自制された微笑み

[現代ドラマ・社会派]

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春の宵だった。住宅街で一か所だけ明かりが漏れている処があった。唐木恭一が何気なく視線をやると、ヘアサロンのドアガラス越しに立つ若い女性と偶然視線が合った。彼女は恭一に向けて軽く首を傾げた。恭一も反射的に会釈を返して通り過ぎた。恭一には見覚えのない女性だったが、その容姿は一瞬のうちに脳裏に記憶された。
日向有美は柔道整復師として整体医院に勤めていたが、訳があって勤め先を辞め、実家の理髪店、ヘアサロン.ライトの雑用を手伝っていた。
幼い頃はふくよかだったが、成長期に入るとスッキリとした容姿に変わり、温和な性格も相まって、憧憬の眼差しを向けられる、非の打ち所のない女学生に成長していった。ただ、その頃から有美は心の底からはじけるような笑顔を見せることは無くなった。思いのまま笑うと、ある段階から端正な唇の片方が少し吊り上がり、アニメや漫画の悪女や魔女の笑い顔を連想させるからだった。中学に入り、それがいじめの原因になった。美少女と呼ばれ勉強のできた有美は、それ以来、男子に恋することを諦めた。
恭一には、大学時代に陸上部で一緒だった桜井京子以外に親しい女性はおらず、過去に真剣な恋愛をしたことは無かった。
恭一は、ヘアサロン.ライトに通うようになる。有美は恭一に恋心を抱きながらも、心底からの笑顔を見せることはなかった。やがて素直に笑顔を見せることが出来るようになるが、恭一の好意を素直に受け入れられずにいた。(全14話)

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