書状①(現代語訳)

文字数 878文字

 平戸のみんなは元気にしてるかな? 
 この書状とオレと、どっちが先に帰国することになるかは分からんが、万一のこともあるから書き記しておく。

 先日、日本人乗組員のうち8名が、マニラのイエズス教会で受洗することになった。航海中に部下の長野ガブリエルがうまいこと説得したんだ。
 で、船長のオレはイスパニア人から大歓迎を受けた。日本では一気に多くの者が改宗することは珍しくないが、フェリペナスでは話が違うらしい。

 驚くなかれ、儀式を執り行ったのはサラサール大司教だ。しかもベラ総督を始め、政府高官の錚々(そうそう)たるメンツが、一人ずつ日本人の洗礼親として付いてくれた。

 なぜこれほどまでに厚遇してくれるのか。向こうははっきり言わないが、さすがに怪しいと思って、オレはちょっと調べてみた。
 彼らはどうも、本国の王に明国攻めを命じられているようなんだな。しかしろくな装備を持っておらず、遠征なんてとても無理。そこへ戦慣れした、しかも水軍を持つ松浦家が交易を申し出てきたもんだから、渡りに舟ってわけだ。いざ明国との戦が始まったら、オレたちを先鋒隊に仕立て上げる気だぞ。

 邪険にすることはない。こっちも利用したらいいんだ。
 何しろ松浦家だって関白の九州攻めがあった。苦しいのは同じだ。豊臣勢力には服従したふりをしておいて、今後はイスパニアと手を結ぶべきなんじゃないか?
 いやあ、こんなことを思いついちゃうなんて、オレって天才!

 交易の方はバッチリだ。ずいぶん儲かった。お殿様はさぞお喜びになるだろう。
 そんなわけで、お前にはずっと苦労をかけてきたが、もう心配ないぞ。我が家は莫大な恩賞に預かるだろう。

 オレはもう、お前の知るダメ男じゃない。ベラ総督はオレのことが大のお気に入りでね。昨今はキリシタン武将も珍しくないが、このオレほど信者としての功績を挙げた者はいないだろう。

 お前もデウス様にこの幸運を感謝し、祈りを捧げなさい。子供たちにもよくよく言い含め、教会での勤行を欠かさぬように。謹言(アーメン)

 天正十四年十月吉日                  吉近バルタサル(花押)
 モニカ殿
 
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