第2話

文字数 2,002文字

 翌日、時間通りに涼子がサナを連れてやってきた。
「じゃ、お母さん、よろしくね。できるだけ早く帰るから」
「はい、わかりました。心配しなくても大丈夫よ。行ってらっしゃい」
 サナと二人並んで手を振って涼子を送り出した。

「サナちゃん、おばあちゃんはお家のご用を済ませちゃうから、ちょっとの間、テレビ観ててね」
 三月下旬とはいえ、10時頃にならないと肌寒い。涼子から預かったディスクをセットするとサナはリモコンのプレイボタンを押した。ボタンの位置は形で覚えているようだ。そして箱にしまってある積み木も一人で出して遊びだした。
 もう何度も来ているおばあちゃん家は、サナにとっては居心地のいい場所のようだ。
 部屋の片付けをしていると、市報がバサっと床に落ちた。
[図書館祭り開催中]
(あら、今月いっぱい何かイベントをやってるのかな……サナと行ってみようかしら……)
「ねぇ、サナちゃん。あとでおばあちゃんと絵本を借りに図書館へ行ってみようか。公園もあるし、行ってみよう」
「うん、行く」
 用事を済ませて時計を見た時、ちょうど10時を知らせるメロディが鳴った。
「サナちゃんお待たせ。お出かけしようか」
「うん」
 サナはすでに赤いポシェットを肩からかけている。ポシェットはママの手作りで、ハンカチ、ティッシュ、絆創膏が入っている。そしてお気に入りの赤い運動靴を履いて、おばあちゃんの手をしっかり握って家を出た。
 20分ほど歩くと図書館に着く。
 入り口に[図書館祭り]と看板が出ている。いつもは5冊ですが、今月は10冊まで借りられます。10冊借りてくれた小学生以下のお子さんには手作りのプレゼントがあります。プレゼントは無くなり次第、終了しますーーと遠慮がちに文字が添えられていた。
(サナに10冊、絵本を借りてあげよう。何がもらえるんだろう……)
 清江はまっすぐ絵本コーナーへ行った。サナは自分から手を離し絵本を次々に持ってきた。人間が描かれている絵本ではなく動物が描かれている本ばかり持ってきた。
「おばあちゃん、読んで」
 清江はサナが選んできた7冊と、あと3冊を適当に選んで合計10冊をカウンターに置いた。受付のお姉さんは本の処理をしながらもサナの顔を見て言った。
「全部で10冊ですね。10冊も読んでくれるの、えらいね」
 せっかく笑顔で話しかけてくれているのに、サナは無表情で首をコックンした。本を袋に入れていると隣のカウンターから受付の年配のおじさんと親子のやりとりが聞こえてきた。
「はい。全部で10冊ね。では、この中から好きなものを一つ選んで持っていっていいよ」
 おじさんはティッシュボックスくらいの手作りの箱をカウンターに置いた。その中には、折り紙で折られた動物や人形や花が入っていた。他に折り紙で作ったシオリが一つ。
「あら、良かったわね、あいちゃん。どれにする?好きなの一つもらえるんだって……」
 母親も本を借りたらしく、おじさんは本の貸し出し作業を一生懸命やっている。
 あいちゃんは箱の中の、おそらく犬であろう作品を一つ手にとり、すぐに箱に戻した。
「こんなのいらない。欲しいのない」
「……そうなの?ほら、あいちゃんの好きなパンダさん、いるよ」
「いらない……」
 本の貸し出し作業を終えたおじさんは親子の会話を聞いて、ちょっと困った表情になったのを清江は見逃さなかった。
(なんて可愛くない子供なんだろう……)
 それでもおじさんは、笑顔であいちゃんに言った。
「欲しいのがないか……それは残念だなぁ。もうこれしか残っていなくってね。かわいいシオリがたくさんあったんだけど人気があって、あとその一つしか残ってないんだよ」
「じゃあ、シオリをもらおう、ね」
 お母さんが気まずい空気を繕う。
「なんでもいい……」
 隣のカウンターで、そんなやりとりがあって、残された箱を片付けているおじさんの姿は、ちょっと寂しそうだった。
 そして、サナのところへその箱がまわってきた。
カウンターのお姉さんが言った。
「たくさん本を借りてくれたから、どれか一つ好きなのあげるよ。どれがいいかな?」
 シオリが無くなったその箱には、上手に折られた動物たちがたくさんいた。
 サナは真剣に箱の中をみていた。迷っているように見えたのか、お姉さんがサナに言った。
「それはね、本が大好きな小学生のお兄さん、お姉さんたちが一生懸命に折ってくれたのよ。どれもかわいいでしょ?」
 サナは普通の子供より動作が遅い。判断も遅く、早く決められないのだ。
「これがいい」
一つ一つをちゃんと見てサナはパンダの折り紙を選んだ。さっき隣のカウンターで、あいちゃんに選ばれるはずだったパンダさんをサナは気に入ったようだ。サナは赤いポシェットに大事そうにしまった。
「ありがとう」
 カウンターのお姉さんにサナがお礼を言うと、隣のおじさんも満面の笑みでサナに手を振ってくれた。
「またね」
サナは手を振った。
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