第一話 謎の男
文字数 2,035文字
「やっぱり変でしょ?」
革張りの黒いソファに背を預けたまま、顔だけをおじさんの方へ向けた。
わたしの話を聞き終わって、まず反応したのはユウキちゃんだ。
「普通に考えれば、リストラされて暇を持て余しているオジサンじゃないの? あっ、おじさんのことじゃないよ」
思わず笑っちゃった。
確かにいつも暇そうにしてるものね。
このソファにお客さんというか、探偵事務所へ依頼をしに来た人が座っているのなんて見たことないし。
理由 あって前の会社を辞めて探偵を始めたみたいだけれど、その辺のことは詳しく知らないからなぁ。
「それじゃぁつまんないじゃん。
例えば、何かスパイ活動をしているとか、あそこから宇宙と交信できるとか……。
ひょっとしたら、異世界へのゲートに繋がっているとか!」
「まーた、朋華 の妄想が始まったよ……。
学校が爆撃されるとか、リア充な高校生は逮捕されるとか言ってたときの方がまだマシじゃん。
百歩譲って、宇宙ならともかく異世界なんて――ぇげッ!」
座ったまま体を捻った右ストレートが、横に立っていたおじさんの脇腹を抉 る。
「まったく……。高校生が胸に抱くロマンってものが分からないかなぁ。これだから、近頃のオジサンは、って言われるんだよ」
今の腹パンはタイミングといい、当たる強さといい、ばっちりだったので大満足。
ちょっと不服そうなおじさんのことは無視しておこう。
*
ここは水城 探偵事務所、平日の夕方によくある光景。
遺産として譲り受けた、この六階建て貸しビルの管理人もおじさんは兼ねていて、事務所は一階にある。探偵事務所と言っても映画やドラマみたいなことはなく、むしろ管理人さんが本業みたいな感じ。
暇を持て余しているみたいだから、わたしだけじゃなく登校班の見守りで仲良くなった子がちょくちょく遊びに来るようになり、おやつを食べたり、本を読んだり、Youtubeを見て帰っていく。こども好きなおじさんへのボランティア活動、といった所ね。
表通りに面した扉を入って右手には、わたしたちの定位置となっている応接ソファーがあって、その奥に事務机が二つ。壁際にある書類棚の上に置いてあるテレビには二時間ドラマが映ってた。
わたしの向かいに座る中学一年生のユウキちゃんも常連さんだ。小柄で二重の目が印象的な彼女とは三年くらい前にここで知り合った。顔を合わせる機会も多く、こんな妹がいたらなぁ、なんて思っている。
この日みんなで盛り上がった、わたしが遭遇した
ほら、この前バイト始めたって言ったでしょ。
クリスマスも近いし、冬休みもあるから少しお金が欲しいなぁと思って、土曜日だけじゃなくて試験休みにも区役所の売店でバイトを始めたの。ママも、短期間だし、そういう所ならいいよって。
そうしたら、二日目に変な人がいるのに気がついたんだ。
隅っこのカウンターみたいな所でコンビニのお弁当を食べてるの。そういう人ってあまりいないから目立つんだよね。
バイトの先輩に聞いたら、毎日来てるんだって。
そこは元々、公衆電話って言うの? それが置いてあったんだけど、取り外して台だけが残ってて。これはお掃除のおばさんから聞いた話。
私みたいな高校生がバイトに来るのは珍しいらしくって、みんな優しくしてくれるんだ。
で、気になっちゃって、お昼ごろになると注意してるんだけど、やっぱり毎日来るんだよねー、そのオジサン。
――で、このオジサンの正体は? と言う話。
いきなり探偵らしくなったおじさんが情報収集してくる。
「その人は、お弁当だけ食べて帰るの?」
「うーん、分からない。売店から見えるのは食べてるところだけ。でも、どこか区役所の中に用事があって来てるのかも」
「区役所に毎日来る用事なんてあるのかなぁ」
ユウキちゃん、鋭い。
そうなんだよねぇ。そこが不思議なの。
「どんな服装してる?」
「普通のサラリーマン、って感じ。スーツ着てネクタイしてるし。でも会社に行ってるなら、わざわざ区役所へ来て食べないよね?
だから、みんなで怪しいって言ってるの」
見るからに怪しそうな恰好じゃないから、余計に怪しい。
スパイのような危険な匂いはしないけれど。
「他に何か気が付いたことはある?」
「これもお掃除のおばさんから聞いたんだけど、夕方にトイレだけ使って帰ったことがあるんだって」
「夕方? 何時ごろ?」
「区役所が閉まる前だって言ってたから、五時ごろじゃないかなぁ」
わたしが知っているのはここまで。
これだけじゃ、あの男の人が何者かなんて分からないけれど、みんなで推理してみるのも楽しそう。
そう思ってたら、いきなり思わぬ方向から渋い低音の声が聞こえてきた。
「それは、やっぱりストーカーじゃないか?」
革張りの黒いソファに背を預けたまま、顔だけをおじさんの方へ向けた。
わたしの話を聞き終わって、まず反応したのはユウキちゃんだ。
「普通に考えれば、リストラされて暇を持て余しているオジサンじゃないの? あっ、おじさんのことじゃないよ」
思わず笑っちゃった。
確かにいつも暇そうにしてるものね。
このソファにお客さんというか、探偵事務所へ依頼をしに来た人が座っているのなんて見たことないし。
「それじゃぁつまんないじゃん。
例えば、何かスパイ活動をしているとか、あそこから宇宙と交信できるとか……。
ひょっとしたら、異世界へのゲートに繋がっているとか!」
「まーた、
学校が爆撃されるとか、リア充な高校生は逮捕されるとか言ってたときの方がまだマシじゃん。
百歩譲って、宇宙ならともかく異世界なんて――ぇげッ!」
座ったまま体を捻った右ストレートが、横に立っていたおじさんの脇腹を
「まったく……。高校生が胸に抱くロマンってものが分からないかなぁ。これだから、近頃のオジサンは、って言われるんだよ」
今の腹パンはタイミングといい、当たる強さといい、ばっちりだったので大満足。
ちょっと不服そうなおじさんのことは無視しておこう。
*
ここは
遺産として譲り受けた、この六階建て貸しビルの管理人もおじさんは兼ねていて、事務所は一階にある。探偵事務所と言っても映画やドラマみたいなことはなく、むしろ管理人さんが本業みたいな感じ。
暇を持て余しているみたいだから、わたしだけじゃなく登校班の見守りで仲良くなった子がちょくちょく遊びに来るようになり、おやつを食べたり、本を読んだり、Youtubeを見て帰っていく。こども好きなおじさんへのボランティア活動、といった所ね。
表通りに面した扉を入って右手には、わたしたちの定位置となっている応接ソファーがあって、その奥に事務机が二つ。壁際にある書類棚の上に置いてあるテレビには二時間ドラマが映ってた。
わたしの向かいに座る中学一年生のユウキちゃんも常連さんだ。小柄で二重の目が印象的な彼女とは三年くらい前にここで知り合った。顔を合わせる機会も多く、こんな妹がいたらなぁ、なんて思っている。
この日みんなで盛り上がった、わたしが遭遇した
謎の男
とは――ほら、この前バイト始めたって言ったでしょ。
クリスマスも近いし、冬休みもあるから少しお金が欲しいなぁと思って、土曜日だけじゃなくて試験休みにも区役所の売店でバイトを始めたの。ママも、短期間だし、そういう所ならいいよって。
そうしたら、二日目に変な人がいるのに気がついたんだ。
隅っこのカウンターみたいな所でコンビニのお弁当を食べてるの。そういう人ってあまりいないから目立つんだよね。
バイトの先輩に聞いたら、毎日来てるんだって。
そこは元々、公衆電話って言うの? それが置いてあったんだけど、取り外して台だけが残ってて。これはお掃除のおばさんから聞いた話。
私みたいな高校生がバイトに来るのは珍しいらしくって、みんな優しくしてくれるんだ。
で、気になっちゃって、お昼ごろになると注意してるんだけど、やっぱり毎日来るんだよねー、そのオジサン。
――で、このオジサンの正体は? と言う話。
いきなり探偵らしくなったおじさんが情報収集してくる。
「その人は、お弁当だけ食べて帰るの?」
「うーん、分からない。売店から見えるのは食べてるところだけ。でも、どこか区役所の中に用事があって来てるのかも」
「区役所に毎日来る用事なんてあるのかなぁ」
ユウキちゃん、鋭い。
そうなんだよねぇ。そこが不思議なの。
「どんな服装してる?」
「普通のサラリーマン、って感じ。スーツ着てネクタイしてるし。でも会社に行ってるなら、わざわざ区役所へ来て食べないよね?
だから、みんなで怪しいって言ってるの」
見るからに怪しそうな恰好じゃないから、余計に怪しい。
スパイのような危険な匂いはしないけれど。
「他に何か気が付いたことはある?」
「これもお掃除のおばさんから聞いたんだけど、夕方にトイレだけ使って帰ったことがあるんだって」
「夕方? 何時ごろ?」
「区役所が閉まる前だって言ってたから、五時ごろじゃないかなぁ」
わたしが知っているのはここまで。
これだけじゃ、あの男の人が何者かなんて分からないけれど、みんなで推理してみるのも楽しそう。
そう思ってたら、いきなり思わぬ方向から渋い低音の声が聞こえてきた。
「それは、やっぱりストーカーじゃないか?」