第1話

文字数 1,072文字

 昨日の夜、清江が食事の後片付けをしているとエプロンのポケットで携帯がなった。
 ハンドタオルで急いで手を拭き確認すると、隣町に嫁いだ娘の涼子からだった。
「どうしたの?こんな時間に珍しいじゃない?」
清江は片手でTVのボリュームを落とした。
 いつもは休日の昼間にかけてくることが多い。
「急で申し訳ないんだけど、明日空いてる?」
 キッチンにかかっているカレンダーを確認すると水曜日に赤丸が付いている。
「あー、明日はお友達と会う約束をしているけど、変更できるから急用ならいいわよ。どうしたの?」
「実はさ、急に出社しなくちゃいけなくなっちゃってさ……明日一日、サナをみててもらえないかな……」
「あら、サナちゃんに会えるの?もちろんOKよ、連れていらっしゃいよ」
 清江は、一年前に長年連れ添った夫を亡くし、70歳になった今は、趣味の手芸をするくらいで優先すべき仕事は特にない。孫の相手をする時間はたっぷりある。

 涼子にはようやく授かったサナがいる。だが、定期検診で発達障害の疑いがあると診断された。子育て中に周りと比較して悩んでいたことが、現実問題として突きつけられてしまった。夫婦で話し合い、小学校に上がるまでは二人で協力して子育てしようと決めた。だから涼子は、減給にはなってしまうが、在宅できる部署に異動を申し出たのだ。それでも時々は出社しなければならない事態も起きてしまう。そんな時は家族の協力のもとなんとか生計を維持している。
 サナは周りの子供より、発育が遅く5歳になるのに言葉を上手く話せない。動きも遅く、みんなと同じ行動をとることが苦手だ。
 そんなサナでも清江にとっては可愛い孫に変わりはない。
「いいわよ、朝、連れていらっしゃい。明日は天気も良さそうだし、公園に連れてってあげるわ。そうすれば夜はグッスリよ」
「ありがとう、助かるわ……仕事が忙しくて最近、あまり相手をしてあげられてないの。じゃ、明日8時半頃に行くから、よろしくね」
 障害があるかもしれないと診断された時、涼子はさすがにショックを受けて清江のところへ駆け込んできた。
「母親であるあなたがしっかりしないと……サナにはあなたしかいないのよ」
 隣でスヤスヤ眠っている顔を見て決心したようだった。
 涼子はその時から一度も愚痴や弱音をはかなくなった。
 サナは言葉は上手く話せないけれど、よく観察していると喜怒哀楽がちゃんと表情に出ていることがわかる。
 人懐っこく絡んだり、手を引っ張ったり、気持ちが動作で表されることが多いと気づく。障害はあるのかもしれないが、みんなと変わりない子供なのだ。
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