第1話

文字数 1,225文字

【自慢】[名](スル)自分で、自分に関係の深い物事を褒めて、他人に誇ること。

 人の自慢話は聞いていて(つら)いことが多い。さらにその自慢話の内容が昔のことになると、滑稽にすら感じる時がある。
 仕事の関係で、ある初対面の高齢の医師の履歴書を拝見する機会があった。その履歴書には職歴や賞罰が几帳面に事細かに記載されていた。
 「いやぁ、僕は○○高校の卒業でしてねぇ。」
 誇らしげに話すその言葉を聞いて私は椅子からひっくり返りそうになった。その高校は昔も今も超有名な進学校である。そこを卒業したのは、現在の彼の 50数年も前の話だ。
 「それで○○大学の医学部に進学しまして…、卒業して第1外科に入局しました。」
 その○○大学は旧帝国大学で、入学は難関である。
 「それは凄いですねぇ…」
 その後、賞罰の欄に記載された 何年何月 何とか賞受賞、第何回何々学会会長を務めるなどなどの披露が延々と続いた。
 「それは凄いですねぇ…」
 (以下、私の「それは凄いですねぇ…」の相槌(あいづち)の繰り返し)ふ~。
 ある人物の評価はほかの人から評価されて初めて価値がある、と私は思う。

 以前、私が母校の大学病院に勤務していた時、私は当時の胸部外科の主任教授から心臓外科よりも「人」について多くのことを教わった。その教授は今は鬼門に入られたが、
 「世の中にはすげぇ奴が一杯いる」
が、彼の口癖だった。
 その教授が、当時、母校の学長に江崎玲於奈(えざきれおな)博士が就任した時のことを話してくれた。江崎玲於奈博士は「半導体内におけるトンネル現象に関する実験的発見」の功績に対して、1973年にノーベル物理学賞を受賞した。その彼の履歴書の賞罰の欄には、
   ノーベル賞 文化勲章
とだけしか記載されていなかった。その当人は、ノーベル賞のことに関してはほとんど語らなかったそうだ。
 「江崎さんはすげぇ奴だ。俺らとは仕事のレベルが違う。相手はノーベル賞だぜ。」
 教授は、江崎博士が語らずして放つ研究者としての格の違いをひしひしと実感させられたそうだ。
 過去に自信のある人は今もこれからも自信があるから、自慢することもない。普通でいるのだ。
 んだんだ。

 さて写真は、2013年6月13日午前4時46分に羽越本線藤島(ふじしま) - 西袋(にしぶくろ)間で撮影した下り寝台特急「あけぼの」である。

 あけぼの は 1970年7月1日に寝台特急として上野 - 青森間 772.8 km で運行を開始した。東北新幹線が八戸駅まで延伸となった 2002年12月1日以降は、首都圏と東北地方を結ぶ唯一の定期夜行列車となり、2014年3月14日に定期運行を終了した。
 この写真を撮った 2013年は定期運行終了の前年で、今から10年前になる。
 牽引する機関車 EF 81 は朝日を浴びて輝いていた。その輝きも過去の話。ある人にとっては輝いた過去であっても、そこにあるのはひとつの事実だけである。昔にあるのは思い出と、懐かしさだけしかない。
 んだ。
(2023年9月)



 
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