残像は風と共に

文字数 4,999文字

 高校からの友達、川田次美(かわたつぐみ)はツンデレな面がある。一人じゃ行動を起こすのを躊躇う性格だからか、何かあれば“あなたも連れて行ってあげる”的態度で誘ってくる。関係が浅い内は何こいつと反発を感じたけれども、性格故と把握してからは仕方がないなと付き合ってあげることが多い。
 今回、地方でのプラネタリウムイベント込みのバス旅行に参加したのも、その一つだった。星に興味のない私は気乗り薄だったが、ここにきて変わった。たまたま覗いた古本屋で、探していたお宝グッズを発見したのだ。
 最初、ゴミに出す物を段ボールにまとめてあると思った。でもちらと覗いた紙の端っこにある文字に気付いた。あれは漫画雑誌の付録。しかもかなり古い。
 私は店のおじさんに聞いた。
「表にある段ボール箱の中身って、売り物ですか?」
「ああん? 売り物なんかじゃないよ」
 その返答に物凄くがっかりした。けど次の言葉で逆転。
「もう捨てるんだ。いるのがあるのなら持ってって」
「あの、値段は……」
「ただだよ。そりゃ払ってくれるんならもらうけどさ」
 かかと笑いながら店の奥に戻ったおじさん。背中が神様に見えたわ。
 箱を漁ると、欲しかったシールのセットが見付かった。手付かずのきれいな状態で。
 ネットオークションに出せばいい値が付く。売らないけど。でもさすがに無料でいただいて、はいさようならでは気が引ける。私は本棚も見て回り、漫画と小説を一冊ずつ、レジに持って行った。

 移動中のバスで次美が「凄く嬉しそう。何かあった?」と聞いてきた。上機嫌だった私は古本屋での顛末を伝え、彼女にも礼を言った。
「誘ってくれてありがと。ラッキーだったわ」
「どういたしまして。そんな偶然で喜んでくれるのなら、私も嬉しい」
 思えば、このときに声高に説明したのがまずかった。
 最初におかしいなと感じたのは、道の駅での休憩中。ハンカチを忘れたと気付きバスに戻ると、同じツアーの上島(うえしま)という女性が私達のいたシートに座っている。何故名前が分かるかというと、出発直前の簡単な自己紹介で職業鍵師と言っていたからちょっとミステリアスだなと印象に残ったのだ。
 近付いても動かない。横まで来て、「すみません、そこ、私の席なんですけど」と注意を喚起し、やっと「あ、間違えました」と言い、席を立って、二つ後ろに移動した。
 このときはまだ、少し変だなと感じた程度だった。
 次に異常を感じたのが、宿に着いたあと。みんなバスを降り、荷物を持って歩き出した。その矢先、上島が近寄ってきて言った。
「先程は大変失礼をしました。お詫びに荷物を運びます」
「大丈夫です。気にしてませんから」
 持ち手に指先が触れたけれども、さっと引き離した。相手の目は、私の荷物をしっかり記憶しようとするかのように、手元をじっと見つめてきていた。
 ぱっと見、若くて細面で、静かにしていれば美人で通りそうだが、二度の少々おかしな動きのせいで、薄気味悪く映る。鍵の専門家だと思うと、なおさらだ。
 そのことを、次美の部屋に行って話したら、「やだ気持ち悪い」と「でも積極的なアプローチなのかも」という両極端な反応をしてくれた。
「私にレズの気はない。それに、あれはアプローチじゃないわ。興味があるのは私じゃなくって、荷物みたいなんだけど」
「じゃ、こそ泥かなあ?」
「まさか。お金目当てなら、もっと持ってそうな人のを狙うでしょ」
 ツアー参加者の中には、いかにも裕福な老夫婦がいたし、アクセサリーをたくさん身に着けた中年女性三人組もいた。狙うんだったら、私じゃないだろう。
「狙いはあれかも。お宝のシール」
 友達の言いたいことはすぐに飲み込めた。上島は二つ後ろの座席だから、私と次美の会話は楽に聞こえたろう。そして値打ち物のシールの存在を知り、あわよくばそれを手に入れようと……ちょっと変だ。
「あのシール、いくらお宝と言ったって、せいぜい数万円だよ。マニアが競り合って、それくらい」
「そうなんだ? じゃ、あれだよ」
 また、「あれ」だ。
「上島って人も、シールコレクターなんじゃない? それか、そのシールの漫画のマニアとか」
 なるほどね。そちらの方がありそうだわ。
 お金を出しても簡単には入手できない珍品が、ひょんなことから手の届きそうなところに現れた。しかも持ち主の女は、古本屋でただでもらったと言っている。そんな不公平があるか。隙を見て私が奪っても罰は当たるまい。どうせただだったんだから……と、そんなところかしら。
「どうしよう。これからお風呂よね」
「あっ、入っている間にシールが心配ってこと?」
「うん。ペンションの鍵なんて単純そうだし、貴重品入れはないみたいだし」
 このあとお風呂場の脱衣所を見てみて、そこにも貴重品入れがないことを確かめた。同性だから、女湯の方に入ってくるのには何の問題もない。
「私が見張っておこうか」
 次美が言ってくれた。
「代わり番こに入ればいいじゃない。お風呂の中でトークできないのは残念だけどさ」
「ありがと。お願いするわ」

 風呂から上がり、部屋に戻って次美と入れ替わり。
 独りになって、扇風機の風を浴びながら考えた。シールをどこかいい場所に隠せないかと。お宝シールは五センチ四方ぐらいのサイズで、台紙を含めても厚さはミリ単位。どこへでも隠せそうだけど、万が一ってことがあるし、変に凝って、あとで私自身が取り出せなくなっちゃった、では目も当てられない。
 ここが普通の宿泊施設なら、フロントで預かってもらう手があるんだろうけど、生憎と違うのだ。星空観察&プラネタリウムイベントのために開放された、少年自然の家的な施設だから、宿泊専門の業者ではなく、イベント主宰者や地元の人達が世話を焼いてくれている。貴重品はご自身でしっかり管理してくださいというスタンスなのは、やむを得ないんだろうと思う。
 次美に持ってもらう、次美の部屋に置いておくという手もあるけど、万が一を考えるとね。友達に危害が及ぶのは絶対に避けたい。
「あ~あ。どうしたらいいんだろ」
 扇風機の近くで風を浴びつつ独り言を喋ったら、声がぶわわって感じで震えた。近付きすぎて、折角まとめた髪の毛もぶわわっと広がる。
「――そうだわ」
 閃きが突然、舞い降りた。

             *           *

「被害者の名前は生谷加代(いくたにかよ)、学生、二十歳。友人で同じ学生の川田次美に誘われ、ともにツアーに参加していたとのことです」
「ツアーの中に、他に知り合いは? 客でも添乗員でもバス運転手でもいい」
「えっと、見当たりませんけど」
「だったら、その友人が怪しいのか? 普通、見ず知らずの相手を殺して、こんな風にはしないだろう」
 生谷加代の死因は絞殺だと推測されているが、それ以外にも大きな“傷”を彼女の遺体は負っていた。
 長い髪の毛をバッサリ切られていたのである。乱雑で、長さは不揃い。切り落とした髪が、現場である被害者の部屋にたくさん落ちていた。
「いえ、川田次美は風呂に入っていたというアリバイがあります。それに、仲はよくて、二人はツアー中も楽しげに喋っていたとの証言を参加者達から得ています」
「じゃあ何か。この地元にロングヘアフェチの奴でもいて、そいつがたまたまここに侵入して、被害者を手に掛けて毛を持って行ったってか? ありそうにないな」
「はい。数は少ないながらも、防犯カメラの映像も、外部の者が侵入したような場面は見当たらないみたいです。まだ全部は見切っていないようですけど、多分、外部犯ではないでしょう」
「内部に怪しい奴はいるのか」
「はい、川田の証言ですが、バス移動の途中で立ち寄った城下町の古本屋で、被害者は珍しいシールを見付けて入手したそうです」
「シール? そういうもんを集めてる風には見えなかったが。まあいい、それから?」
「ツアー客の一人、上島竜子(たつこ)がそのことを知って、盗もうとしていたんじゃないかと川田は言っています。そして問題のシールもなくなっているとのことでした」
「だったらそいつの身体検査をすればいい。シールが動機なら、どこか身近にあるに決まってる」
「言われる前に実行しました。すると、身体検査を受けるまでもなく、自ら提出してきたんです」
「何だ、解決しとるんじゃあ?」
「いえ、観念したという態度ではなく、『話題にされたシールなら私も持っています。同じ古本屋で見付けましたから』って」
「物真似はしなくていい、気持ち悪いから。指紋は? シールから被害者の指紋は出てないのか」
「きれいに拭き取ってあり、上島の指紋だけが残っていました。拭き取ったんじゃないかと問い質すと、これまた当たり前のように認めて。手に入れたときに、少しくすんだような汚れ感があったから、丁寧に拭いたと。今はDNA鑑定に掛けるかどうか、判断待ちです」
「したたかな女のようだな。DNA鑑定で被害者の物が出たとしても、『彼女が見せてと頼んできたので、渡しただけです』とでもかわされるのが関の山か。次々とこちらの疑問点を認めた上で、別の答を用意している。図太いな」
「かもしれませんが、我々が踏み込んだときに、上島は部屋でだらだら汗をかいてましたよ。びびっているのかと思ったら、単に風呂上がりで暑がっていただけみたいです。その割には、扇風機を仕舞い込んでおり、変な感じでしたが」
「女が風呂から上がって、冷房のない部屋で、扇風機を出さずに、汗だく……考えられん。おい、上島の部屋は調べたのか」
「いえ、調べたのはシールですが、あれもすぐに提出されましたので。部屋は実質、手付かずと言えます」
「それじゃあ、すぐにでも調べた方がよさそうだ。

 警察の鑑識課が入った結果、上島竜子の泊まる部屋からは、生谷の物と思われる短い毛髪が見付かった。さらに、羽の部分に大量の毛髪が巻き付いた扇風機が、部屋の押し入れの奥、布団に覆い隠された形で見付かった。
 動かぬ証拠を突きつけられた上島は、概ね犯行を認めた。
 供述によると――上島は生谷がいそいそと部屋に戻る姿を目撃し、あとをつけた。その顔つきを見て、「うまい隠し場所を思い付いたんだわ」とぴんと来たという。そのまま生谷の部屋の前で迷っていたが、連れ(川田次美)が戻ったらチャンスは失われる。そう思い詰めて、ドアのロックをピッキングの技で解除、これにはものの十数秒で成功したという。ドアの開く音や中に入ったときの気配は、生谷が作動させた扇風機の近くにいたおかげで、聞かれなかった。
 戸口の陰から窺っていると、生谷は扇風機を停めて、外していたカバーを戻すところだった。送風の音が消えたら気付かれると考え、上島は生谷に突進。振り向きざまに突き飛ばされた生谷は転倒。持っていた扇風機の羽に髪の毛がしっかり絡まった。一方、顔を見られた上島は最早引き返せないと考え、生谷に馬乗りになると両手で首を絞めて殺害。それから“護身用”に所持していたカッターナイフで、生谷の髪を切り落とした。
 この行為は、生谷がお宝シールを扇風機の羽に貼り付け、常に扇風機を使用することで容易には見付からぬようにしていためである。上島は部屋に忍び込んで、扇風機のカバーが外されているのを見た瞬間に察知したという。なお、シールは羽に直接貼られていた訳ではなく、安全ゴム糊を使って接着されていた。
 上島は状況を見計らって扇風機を抱え、自身の部屋にダッシュ。返す刀で、自室に元々あった扇風機を持ち出し、生谷の部屋に運び込んだ。再び自室に戻ると、羽に絡まる髪の毛をじっくりとかき分け、シールを見付けた。
 これが顛末である。
 一見、猟奇的な殺人事件に思えたが、解決してみると非常に即物的かつ衝動的な犯行が、多少奇妙な像を現実に投影しただけのことだった。

             *           *

 妙案が浮かんでよかった。
 扇風機の羽に安全ゴム糊で一時的に貼り付けて、部屋を空ける際には扇風機を回しっ放しにしておけば、見付かりっこない。あとで剥がすときも、安全ゴム糊なら問題なし。
 あとはこの近所に安全ゴム糊が売ってあるかどうかだったけど、さすが少年自然の家的施設と言ったらおかしいかしら。土産物屋の隣に文房具販売コーナーが設けてあって、そこで見付けたときは感動ものだったわ。
 さあ、これでいちいち持ち歩かなくても大丈夫ね。

 終
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