第3話

文字数 1,771文字

 図書館の前にはベンチと砂場があるだけの小さな公園がある。入り口に桜の木が二本あり、ちょうど満開だった。風が吹くと、花びらが砂場に落ちてきて、子供たちにはちょうどいいおままごとの材料のようだ。

 砂場にはさっきの親子がいた。
名前はあいちゃん……さっきの駄々っ子ぶりで嫌でも記憶に残っていた。
 清江は公園に来るつもりでお砂場セットを持ってきていた。バケツの中にスコップとクマデ、プリンのカップを加えた簡単なセットだ。サナが遊ぶには十分なセットだ。
 いつものようにサナは黙々とお山を作り出した。その周りにカップに砂を入れてプリンをいくつも作っている。隣で見ていても何を作っているのかさっぱりわからない。でもサナはとても楽しそうだった。出来上がったプリンに桜の花びらをのせてあげた。
「おばあちゃん、かわいい」
 そう言ってサナは、花びら集めを始めた。作ったお山は何故か花びらでデコレーションされていた。
「ステキなお山ができたねー」
チラチラと横目でコチラを見ていたあいちゃんは、サナよりいっぱいの砂場道具を使ってお山にトンネルを作っていた。
「ねぇ、ママ、見て見て、すごいでしょ?」
 ベンチに座って本を読んでいるお母さんは、ちょっとだけ砂場のあいちゃんに視線を移したが、頷いただけですぐにまた視線を本に戻した。
 サナはさっきもらったパンダの折り紙を取り出すと巨大プリンの前に座らせた。
「はい、ご飯ができました。どうぞ召し上がれ」
清江はクスッと笑ってしまった。
「サナちゃん、ずいぶん大きなご飯ね、パンダさんより大きいみたいね」
「パンダさんはたくさん食べるからね」
「そうだね」
 その会話を聞いていたあいちゃんが割り込んできた。
「おばさん、パンダはプリンとか食べないよ。笹を食べるんだよ」
「そうなの?おばさん、知らなかったな。よく知ってるね、パンダさん好きなの?」
「うん、好き。あいちゃんのお家にはパンダさんがたくさんいるの」
「そうなの……」
「だから、あいちゃんはそんなパンダはいらないの」
 そんな会話の間でもサナは黙々と一人、パンダさんと会話している。
 もしかしたら、あいちゃんはサナと遊びたいのかも……
 あいちゃんが聞いてきた。
「ねぇ、その子の名前、なんて言うの?」
「サナって言うのよ。よろしくね」
「じゃ、サナちゃん、そのプリンのカップ貸して」
 当然サナは黙っている。
 お友達と遊んだことがない。だから多分、どうしていいかわからないのだ。サナが無反応なことに対して、あいちゃんはハッキリとものを言ってくる。
あいちゃんのスゴいところだ。
「おばさん、どうしてサナちゃんは私のこと無視するの?嫌いなの?貸してって言ってるのに」
「サナはね、ちょっと他の子と違うの。言葉が上手く話せないのよ」
「ふーん、そうなの……じゃ、おばさん、借りていい?」
「サナ、貸してあげてね」
「うん」
 清江にはちゃんと反応する。
 それからしばらく、たいした会話もないまま、遊んでいると、あいちゃんママが、そろそろ帰るよと合図をしてきた。
「サナちゃん、カップありがとう。もう帰るから、こっちのお山、崩して遊んでいいよ。またね」
 そう言ってママの方へ走っていった。
「またね」
 サナが小さな声で言った。
 あいちゃんには届かなかったが、清江は嬉しかった。

 子供はどんな時も正直だ。
正直すぎるが故に時には残酷な事態も起こってしまうということを清江は体験した。
 まっすぐな心はとても繊細で、大人のちょっとした態度も成長の過程では影響を与えてしまうと感じた。
 娘の涼子には今日の出来事をきちんと伝えてあげようと思う。子供は毎日、気が付かないうちに成長している。一分一秒でも愛してあげないと取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 三日後、清江は本を返却しに図書館へ行った。
 カウンター前には子供たちが並んでいた。この前のおじさんがあの箱を持ってきて子供たちの前に置いた。
「この中から好きなものを一つどうぞ」
 清江が隣のカウンターをチラッと覗くと手作りのシオリがたくさん入っていた。
 おじさんが清江に気づいた。
「好評だったので追加しました」
 ちょっぴり照れたように頭をかきながら教えてくれた。
 月末まであと三日……
あいちゃんはどうしているかなーー

 清江は誰もいない砂場を見ながら葉桜を見上げた。
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