マモルの実験観察(追加実験)

文字数 2,771文字

「ここ、中間テストで必ず出します。でも、ちょっとひねって出題するから、よーく復習して、ひっかからないように気をつけること。」
 数学の吉沢先生の言葉に対し、えー! とか、はい、わかりましたとか、難しいよーとか色んな反応が教室内で起きる。
 だが。そんなことにはお構いなしで居眠りを続行しているのが、隣の席のマミちゃんだ。シッポがヒラヒラしている。マミちゃんが居眠りするたびに、ドキドキハラハラだ。
 でも、マミちゃんは、授業中に指されても、返却された小テストをちらっとのぞき見しても、そこそこ正答率は高い。居眠りしているのは、叔母さんのお店の手伝いのあと夜遅くまで勉強しているからだろうか。タヌキは夜行性らしいし。
 
 探偵事務所がぼくの脳内で営業を再開する。
「授業中は居眠り。家に帰ってからは、お店の手伝い。勉強はそこそこできる。で、タヌキは夜行性だ。林田少女は、夜中はどうしていると考えるかい? わが助手よ。」
「やはり、夜遅くまで勉強しているのでは? ミニホー。」
「だからその呼び方を止めたまえ、わが助手よ。それなら、授業中に居眠りなどせず、集中して先生の話を聞いていた方が、よっぽど効率的ではないのかね? それに、授業でわからない所があると、隣の町村少年に何でも聞いてくる、という証言もある。これで学力をつけている、という推理も成り立つのではないかね。」
「そうは言っても、タヌキは夜行性なんだから、夜は起きてるんじゃないか?」
「そう、そこが問題だ。彼女は夜遅くまで起きている。では、いったい何をしているのだろうか。ここは少年探偵に調査を頼むとしよう。」
 こうして今夜、ぼくは張り込み調査を決行することになった。
 
 満月亭は夜の九時半までの営業だが、テイクアウトは、七時半まで。でもそんな時間に行っても、マミちゃんは、ご飯を食べたりお風呂(!)に入ったりしているだけかも知れない。ぼくは思い切って夜の十時過ぎに家を出た。親に見つかっても「ちょっとジョギング」と言い訳できるよう、Tシャツと学校のハーフパンツに着替え、物音をたてないように外に出る。実際に満月亭まで軽く走りながら向かった。
 その夜は、輪郭がややぼやけた満月が空を照らしていた。
 道路を挟んで満月亭を見ると、一階のお店は、看板の照明は消え、叔母さんと「焼き方のじいちゃん」らしき人がお店を片付けているようだ。住居のある二階は、三つある窓全部に明かりがついている。ぼくは、張り込みの探偵のように、雑居ビルの間に身を隠し、変化が起きるのを待つ。とはいえ、中学生が夜更けまでこんな場所をうろうろしているわけにもいかない。どの部屋かわからないけど、一時間くらい待ってみて、灯りがつきっぱなしの部屋があれば、マミちゃんは夜遅くまで勉強しているってことにしよう。
 三十分ほど経過すると、店舗の電気は完全に消え、叔母さんと焼き方のじいちゃんが出てきた。叔母さんは引き戸の鍵を閉め、外階段から二階に上がり、じいちゃんは駅方向に歩き出した。さらに二十分ほど経過。
変化が起きた。二階の、真ん中の部屋の明かりが消えた。
 あ、マミちゃんもう寝るの? やや拍子抜けしながらも、少し安心して帰路につこうとした瞬間。満月亭の外階段の上にあるドアが開き、明かりが漏れる。中から出てきたのは、マミちゃんだ。ドアの鍵を閉めると、トントントンと階段を小気味よく降りてくる。ぼくと同じようにTシャツにハーフパンツ姿だ。背中には小さなナップザックを背負っている。ぼくは再びビルの間に身を隠したが、見失いそうになったので、五十メートルほど間隔を開けて、なるべく電灯の影になっている側を選んで後をつける。そんなことも知らず、マミちゃんはリズミカルに月夜の道を駆けて行く。
 五分ほど走ると、マミちゃんが足を止めた。野々川の緑地公園の中だ。野々川は谷低を流れ、その両脇は深々と草が生い茂っている。
 ストレッチでも始めるのかな、とマミちゃんに見つからないように遠巻きに観察していると、公園の端の暗い茂みの方に向かう。
 立ち止まると辺りを見回した。そして。背負っていたナップザックを降ろし、服を脱ぎ始めた! 何でこんなところで! え! パンツまでも! さっき見回した時に、ぼくがいることに気づいてよ!
 マミちゃんは、ノゾキ魔がいるのもつゆ知らず、脱いだ衣類をナップザックにしまい、再び背負い、見えなくなった。のではなくて、シュルルルンと、シッポの生えた小さな動物に姿を変えたのだ。ナップザックを背負ったまま、深い茂みにサッと飛び込んだ。

 マミちゃんと出会ってから、頭の中が真っ白になったのはこれで三回目だ。どうしていいか分からず、公園のベンチに座り込んだ。マミちゃんはタヌキに戻って何をしているんだろう? いや、そんなことよりも、ぼくはここにいちゃいけないよね? 帰らなくちゃ、と思ったものの、半分心配、半分好奇心で、ここを去る気にはなれない。結局のところ、しばらくマミちゃんの帰りをぼーっと待っていた。

 カサカサ。
 
 茂みの草が揺れる。ぼくは慌ててベンチの影に隠れて身を低くする。そっと音のする方を見ていると、一匹のタヌキが飛び出してきた。
 タヌキは用心深く周囲を見回し(あの、ぼくが見てますけど)、背負っていたナップザックを降ろし、服を取り出した。ぼくはくるっと背を向け、「見てない見てない」と心の中で繰り返した。でも低い姿勢で慌てて背を向けたのがよくなかった。ぼくはバランスを崩し、地面にどしんと横倒しになった。
 倒れたまま、人間に戻ったマミちゃんと目が合った。マミちゃんは、「ふりゅん」という謎の声を残して失神し、その場に崩れた。マミちゃんが気絶したのを見たのはこれで二回目だ。でも、前と違うのは、マミちゃんが服を着ていないこと・・・パンツはどうにか間に合ったみたいだ。
 
 どうしよう? どうしようって服を着せて連れて帰るしかないでしょ。もしこんな所に誰かと出くわしたら! 回らない頭に頼ることをやめ、機械的に、なるべく淡々となるべくテキパキと服を着せ(ブラ? サポーター? らしきものは省略させていただき、ナップザックにしまったが)、まだ目を覚まさないのを確かめると、ぼくは覚悟を決めてマミちゃんを背負い、満月亭に向かって歩き出した。

 月明かりを気にしながら歩いていると、背中から「うーん」と小さなうめき声が聞こえた。気がついたらしいマミちゃんは、一瞬ビクッと体を震わせたが、またおとなしく背負われている。

「気がついた?」
「うん。」
「大丈夫?」
「うん。」
「自分で歩く?」

「・・・ううん。」

 その女の子は思ってたよりもちっちゃくて、軽かった。
 マミちゃんは、そのまま眠ったようだ。結局満月亭に着くまで、ぼくに背負われたままだった。
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