第5話

文字数 2,578文字


      その二十九  (5)

 ミニスターに頼んだ前回の調査では、ガトーショコラ帝国にトビッキリうんぬんという会社の存在は確認できなかったのだが、トビッキリの母体は藤吉郎さんの読み通りどうもガトーショコラの巨大企業フェイスメタン社で間違いないようで、ただK市への進出は完全に諦めていて、トビッキリ法人もわれわれの国から近々撤退するらしい。
 ぼくが范礼一さんに頼んでいたことはまだ二つほどあって、その一つは例の本社の人がもっていったファミコンのカセットが何であったか、ということの調査なのだけれど、これはもう「ピーピーねえねの冒険島」以外かんがえられないのだそうで、というのも、ガトーショコラでは「ピーピーねえねの冒険島」は法律により所持を固く禁じられているようなのである。
「向こうでは、もってるだけで罪なんですか?」
「所持は基本重罪です。国交断絶している国と国の出入国を時空管理局の人間が取り持った場合、電気アンマ二十年の刑なんですけど、『ピーピーねえねの冒険島』の所持もそれとほぼおなじ電気アンマ十八年ですからね」
「電気アンマを十八年も喰らいつづけていたら、どっちみち死んじまいますなぁ。わっはっはっはっはぁ」
 もう一つのほうはおもちゃの硬貨についてで、現物を見たすみれクンのお母さまと洗濯機と乾燥機をおもちゃ硬貨によって作動させた経験のある菊池さんのお話をかんがみた結果、われわれの国でちょうどエリマキトカゲブームのころくらいに発売されていた「銭形平次の変身セット」に入っていた投げつけ用一文銭なのでは、という見解をぼくは示したのだけれど、この投げつけ用一文銭はティラミス帝国ではこちらでいえば二月三日の節分の日にあたるようなときにナマハゲ然としたやつに子どもたちが投げつける習慣になっているのだそうで、だから范礼一さんは、
「ティラミスとは仲良くやってますからね」
 とインスタントコーヒーの空き瓶にそのなげつけ用一文銭を満杯に入れてぼくに手渡してくれた。
「すみません。助かります」
「しかし『ピーピーねえねの冒険島』を入手することはほぼ不可能ですね。ガトーショコラ当局なら没収したものをもってるでしょうけど、なにしろいまあそことは国交断絶中ですからね」
「K市にもどって探してみますよ。ウチの兄貴もファミコン好きだったから、もってるかもしれないし」
「パイドンさん、例の地コーラの瓶もお願いしますね。皇帝から電話かかってきたら、もうめっけましたっていっちゃいますよ」
「わかりました。あっ、そうだ、ジャクソン皇帝に断っておいたほうがいいですかね? しばらくこちらを留守にすると思うんで――」
「もし明朝立つのであれば、わたしのほうから皇帝にいっておきますよ。どっちみち明日は宮廷に行くので」
「そうですか――じゃ、お願いしちゃおうかな」
「K市からこっちにくるときの手順の省略化は、まあ最低でも一曲はうたわないと厳しいと思うけど、機材とか部屋とかはどこでも大丈夫のようにはたぶんできるんで、任せておいてください。うたう曲が決まったらメールで送りますよ」
 われわれは藤吉郎さんが好きだという「夜這いはバイバイ本当は来い来い」シリーズを観ていて、ちなみにぼくは缶ビールを飲みながらおつまみベビーチーズをちびちび食べていたのだけれど、ちびちびはともかく、これはくり返しになるかもしれないが、いま国交断絶しているガトーショコラへピーチタルトの国民がもし入ったら確実に電気アンマの刑をしかもダブルアンマで二十年ちかく喰らうわけで……もちろん時空管理局の人も、いくらこちらが接待しても、この件だけは命がかかっているので到底無理なようなのである。
 しかしぼくがピーチタルトを通さず地元経由でガトーショコラにおもむくのであれば問題はなく、ただし藤吉郎さんをもってしてもK市とガトーショコラの〝繋ぎ〟を受け持っている時空交換手にたいしてまではコネをもっていないようなので、どうにかして自力でガトーショコラに行かなければならないのだが、
「その田上雪子っていうのを探して、どうするんですか?」
 という藤吉郎さんの素朴な疑問にたいしては、森中市長のお詫び行脚あたりから話をはじめると、
「どうしてお詫びしなくちゃならないんですか?」
 とさらなる疑問が湧いて話がどんどん長くなるので、ぼくはてきとうに、
「小春おばちゃんが心配してるんで」
 とこたえていて、じっさいとくにすみれクンのお母さまなどは、市長のためというよりも小春おばちゃんのために田上雪子さんを捜している感じなのだ。
 すみれクンのお母さまによると、小春おばちゃんは三原監督が撮ることになるだろうそのドキュメンタリー映画にご自身も完全に出演する気でいるらしく、だからおばちゃんはお母さまが再調査に訪れたさいも自分が着る物を、
「インタビューのときはどの服がいいですかね」
 とお母さまに何着かみせてきたようなのだが、じつをいうとぼくは今度の「雪子さん捜索冬の陣」では川上さんを先陣として起用しようと思っていて、というのは、まず大奥総合病院より有料式乾燥機経由でスカウトされることこそが重要だとわたくしピーチパイドンはかんがえているからである。
 なぜすみれクンのお母さまでなく川上さんを起用するかというと、それはすみれクンのお母さまもなるほどとくにキャミワンピを着ているときはとても色っぽくてこちらのほうもついつい火の玉になっちゃったりするけれどもいざ世継ぎを産むとなると年齢的に相当厳しいものがあるからで、きっとあちらのスカウトは受胎できるか否かの問題を一番にかんがえているので、いくらキャミワンピ姿が色っぽくても手順書をよこしてはこないだろうとぼくは読んでいるためなのだけれど、しかし川上さんであればご自身いわく「とても変態」なわけだから、あちらも有料式乾燥機のなかでくるくる回っている下着を見て、
「これは!」
 と飛びついてくるはずで、このことは川上さんにはすでにざっと伝えてあるのだが、それでもピーチタルトのことだとかガトーショコラの次期皇帝の世継ぎ問題だとかを説明するわけにもさすがにいかないので、ぼくのそんな辻褄の合わない話をきいても川上さんはなんとなくわたくしG=Mが川上さんの下着をただ拝借したいだけだと捉えているようだった。
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