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 何言ってるんだ……? 目を点にしていたら、3人の教授たちは消えた。いつの間にか司会をしていた事務方もいない。残されたのは生徒だけ。ちょっと待てよ、え? これ、マジ? まさか、認めたくはないけど……。

「俺たち、本当に異世界に来たのか!?」

 俺が思わず叫ぶと、一部の生徒以外がパニックになる。

「じょ、冗談じゃねぇ! なんでこんな場所に!?」
「これは夢、これは夢、これは夢……」
「いやぁぁっ! お母さ~ん!!」

 くそ、なんてこった。床……地面を触ると、しっかりとした土の感触。これは映像じゃない。現実だ。

 なんでこうなった。俺は東京で、のんびりとひとり暮らししたかっただけだ。モラトリアムかもしれないけど、平和に過ごしたい。それだけ。
 
 なのに、なんで異世界!? 大体、神仏学部だろ? 普通の神学部や仏教学部じゃないけど、神仏学部って、哲学とか宗教の歴史とかそういうことを勉強するんじゃないのか? これじゃあまるで、RPGの魔導士育成学部じゃねーか!

「くそっ! くそっ!!」

 自分でも気づかないうち、地面を拳で叩く。その手を後ろから誰かが止めた。

「そんなことしてもムダだ。考えろ、元の世界に戻ることを」
「君は……」

 振り向くとそこには、昨日見かけた美人がいた。今日はスーツだが、その格好には不似合いな帽子もかぶっている。

「みんな、落ち着け! 入学式に出されたお題なら簡単だ! 教授たちは無学な私たちでも、元の世界に戻れるとわかっているから出題したはず!」

 この子のいうことは妙に納得できる。確かにその通りだ。もし、俺らが元の世界に戻れなかったら、『新入生90名行方不明』と明日の朝刊、早ければ夜のネットニュースにでも載るだろう。大学からしたら大問題だ。そうだ、ここは冷静にならないと。

「へぇ、ボクたちに教授たちからの挑戦状ってわけね。やってやろうじゃん」
 
 ショートカットの女の子が、腕まくりをする。ちっこい子だけどガッツはありそうだ。

「で、ですが、やっぱり呪文……のようなものが必要なのでしょうか? 三池教授が私たちをここに連れてきたときみたいに」

 近くに座っていた巨乳でふわふわした子が、不安げに手を挙げる。

「呪文なんて知らねーぞ!?」
「思い出そうよ! 誰か覚えてない?」

 みんながどんどん案を出し合い始める。そんな中、俺はかなりベタなことを考えていた。

「あのさ、あそこの井戸……すげぇ不自然じゃね? この辺り、家も村みたいなものもない」
「……君はどう思ってるの?」

 美人が俺をじっと見つめる。

「もしかしてなんだけど、あの井戸が世界と世界をつないでるとか」
「それ! マンガとかでよくあるよね!」

 ボクっ子が食いついてくる。

「あそこに入れば、元の世界に戻れるんですか?」

 ふわふわちゃんも潤んだ瞳で俺を見つめる。自信はない。だけど、やってみるしかない。井戸に落ちても服が濡れるだけだ。元の世界に戻れる可能性があるなら、試す価値はある。

「待って」
 
 俺が井戸に近づこうとすると、美人がそれを止めた。

「私が行く。君よりも小柄だし、確認するだけなら私の方が適任だ。君は、ダメだったときに、私を引き上げて欲しい」
「そうだな、わかった」

 井戸のふちに座ると、縄を身体に巻く。俺はそれをゆっくりと下へと下ろす。しばらく降ろすと、ふいに重さがなくなる。

「おーい!!」

 声をかけても何も返ってこない。縄を引き上げると、そこには誰もいなかった。これはもしかしたら、行ける?

「よしっ! もうひとり誰か、行ってきてくれ!」
「ボクが行くよ」

 この子ならちっこいからな。すぐに井戸の中へ下ろすが、やっぱり呼びかけても返事はない。

「みんな! ここが元の世界の出口だ!!」

 俺が叫ぶと、次から次へと生徒が井戸へと飛び込む。そんな中、ふわふわちゃんだけが最後まで残って震えていた。

「どうした? 怖いのか?」
「ひぇっ!! ご、ごめんなさい! 怒ってるかと……」

 くそ、こんなところで顔が怖いと言われるなんて……。慣れてはいるけど、かわいい子に言われると傷つく。

「怒ってねぇよ。最後まで残ってたのは、なんでだ?」
「やっぱり勇気がなくって……」
「だったら俺と一緒に行こう」

 俺はふわふわちゃんに縄を巻き付け、俺もそれに捕まった。あとはつるべ落としだ。衝撃を覚悟したが、目を開けるとそこは元の世界……大学のホールだった。

「よかった。これで全員だな」

 美人が安堵のため息をつく。

「待っててくれたんだな、みんな」
「これから4年間一緒に学ぶ仲間だもん!」

 ボクっ子も嬉しいことを言ってくれる。

 ――浄正大学神仏学部。神学とも仏教徒も全く関係ない、RPGの世界の魔導士を育成するらしい謎の学部。合格発表のときに『厨二学部』と言われた意味が今ならわかる。確かに厨二。習うことも勉強する世界も、すべてが。
 やっかいなことに巻き込まれたなと思ったが、入学してしまったらしょうがない。俺はこれから4年間、ここで意味の分からない魔法の研究をするんだ――

「君、名前は?」
「黒巣遥。君は?」
「私は……」

 美人は帽子を取ると、凛とした顔で名乗った。

三蔵綾乃(さんぞう・あやの)。よろしく」

 俺は唖然とした。昨日の彼女は黒くてきれいな長い髪だったのに……帽子を取ったらツルツルの坊主に変わっていたのだ。

◇◆◇

「あー! 1年み~っけ!! これで20人確保だね♪」
「わっ!?」

 くたくたになってホールを出ると、茶髪でくりんとした目の女の子が俺に飛びついてきた。

「何するんですか!」
「うひゃっ! こ、こわ……」

 くそ、また女の子に怖がられてしまった……。そんなに怖いか? 俺の顔。

「天利先輩! 大丈夫ですか?」
「3ぼーず!」

 な、何? スリーボウズ? 振り向くとそこには、名前の通り3人の坊主がいた。

「おい、てめぇ! 天利先輩に何したんだよ!」
「状況によってはお仕置きしないといけないな」
「ふう~ん、君、顔は怖いけど、髪いじったら結構イケメンになりそう!」

 3人の坊主たちは、俺をまじまじと見つめて好き勝手なことを言う。しかし、坊主も3人集まると、個性がもろに出るんだな……。
 ひとりは筋肉がついてガタイのいい坊主。もうひとりは少しサディスティックな感じのメガネインテリ。最後の坊主はラインが入ってチャラい。共通しているのは、身長が高いことだ。180はあるだろう。

 その3人に囲まれた俺は、ただ縮こまるだけだ。得体の知れないやつらに囲まれるのは慣れているけど、この人たち、何者なんだ?

「あー、ちょっとびっくりしただけだよ。ごめんね、1年次くん」

 天利と呼ばれた茶髪の先輩は、3人の坊主を押さえ前に出た。

「あたしたちも、神仏学部なの。で、今日、新入生歓迎会を開こうと思ってここで張ってたってわけ」
 
 いきなり入学式で異世界に飛ばされて、みんなでなんとか戻ってきたのがちょうど今。逃げる間もなく捕まったって感じか。さっきの三蔵さんも、ショートカットのボクっ子もいる。俺より遅く出てきたふわふわちゃんも、泣きそうな顔をして混ざっている状態。

「とりあえず20人確保したし、新歓会場へ向かいましょうか」

 メガネインテリ坊主が天利先輩にたずねると、首を縦に振る。

「そうだね、じゃあみんな移動っ!」

 天利先輩と3人の坊主たちは、新入生を逃がさないように見張る。
 逃げられそうもないし、この捕まっていたみんなを前に逃げることもはばかられる。仕方なく俺も、新歓会場へ行くことにした。

                                   ◇◆◇

 連れていかれたのは、居酒屋大爆笑。なんだかんだ言って教会の息子だった俺は、真面目だったのかもしれない。こんな場所に来るのは初めてだった。
 でも大丈夫なのか? 1年はみんなスーツで、新入生だって一目でバレてしまう。未成年ばかりなのに、居酒屋なんて……。

 心配していたら、天利先輩が店員に話しかけていた。

「浄正大の神仏学部です! 大丈夫だよね?」
「神仏学部なら未成年がいても問題ないですよ。どうぞ、奧へ」

 いいのか? 本当に。条例に違反とかしてないのか? 普通の居酒屋だったら未成年がいたら絶対嫌がるはずなのに。
 とりあえず席に着くと、3坊主先輩方がメニューを配る。

「一応飲み放題だから。料理は注文してある。足りなければ追加ね?」

 チャラ坊主先輩がにこっと笑うと、数人いた女の子たちの頬が赤くなる。……まぁイケメンだよな、坊主だけど。

「無論、酒は禁止だからな?」
「俺たちは20超えてるからいいが、君たちは未成年だ。わきまえるように」

 筋肉坊主先輩とインテリ坊主先輩が俺らに釘をさす。先輩のいうことは守らないとな。下手するとここ周辺の大学、すべてが居酒屋出禁になる可能性もあるから。
 ……といいながら、新歓で未成年でも普通に飲んでいるとよく聞くけど。

「決まった~? じゃあ、ウーロン茶の人~!」

 数人が手を挙げる。それからジュースやコーラなど、挙手させて、それを数える天利先輩。

「で? 3人は何にするの?」
「オレはカルアミルク!」

 おっと、チャラ坊主先輩はもっと強い酒でも飲むと思ったのに、意外だ。と、思ったら。

「……カルアなしで!」

 は? カルアミルク、カルア抜きって!? 他のふたりの坊主先輩も変なオーダーをする。

「緑茶ハイ、アルコール抜き」
「……スクリュードライバー、ウォッカ抜きな」

 ラストの天利先輩も……。

「じゃあ、あたしはシャンディガフ、ビール抜きね!」

 ちょっと待て! それってただの牛乳に緑茶、オレンジジュースにジンジャエールじゃね……?

「え、えっと……」

 店員さんも困ってるじゃん。何考えてるんだよ、この先輩たち……。

「先輩たちって、下戸なんですか?」

 つい不審に思ってたずねると、予想斜め上からの答えが返ってきた。

「一応俺は聖職者志望だからな。それに、アルコールは太るし、運動している身としては避けたい」
「うちの宗派は葡萄酒だけ飲める……が、好きではない」
「酒なんて飲むだけでMP削れるよ~! あはは」
「あたしは逆。酔うとつい異世界に飛んじゃうから!」

 こいつら何言ってんだ。飲まない・飲めない理由が胡散臭い。
 ともかく飲み物が運ばれてくると、全員がグラスを手にする。音頭を取るのは天利先輩だ。

「ではでは、新入生歓迎会ってことで! これからみんなよろしくね! カンパーイ!!」

 みんな地味にグラスを近くの生徒と合わせる。よそよそしくて当たり前だ。さっきの入学式で度肝を抜かれ、そしてこの新歓に強制参加。俺たち何やってるんだろう。

「あ、あの、乾杯……」
「え、ああ」

 俺は隣にいたふわふわちゃんとカチンとグラスを鳴らした。そうか、ここの居酒屋が未成年連れでもOKしてくれたのは、みんなアルコールを頼まないからか。……店側としてはいい迷惑だと思うけど。

「黒巣くん……だよね。さっきはありがとう。私、ひとりだけびくびくしちゃって」
「別に……」

 ふわふわちゃんはメロンソーダを飲みながら小声で話す。俺の顔を見ようとしないのは、やっぱり怖いからなのか? それも気になるが、いつまでも『ふわふわちゃん』呼びもないよな。

「ところで名前……」
「あっ! ごめんなさい。私は宇佐美唯(うさみ・ゆい)。まさかこんな学部だなんて、知らなくて……」
「それは俺もだよ。親が勧めてくれたんだけど、入学案内には詳細も書いてなかったし」
「私、入学式まで普通の神学部だと思ってたの。シスター志望で。なのに……」
「俺も……なんでこんなことに……」

 考えるだけで頭が痛い。アルコール一切入っていないウーロン茶を飲んでるはずなのに。そんな俺たちの会話に入ってきたのが、さっきのボクっ子だ。

「キミたち、入学する学部のこともよく知らないで入ったの? ここの神仏学部は一部では超有名なんだよ? 『異世界に行ける学部』ってね。誰も信用してなくて、集団催眠にかけられてる、なんて噂もあるけど」

 集団催眠……。それだったらどんなにマシだったか。信じられないのは当たり前だ。今日、異世界に連れていかれたけど、まだ俺も本当だったか夢だったのか曖昧なんだから。

「ま、ボクはキミたちと違うけどね。この日のために、色々研究してきたんだから! 黒魔術の本を読んだり、魔法の研究をしたり……」
「魔法の研究?」

 宇佐美さんがかわいらしく小首をかしげると、ボクっ子はない胸を張った。宇佐美さんが巨だとすると、マジまな板……。それは口が裂けても言えねえか。

「えっへん! 新旧RPGの魔法の呪文と効果をすべて調べ上げたんだ! 高校まではこの作業で大変だったよ!」

 こいつ、ただのゲームオタクじゃねぇの……? 俺はしらっとしていたが、宇佐美さんは目を真ん丸くしている。

「すごい! じゃあ、あなたも魔法が使えるの?」
「まだ異世界で試したことがないからわからないけどね。さっきは驚いてそれどころじゃなかったし。この学年で首席になるのは、この柊由莉亜(ひいらぎ・ゆりあ)だよ!」
「……聞き捨てならないな、それは」

 ぬっと出てきたのは、三蔵さんだ。俺は深いため息をつきそうになった。昨日までの美しく長い黒髪はどうした。なんで坊主に……? まさか、何か病気で? それだったら何も言えないが……。

「なんだよ、ボクに対抗する気? ……三蔵サンだっけ?」
「柊由莉亜。私も入ったからには首席を狙う。そうでもしないと5つも仏教学部の受験に落ちた意味がない」

 5!? もしかしてここは、最後の最後。滑り止めだったのか? あり得なくはないか。俺ですら合格できた学部だからな……。

「気合いを入れるために坊主にもした。私はここで、トップになる!」
「ふん、負けるもんか!」
「あ、あの……」

 三蔵さん、わざわざ坊主にしたのか。それにしてもだ。いきなり新歓でライバル宣言とは。柊さんもどうかと思うが、三蔵さんもやる気はあるんだな。間に入る宇佐美さんは、俺と同じでよくわかってないみたいけど、ここにいる新入生のほとんどは理解が追いついてないだろ。
 ウーロン茶をごくりと飲んで、傍観者に徹することにしていた俺だが、ふたりがバチバチと火花を散らしているのを先輩方が止めた。

「こーら! みんなはこれから一緒に頑張る仲間なんだから、ケンカしなーい!!」
「天利先輩の言う通りだぞ、君たち」

 インテリ坊主も天利先輩と一緒に立ち上がる。

「気持ちはわかるがな。俺も総をボコボコにしたいと思ったことがある」
「ふん、空手有段者の拳が殴ったら、傷害罪になるぞ。しかし俺も祝には殺意を覚えている」
「ちょ、なんでオレまで!?」

 3坊主たちまで巻き込み、空気は最悪だ。その空気を換えたのが、遅れてきたスーツの男だった。

「まったく……何してるんだよ。天利はともかく本能寺、智里、(かんぬき)!」
「日向先輩! オレは巻き込まれただけっ!」

 チャラ坊主が日向と呼ばれた先輩に泣きつくのを見て、筋肉坊主の本能寺先輩と、メガネの智里先輩がにらみつける。

「本能寺と智里はもともと信じるものが違うしなぁ。仏教徒とキリスト教徒でケンカしたくなるのはわかる。閂は神道だったか。とりあえず当たるな」

 え……先輩たち、全員坊主だから坊さんだと思ってたのに、違うのか? 意外だけど、人は本当に見かけによらねぇんだな。

「はっ、無宗教の日向先輩にはどうこう言われたくないですね」

 智里先輩が鼻で笑うと、本能寺先輩も腕を組んで言葉を投げつける。

「日向先輩、後輩に構ってばかりでいいんですか? 就活、うまくいってないんですよね」
「だから飲みに来たんだけどなぁ……。別に宗教戦争したいわけじゃないよ。せっかくみんなそろってるんだし、新入生と交流したいと思って」

 へらへらと笑う日向先輩に飛びついたのは、天利先輩だった。

「日向ぁ~! この3人、もうやだ~!! 普段は仲いいし、3年次最高のチームなのにさ、変なところでケンカするんだもん!」
「あっ! 天利先輩っ!!」

 3人は今度、天利先輩に飛びつかれた日向先輩をにらむ。どうやら天利先輩は、あの3坊主のお姫様ってとこか。

「天利、ところで新入生たちに自己紹介はしたのか?」
「あ、そうだ。まだだった!」

 天利先輩は日向先輩から離れると、大きな声でみんなの紹介を始めた。

「このスーツを着てるのは、4年次の日向参(ひゅうが・まいる)。で、留年して2度目の3年次、あたし天利聖(あまり・ひじり)! この3人は同じ3年次の本能寺拳(ほんのうじ・けん)智里総(ちさと・そう)閂祝(かんぬき・いわい)! 実家が宗教やってるやつもいるけど、あたしや日向は無宗教だから! よろしく!!」

 今日の新入生歓迎会は、天利先輩が企画したらしい。それで、ゲストに呼ばれたのが3年次イチのチーム、3ぼーずだ。
 先輩の話では、俺たちはこれから専門課程の時、3~4人のチームに分かれて実習を行うという。

「またゼミが決まったら説明されると思うけど、チームで出した点がそのまま評価につながるから、みんな仲良くね!」
「チーム戦か……」

 俺はとうとうため息をついた。新歓の席で申し訳ないが、もう耐えられねぇ。こんなことならもう少し大学を見極めるべきだったと、ただただ反省するしかなかった。

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