三十

文字数 2,197文字

 横須賀中央駅から程近いパーキングでサヤカと合流した。ヒラノを目撃した雑居ビルに何があるのか調べたかった。先日、ワンブル近くの喫茶店から見かけた白いワンボックスは、北陽会に出入りしていた車両と同一だった。北陽会の人間は、基地内に入ることを許されないだろうが、出入りの業者まではリストに載っていないはずだ。奴らは基地内と北陽会を行き来している。日本の警察が基地内に入り難いのと同様に、北陽会のヤクザもまたそうなのだ。しかし、奴らは基地内での取引を実行しようとしている。何か特別な仕掛け、または米軍内部に内通している者がいる。そして、その指揮をとっているのがヒラノカズヒロというわけだ。ショウは李俊明を同行させていた。李とはショウが警察官になる前からの付き合いで、刑事になってからは、情報屋として使っている男だ。サヤカに紹介するのはこれが初めてだった。
「ショウ先輩、この人は誰ですか?」
「この男は、李俊明と言って、私の情報屋さ」
 李俊明はサヤカと目を合わせず、気まずそうに下を向いた。
「信用できるんですか? この人」
「大丈夫ですよ。この男は、私がまだ警察に入る前からの知り合いで、彼の協力無しでは解決できなかった事件も多い。情報は確かです」
「それはわかりました。ですが、何で今日ここに連れて来たんですか? シグマの情報を持っているとでも?」
 ショウが苦笑する。
「違いますよ。この男は情報屋ですが、手先も器用なんです」
 ショウが李俊明に向かって片目を閉じた。
「サヤカさん、いや、ホンダ警視殿、そろそろ行きましょう」
 すると、李俊明目を大きくした。
「タザキノダンナ、驚カサナイデクダサイヨ。コノオ嬢サンガ警視ナンデスカ?」
「そうだよ」
 サヤカが咳払いした。
「それで先輩、一体どこへ行くんですか?」
「前に基地の周辺を調べていた時、偶然ヒラノをこの辺で見かけたと言いましたよね。実はその後、奴を尾行したんです。そうしたら、奴は基地に近い、ある雑居ビルの地下室に入って行きました。ちなみに奴が帰った後、地下室を探そうとしましたが、鍵がかかっていて入れませんでした。その時に強引に入ることはせず、ビルの所有者などを調べた上で再び探るつもりだったんです」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「あの時はまだ何も判明していませんでしたからね。警察がビルを調べたとわかったら、奴らは、こちらの動きに気付いてしまうかもしれない。案の定、あのビルの管理会社は北陽会系の企業でした」
「そうね、賢明な判断ね。今、こうして取引が基地の中だとわかって、私たちは手がかりを探しているんですものね」
「だから今日、私と警視と李俊明の三人で来たんです」
 李俊明が額に皺を寄せた。
「デ、私ハ何ヲ?」
「地下室の扉の鍵を開けてくれないか? お前なら簡単だろう?」
 李俊明がサヤカを見た。
「大丈夫、大丈夫、警視には目を瞑っていてもらうから」
 ショウがサヤカを見つめた。サヤカはショウに見つめられて目を逸らせた。
「仕方ないわね。私は何も見てませんから」
 李俊明が苦笑した。

 その雑居ビルは、基地の敷地を隔てるフェンスから道路を挟んで向かいにあった。上階の事務所の明かりがついている。人気はない。まず初めにショウが近づき、防犯カメラが無いことを確認した。手招きして李俊明を呼ぶ。サヤカはビルの外で見張り。何か動きがあればショウに無線を入れることになっていた。やはり地下室の鍵はかかっていた。李俊明が財布から先の尖ったピンセットのような器具を取り出した。手元はショウがライトで照らした。手慣れた手つきで李俊明がドアノブの鍵穴に差し込む。
「お前、いつも持ち歩いているのか?」
「タマタマデスヨ」
 すると、数秒で扉が開いた。
「さすがだな、助かった」
「旦那ノ頼ミデスカラ。コノシリンダータイプヲ開ケルノハ、ソウ難シクナイ」
 ショウが苦笑する。
「さあ、中に入るぞ。お前は扉の前にいて、誰か来たらノックしろ」
 ショウが一人で地下室に入る。赤く塗られた消防用のポンプが目に入った。そこはポンプ室だった。ポンプ自体は使用されておらず、ポンプ室の更に下にある地下水槽のマンホールの辺りだけ、人が歩いた形跡がある。マンホールを持ち上げる工具も近くに転がっていた。蓋をずらして中を覗くと、水は入っていなかった。給水がバルブで閉じられ、排水されたようだ。ライトで中を照らす。そこには外へと通じる大きな穴があった。ショウが無線を入れる。
「サヤカさん、地下に抜け穴が掘ってあります」
「私も今、そっちに行きます」
「あ、待って下さい。先に私が入って、どこに通じているか調べます。サヤカさんは、外の見張りを続けて下さい。そして、万が一、私に何かあったら無線で知らせますから、すぐに本庁の応援を呼んで下さい」
「わかったわ」
 ショウが扉の外にいる李俊明をポンプ室内に呼んだ。そして内側から鍵を閉めて、部屋の明かりを消した。
「いいか、今から一時間経っても私が戻らなかったら、すぐにビルの外にいる警視に知らせるんだ。それまでは内側から鍵をして、決して音を立てるな」
「モシ、外カラ誰カガ鍵ヲ開ケテ入ッテ来タラ?」
 ショウが李俊明に銃を手渡した。
「その時はお前に任せる。ついでにこれも預かっておいてくれ」
 そう言って、ショウは手錠と警察手帳、身分のわかるもの全てを預けた。
「じゃあ、行って来る」
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