第5話 解明への動き

文字数 1,460文字

 翌朝は想定外の事態が発生したため、柳本(やなぎもと)たちはおにぎりの話など丸っきり忘れた。廃材を積んだダンプが始業時間より三十分以上も早く、入口ゲート前に到着してしまったのだ。

 事前の連絡はなく、飛び込みでの搬入だった。まだ作業スタッフは全員揃っておらず、沢渡(さわたり)さんも来ていなかった。

 朝の通勤時間帯に路上に停車させておくと苦情が来るので、柳本は所長の了解のもと、緊急対応でダンプを場内に入れた。相手先の完全な連絡ミスだが、運転手に文句を言っても仕方ないので、淡々と書類を作る。
 そんなドタバタをしているうちに出勤してきた沢渡さんは、和泉(いずみ)にお弁当を預けると、さっさと業務に入ってしまった。

「それ、私が訊くんですか?」

 昼休みに清水から昨夜の検討結果を聞かされた和泉は、眉間に(しわ)を寄せた。

「そりゃあ、どうしてもと言うのならやりますけど、そもそも海苔を分離して食べているのを見たのは猫田(ねこた)さん一人だけなんでしょう。見間違いじゃないんですか?」

「だったら、和泉さんも一度、現地取材をしてみればいいよ」

 清水がからかうと、和泉は少し考える仕草を見せてから、「じゃあ清水さんも一緒に行ってくださいよ」と、両手を合わせて懇願するような仕草を見せた。その目は笑っている。
 
 要するに彼女も状況を楽しんでいるのだ。

「あまり失礼のないようにしろよ」

 柳本は二人のやり取りを微笑ましく感じながらも、少し心配になった。沢渡さんを見世物扱いにするのはさすがに気の毒だ。

「もしも本当なら、課長だって面白いと思いませんか」

 柳本から叱られたと思った和泉が口を尖らせる。「私は馬鹿にしているわけではないですよ。ちょっと様子見するだけです」

「――そうだな」

 正直なところ、柳本も興味が(まさ)っていたので、若い二人を注意するのを躊躇(ちゅうちょ)した。

 翌日、和泉と清水は昼休みになると同時に事務所を飛び出していった。

 柳本は気もそぞろとなり、目の前の自分の弁当が手に着かなかった。

 やがて、二人が息せき切って戻ってきた。

「本当でしたよ」
 和泉の声ははしゃいでいた。

「沢渡さん、御飯だけのおにぎりと海苔とを、代わりばんこに食べていました」

 彼女は片手ずつ順番に口許に運ぶ仕草をすると、それが自分でもおかしかったのか、フフフっと笑った。

「やっぱり、食べ方を知らないんです」清水が断定調に言う。「本人に海苔をおにぎりに巻くやり方を教えてやった方がいいんでしょうか」

「君たちは理由を訊いてきたのではないのか?」

「さっきは見てきただけですよ」
 柳本の質問に、和泉は肩を(すく)めて見せた。

「でも理由を訊く必要はないと思います。沢渡さんはきっと、包装の外し方を知らないだけなんですよ」
「何だよ、それは」

 海苔を巻かずに食べる理由を純粋に知りたかった柳本はがっかりした。和泉の推論を聞きたいわけではないのだ。

 戻ってきた二人が弁当を食べていると、奥の席から田中所長が出てきた。

「覗き見なんて失礼なことをしたんだから、食べ終わったら罰として二人で沢渡さんに正しい食べ方を教えてきてやりなさい」

 田中の手には未開封のコンビニのおにぎりがあった。自分の昼食用に買ってあったものだという。

「わかりました」
 二人とも罰とは受け止めなかったようで、返事の声は明るかった。

「ついでに、暑いんだから休憩室を使うよう、説得してくれ」
 柳本が付け足す。これまで彼が十回以上、休憩室の利用を(うなが)してきたが、沢渡さんはかたくなに駐車場で休んでいるのだ。

「それも了解です」
 二人は田中からおにぎりを受け取ると、再び事務所を出て行った。
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