闘複合、ランク:SSS

・年齢:72歳、男性

・一人称:ワシ

ハワドウレ皇国将軍。ガエルの伯父でもある。

【ハギ】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:44歳、男性

・一人称:私

ブルーベル将軍の秘書官。

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