第12話

文字数 2,650文字


      その三十六  (12)

 翌日のぼくは朝早くから菊池さんにパーカーを着せたりモコモコフリースを着せたりまたパーカーを着せたりしていたので、K市に帰るのはお昼ちかくになってしまっていたのだけれど、畳の張替えをしてくれた業者さんを、
「ありがとうございました」
 と見送ったのちにすみれクンのお母さまに連絡すると、
「いまから、うかがいます」
 とお母さまはすぐこちらに来てくれて、だからぼくはカセットを差し込んだままの互換機とインスタントコーヒーの空き瓶に満杯に入っている銭形平次の投げつけ用一文銭を渡して、それから、
「こちらのほうも、ノーパンでおられることは重々承知しましたので」
 と夏におあずかりしたパンティーの詰め合わせの箱もお返しした。
「センセ、これは受け取れません」
 だがしかし今回もお母さまは詰め合わせの受け取りを固く拒んでいて、ちなみにこのやりとりは、これまでもう何度もおこなわれているのだが、エロもの関連をほぼ処分したいま、最後に残っている〝菊池さんにみられて困るもの〟はこちらの味の素のギフト用の箱だけで、前回詰め合わせの受け取りを拒否したとき、お母さまは、
「わたしが捧げたパンティーは処分していただいて結構です。ですが、わたしがそれを受け取ることは倫理上できません」
 といっていて、だから先日大掛かりな断捨離を敢行したさい、ぼくはおもいきってぜんぶ捨ててしまおうかとも思ったのだけれど、しかしこのいわゆる捧げ物の分別方法も考えれば考えるほど謎が深まるだけだったし、インターネットで調べて、
「どこかで供養したほうがいいのかな……」
 という気持ちにもちょこっとなっていたので、けっきょくぼくはこのように詰め合わせの箱を現在も所有しているのであった。
 お寺だとか神社みたいなところで〝お焚き上げ〟のようなことをしてもらえば、とりあえずおなじ処分でも体裁がよいわけで、もうこうなったら供養するという方向で処分方法は一本化するしかないのかもしれないがまあそれはともかくとして、すみれクンのお母さまによると、娘のすみれクンはなんでも今度メロコトン博士の正式な後継者(?)に任命されたのだそうで、生涯独身だったメロコトン博士は例の屋敷もすみれクンに託すことに決めたらしい。
「弁護士みたいな方がこられて、わたしも緊張しました」
「すみれさんがメロコトン博士の研究を引き継ぐわけなんですか」
「ええ、そうなんです」
 ご存知のようにすみれクンはメロコトン博士の静養先までおもむいてマッサージ等の奉仕をおこなっていたので、当初ぼくは、
「そりゃあ、ノーパンでマッサージしてもらったら、感謝するよなぁ」
 という感じでとくにすみれクンが登用されていることも気にかけていなかったのだけれど、博士がこれだけすみれクンに信頼を置いているということは、よもやノーパンマッサージだけが要因ではないはずで、ピーチタルト帝国で生活しはじめたころ、すみれクンから電話がかかってきて、
「メロコトン博士からの伝言です」
「うん」
「あの手順書はあきらかに一か所ミスがある。おそらく『気分はピンク・シャワー』をうたう回数なのだろうけれど、どうしても計算できん。申し訳ない」
「ふむふむ」
「やっぱりあちらの世界には行けなかったんですか?」
「まあ少なくとも、あの手順書に沿ってるかぎりは行けないよね」
「『気分はピンク・シャワー』を何回うたえばいいのかなぁ……」
「おれの勘だけどさぁ、たぶん『気分はピンク・シャワー』自体が間違っているんだよ」
「曲がちがうってこと?」
「うん――奴さんにいっときな。船倉博士がそういうヒントをくれたって」
 という会話を交わしたことはあったけれど、その後も博士は一か所のそのミスの部分をどうしても解き明かせなかったみたいで、で、そちらのほうの研究も弟子のすみれクンにすべて任せることにしたようなのだ。
 メロコトン博士はここのところずいぶん体調がわるくてリハビリ施設にも通っていないらしく、すみれクンのお母さまがいうにはそれはうまい棒の食べ過ぎが原因らしいが、駄菓子屋でチューチューアイスを買うついでに何本かうまい棒も買ってみたらしいすみれクンのお母さまは、
「ああいうのは、若い人じゃないと、なかなか食べられないでしょうね」
 といいつつ、どこのお菓子屋さんにもチューチューしにくいチューチューアイスは売ってないともこぼしていて、ぼくが、
「そんな調査もしてたんですか?」
 ときいてみると、お母さまは、
「ええ。それでわたしかんがえたんですけど――雪子さんは自分の母親に会いに行ったんじゃないかと思うんです」
 とご自身が立てた仮説を検討するよう、こちらにもとめてきた。
 すみれクンのお母さまはすみれクンを産んだ当初母乳がほとんど出なかったらしく、それでチューチューしにくそうにしていた赤ちゃん時代のすみれクンをふと思いだして先のような仮説を立てたようだが、すみれクンのお母さまは雪子さんの母親がすでに他界されていることは小春おばちゃんを通して知っているけれどもその母親の母乳の調子まではまだわかっていないのだそうで、だからお母さまは今回の調査では、そのあたりのことも小春おばちゃんなり雪子さんのお兄さんなりに、
「うかがってみようと思ってるんです」
 とのことなのであった。
 味の素のギフト用の箱を開けたすみれクンのお母さまは、先生に上納したかつての自身のパンティーを箱から出してひろげたりまた畳んだりしていて、おそらくお母さまはそうやりながらもチューチュー関連のさらなる仮説を立てているのだろうが、しばらく長考していたお母さまはやがて花柄のものすごくはき込んでいるパンティーがないことに気づくと、わたくし船倉センセにたいしても花柄パンティーにまつわる仮説をいろいろ立ててきて、センセはそのたび、
「いや、そんな使い方はしてないですよ」
 ともちろんその仮説を否定してはいたのだが、
「じつはうっかりテレビのモニターをあの花柄のめちゃくちゃはき込んでいるパンティーで拭いちゃったことがあったんです。だからそのあとは洗ってどこかに仕舞ったはずなんだけど……」
 とタンスやコロ収をがさごそやっても、どこにも花柄のパンティーはまぎれこんでいなくて、だからけっきょくすみれクンのお母さまが出した花柄のパンティーにまつわる仮説も、
「そんな方法は考えたこともないですよ」
「だって、汚しちゃったんでしょ」
 と完全に否定することはできなかったのである。
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